第47話 負けヒロイン

「楓花。……うん。いきなり電話かけてごめん」

 言われた通りに羽籠は、楓花に電話を掛ける。

 春太の頼みを断れずに、折れてしまった羽籠も涙を流していた。親友との別れになるかもしれない。のに、騙しているのだから。

 別れをちゃんと言いたいはずなのに。その別れの言葉を言う機会を一人の少年に託してしまったから。

「うん。そう、今から会えないかな。……まだ学校にいるの? わかった」

 羽籠は、携帯を耳から離し、画面を触り電話を終了する。

「まだ、学校にいるって」

「……うん、ありがとう」

「行ってどうするの?」

 その声は、酷く乾いていて心配するような掠れた声。ここまで心配した声を出せるのだと、羽籠に驚きを覚えてしまう。それほどに、普段聞くことが出来ない声のトーン。

「……分からない。けど、事実は伝えれるだろ」

「……事実って何が」

「俺は香織と付き合ってないって……それくらいは言えるだろ」

「……ッ。呆れた」

「は? 何がだよ」

 声のトーンがまた変わる。次はドスの利いた相手を威圧するような、見下すような……。

 どちらにせよ、人を挑発するような言い回しであった。

「楓花は、春太クンが香織とまだ付き合っていると思ったんじゃない。ただ、楓花は」

「――香織に春太クンを譲っただけだよ」

 その声を合図に春太は教室を出る。

 風見楓花を救いたい。転校させたくない。どうしても、そばにいてほしい。

 春太の頭の中はそんな感情に支配されてしまっていたから、羽籠の様子など確認せず、お礼を言わずに飛び出した。

 だから、気づけなかった。

 一人の少女の、口から出てしまった心の叫びが。

「あたしは、香織に春太クンを譲ったつもりだったんだけどな……」

 一人の少女の声が、ある少年の耳に届くことはない。

 なんたって、彼女も立派な負けヒロインだったのだから――。

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