第45話 レジ部、部室。
「ここに来たら、大丈夫でしょ」
羽籠が指定した場所は、レジ部の部室。春太と楓花と羽籠だけが入室の許可がされているこの高校からは想像もつかないような綺麗な部屋。
楓花の持ちこんだソファと長机が、虚しさを物語っている。ソファに座りながら、資料をまとめ続ける楓花は……今はもういない。
「で、用件って何」
再び、低い声となる。鋭い眼光。睨みつけるように、威圧するように問い質す彼女は、事情聴取する警察なんかより怖かった。
「……楓花の転校。お前、知ってたのかよ」
さっき、教室でさらっと言いのけた楓花。その内容は、自分が転校すると言うもの。この問題を楓花が春太にだけ話しているとは、考えにくい。
「うん。随分前から知ってたよ」
春太の予想は、事実へと変わる。
羽籠は、楓花が転校を決めたことを、春太が言われるよりも前から知っていたのだ。
「じゃあ、なんで言わなかったんだよ! 楓花が、いなくなるなんて……そんな重要なことを言わないで!」
感情が爆発する。怒りか苦しみか、寂しさか……どれも違う。
楓花が転校してしまうと言う事実を、何か別の誰かのせいにしてしまいたかったのかもしれない。完璧な八つ当たりであった。
「言える訳ないでしょ、そんなこと!」
怒鳴り返される。
春太よりも大きな声で。
それも涙交じりの汚い咆哮で。
「……羽籠はどこまで知ってるんだよ」
「知ってるって何が」
「楓花の家庭の事情……引っ越さなきゃいけない理由」
楓花は前に言っていた。
『私が恋愛をしたがる理由ですか?』
春太の脳内では、楓花の声が再生される。二人で出かけて、観覧車で、二人で話した時の状況さえも思い出しつつ――。
『恋愛ができないと』
楓花は、悲し気な表情でそう言った。相変わらず、無表情だった。だが、この時はどうしてだか、無理しているように見えた。
『許嫁と結婚させられちゃうんですよね』
楓花が、転校しなければならない理由。それを春太は知ってしまっている。知ってはいるが……踏み込めない。
「知ってるよ。全部」
「どうして、教えてくれなかったんだよ」
知っているとは思っていた。あの、羽籠だ。
楓花が転校してきて早々、接触しどのような人物がある程度把握したうえで、楓花の部活を作るという活動に協力した。だから、羽籠が知らないはずはない。
だから、こそだ。どうして、教えてくれなかったと。怒りか疑念か、名前の付けれない感情が押し寄せて、溢れそうになる。
「教えたところで、春太クンは何かできた?」
「……そんなの分からな「分かるよ!」」
「あたしには分かる! 分かってたから……言えなかった」
羽籠の目から涙が零れ落ちていく。
一粒、一粒と頬をなぞり、床へと付着していく。
涙。
その涙は、どうしようもない状況を言い表していた。
「……香織のことか」
「香織は関係ないでしょ」
「関係なくない」
「だから、関係ないって言ってるでしょ! あたしには選べない……、どちらかだけの味方をするなんて……、あたしにはできない」
春太たちを引き合わせたのは羽籠鎖奈恵。彼女で間違いない。
香織と春太の仲を取り持ちデートまでさせ、楓花の恋愛に協力をした女。
それが今目の前にいる羽籠鎖奈恵という女の実態。
泣いている。
涙を拭い、目は真っ赤に腫れ、春太のことを睨むように目で訴え続けている。
――春太クンは何かできた?
さっき言われた言葉が胸に刺さる。
「……もう一度聞いていいか」
「……なに」
その声は震えていた。どのような理由であれ、女子を泣かせていいことにはならない。
春太は最低だ。
泣いている女子に向かって、追い打ちを仕掛けようとしているのだから――。
「どこまで知ってるんだよ。楓花の転校理由も、香織が俺に対してどう思っていたか……」
「答えろよ」
威圧。女子に対する最低な行い。
だが、それしか思いつかなかった。風見楓花と辻香織……二人が助かる方法があるとしたら、羽籠鎖奈恵に嫌われていいと思ってしまった。
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