第44話 機嫌が悪い

「なになに! どしたどした……、怖いって」

 羽籠の隣には、香織が佇んでいた。しかし、春太は躊躇せずに羽籠の元へと足を進めた。

 早歩きで、机に何度か当たりながら走るように。

 香織のことを気にしていられなくなるくらい、春太には考える力が残されていなかったのだ。

 デリカシーなど、存在しない。存在したのは、自分の感情をぶつけようと言う意思。雷鳴が鳴り響いたことが、なによりの証明だ。

「いいから、答えろ!」

 教室に残っていた人間の視線が春太に集中する。

 突如走り出し、羽籠に怒鳴る春太を不審に思っているのだろう。

 そんなことは、どうでもいい。クラスの人間に今更どう思われても、春太にはどうでもいい。ただ、一つだけ。一つだけ知れればそれでよかったのだ。

「……春太くんどうしたの? ……顔真っ青だけど」

「すまん、香織。俺は今、羽籠に用がある」

「……何? そんな鼻息荒げて……。どちらにせよ場所変えようよ」

 呆れながらも、羽籠の眼光は鋭く尖っていた。春太が慌ててきたことに対して、呆れているのか。それとも、楓花とのやりとりを見ていたのか。

 ……それとも、羽籠鎖奈恵は全てを知っているのか。

「……わかった」

「素直でよろしい。……ごめん、香織。あたし、春太クンと用事できちゃった」

「そう……。二人……で、どこか行くの?」

「うん。ちょっと、今から春太クンの話があるみたいだから」

「それって、ぼくに関係ある話……?」

「あったら……どうするの」

 緊迫した空気が流れる。辺りは、雨も相まって不穏な空気へと変わり果ててしまう。

 声の低くなった、羽籠鎖奈恵。この女は、今確実に機嫌が悪い。

「ぼくのせいだと言うなら――」

「香織は何も関係ない!」

 羽籠が叫びながら、机を叩きながら、席を立つ。

 椅子は大きく後ろに下がり、どのくらいの勢いで立ったのかが一目瞭然だった。

「……関係、ないから」

 これより先は言うまでもない。香織が謝り、羽籠が謝り、事態は収束。

 そのまま春太と羽籠が、教室を抜け出していくのみ。

 去り際、春太の耳には教室の騒がしい声が鬱陶しいと感じてしまっていた。

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