第43話 雷鳴
雷とは、機嫌の悪くなった神が地上に落としていると言う。雷とは、怒りであり、電気であり、なにより感情なのだ。
遥か昔、死に追いやられた人間が、雷神へと転生し復讐を果たしたことがあると言う。
そう、雷は感情。雷鳴は感情。雨ですら感情。
感情が交錯し、網目のように複雑化したこの感情をぶつけ合うには、絶好の天気だったのかもしれない。
「転、校……?」
「はい。転校……というよりは元々通っていた高校に戻る形ですが」
楓花が口を開く。もう一度、言ってしまったから。流れ出るように。一度、出てしまった言葉を止める術は、今の彼女には存在しない。
「……どうして?」
答えはなんとなく分かっていた。
春太の思考は、風見楓花のことで破裂しそうになる。
自分の中には、多くの疑問があった。それも数えきれないほどの。
春太は、自身の頭の中で感じてしまった疑問を、文字の羅列として脳裏に刻みだす。
どうして、風見楓花のような箱入り娘が、俺の通っている高校に転校してきた?
どうして、風見楓花は恋人を作りたいと部活を設立した?
どうして、風見楓花は俺とデートをした?
どうして、風見楓花は……。
――俺にキスをした?
春太の脳内は、風見楓花の行った一連の行動への理解が追い付かずに立ちすくむことしかできない。だが、薄々勘づいていたのだろう。
分かっていた。分かっているつもりになっていた。でも、ただ。
信じたくない。
「――分かってるんじゃないですか?」
放課後の教室。ほとんどの人間は教室に居座り続けているが、誰もが話すことに夢中で春太と楓花のことなど見ていない。騒がしいいつもの教室。
なのに。なのに、だ。
いきなり、教室が無音になって。楓花が喋ってはいないのに、口が動いて。その言葉が直接脳に響いて。
春太の身体を、硬直させる。
「――私が、春太と付き合えないからですよ」
楓花は今にでも泣き出しそうであった。涙を堪えながら、「それでは」と言い、鞄を持つと歩き出す。
教室を後にする楓花を見ながら、春太は何もできなかった。
ただ、椅子に座ったまま、楓花の後姿を目で追うこと――それしかできなかった。
春太の脳が今、拾ってくれている情報はただ一つ。
楓花が靴で鳴らしている足音。それが、カツンカツンと響くだけ音のみ。
教室は騒がしいのに、春太は全てを遮断した。ノイズキャンセラーで遮ったかのように、教室内から音が届くことはなかった。
辺りが騒がしいことに気づいたのは、楓花が教室を去った後だった。
楓花が転校……?
それは、鎖に縛られてしまうことを自ら選んだと言う紛れもない証拠。
ただ鳥籠に囚われる少女――箱入り娘に戻るということ。
風見楓花には飛び立てる羽がなかった。その羽が生え、いざ自分の殻を破ろうとしていた――にも関わらず。羽を閉じてしまった。
楓花はもう戻れない。春太が止めようとしていた悲劇に身を投じることに決めてしまった――。
そのことを考えるといても、立ってもいられなくなってしまい、気づけば勝手に身体が動いてしまう。
教室内を見渡すと、春太の視界には一人の少女が目に入る。
その少女を目掛けて走り、春太は考えもなしに話しかけに行く。
気まずさ、怒り、困惑。それら全ての感情を置き去りにし、春太は進んでいく。
危機に瀕すると、冷静な判断ができない。解決の糸口が見つかってしまえば、良し悪しの判断ができないまま行動してしまう。人間など、所詮その程度だ。
「なあ、羽籠! お前、知ってたのか……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます