第42話 七月十五日

 七月十五日。その日に突然、ちぐはぐだった歯車が崩壊への一途を明確に辿った。

 上靴が足音を醸し出す。弱くても、意志があって力を込めているような――信念がしっかりしている足音……に似た音。

 その音が春太の耳を支配する。

 次第に音は大きくなっていき、しばらくすると止まった。

 そして、音が止まったのを合図に……教室の扉が開く。

 ショートボブで、青髪。校則を一つも破らずに模範的な生徒のように着こなされた制服。以前と比べて少しは笑うようになった顔は、雨に濡れて視界が閉ざされているせいか、面影もない――。

(楓花……? 楓花が学校に来た――)

 動揺を隠しきれない。あれ以来、一度も学校にも、春太にも顔を見せなかった楓花が、現れたのだ。

 雨に濡れた彼女は、雨も滴る美少女ではなく、漂流して無人島についたような……絶望的なオーラを身に纏っていた。

 その、少女がまた足音を醸し出す。

 春太はこの足音を知っている。

 初めて話しかけられた時――部活勧誘された時と同じ足音。それに似ていた。

 ただ、あの時のような自信に満ちた希望に満ちた足音には聞こえない――。

「春太。久しぶり……です」

「……! ひ、久しぶり……」

 その少女は、迷わず春太の元まで足を進め、声を掛ける。

 泣きそうで、不安そうで、悲しそうな絞り出した声で――。

「……話があります。……時間,ありますか」

 絞り出した声は、震えていた。

 楓花からは想像できない、風見楓花とはかけ離れた声。震えるなんて彼女らしくない。

 その日の、楓花の目は生気がなかった。生きているのか、希望がなくて絶望しているのか。

 ……雨の日だから気分が悪いのか。

 その顔は無表情ではなかった。誰でもできるような、愛想笑いをできずにずっと無表情だった彼女の顔からは――汲み取れてしまった。

 何か、嫌なことが起きる。春太の直感が、そう語りかけていた。

「……うん。大丈夫」

 春太は口を開く。

 精一杯自分の中で悩んで、喉まで出かかっていた声を押し殺して、応答する。

 楓花から話があると言われたのは今日が二回目。

 一度目は、部活勧誘をされる際に、校舎裏で話した時。

 あの時と、状況が違いすぎる。あの時は何を言われるか分からなかった。

 だが、今はわかる――知りたくもない、分かりたくもないのに。

 ――楓花との別れが近づいてる気がした。

 嫌な予感は当たる。

 ちょうど、楓花が口を開いたのは雷が鳴って教室が白く光った時のことだった。

「――転校することになりました。これで、さよならです」

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