第37話 風見楓花

「……ただいま戻りました」

 部屋に戻ると、楓花は荷物を添えるように置いた。

 今日、家には誰もいない。家の前まで男子が来たのだ。

 いたとしたら、何かしら親に言われそうな気はする。

「……嫌な気分、ですか」

 楓花の頭の中では春太に言われた言葉が復唱されていた。自分が嫌になってしまった時、両親に無理難題を押し付けられた時、ファミレスで男に詰め寄られた時……これは執事が解決してくれたからまだいい。それと――。


 春太が誰かと話している時。


「春太は香織と恋愛成就しました。なので、香織と話しますし鎖奈恵とも友達なので話します。部活に来たときは、私と話してくれています……」


 思わず口に出してしまう。自分と話している時と自分以外と話している時を考える。

 楓花と話している時の春太は楽しそうで、春太と話している香織は嬉しそうで、春太はどこかつまらなそうで……。

 態度が冷たくなってしまうのが愛情の裏返しなのか。そこまで考えると自分に優しい春太は――。


「春太は香織のものですし……」


 二人が付き合っている事実。それだけが頭の中を渦巻いてる。恋仲、すなわち結婚。

 春太と香織は、交際をしている。それを邪魔しようものなら――。


「恋愛感情、ですか」


 呟きながら部屋中を見渡す。あるのは、やたら高そうなソファにベッド。机に等身大の鏡。

 思わず、鏡に映る自分が目に入ってしまう。

 今日のために、必死に服を選んできたのを痛感してしまう。鏡に映る自分の姿は、自分でも言うのもあれだが、少しは様になっていると感じた。

「ある人と出かけるから、わざわざ服を選ぶ。もしかして、これが――」


 楓花はこれ以上言葉を紡がない。分かってしまった、と言うことか。

 床は少しずつ湿ってきていた。目頭が熱くなり、床は湿っていく。

 考えればすぐに分かること。それがさっきまでは分からなかった。

 これが――恋。であったりするのだろうか。

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