第36話 恋愛感情

「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」

「それは俺もだよ。ありがとう」

「ですが、ここまで見送らなくてもよかったのに」

 すっかり日も暮れてしまい、解散の時間となった。

 女の子一人で夜道を歩かせるわけには行かない。春太はそう思い楓花を家まで送ることにしたのだ。

「俺のせいで、こんなに遅くなっちゃったし。これくらいはさせてよ」

「そうですか……。では、ありがとうございました。私の家はここなので」

「ここって、どこ?」

 近くに民家のようなものはない。

 あるのは、民家よりも大きいであろう巨大な門が佇むのみ。

 霊柩車が通るような大きな門以外、目印になりそうなものはない。

「ここですよ、これが私の家です」

 楓花は指を向ける。方向は、巨大な門。

「え……ここ?」

「はい、そうです」

 開いた口が塞がらない。

 ここが楓花の家……?

 やたら高そうなソファが余る家、ファミレスを知らない、遊園地に来たことがない、学校の行事でイギリスに行く、そして――。

 許嫁。

 全て合点がいった。

 風見楓花は、常識がない女子高生ではない。

 ただ金持ちのお嬢様だっただけだ。

「随分、大きい家だな……」

「そう、ですね。大きいとは思います」

 春太は立ち尽くしてしまう。

 だが、それと同じくらい納得もしてしまう。

「まあ、改めてですが。今日はありがとうございました、春太」

「あぁ、うん。こっちこそ」

「ですが、結局は分かりませんでした」

「分からないって何が?」

「好きって、恋愛感情ってなんなのでしょうか。香織は、春太のことが好きです。それなのに、私は春太が好きではないです。この違いは何なのでしょうか?」

 そう。今日、楓花が春太と出かけた理由。それは、デートをしてみたいから。

 人を好きになるとは、香織はどんな気持ちになっているのか知るためだったのだ。

「……好きとかよくわかんないけど。一緒に居たいとか。自分以外の異性と話してたら、なんか嫌な気分になるとか……そんな些細なことだと思う」

「嫌な気分になる? ですか」

「例えば、身近な男子が女子とは話していたら、なんかこう嫌な気分と言うか……」

「どれもしっくりきませんね……。やはり、恋愛とは難しいです」

 そのまま楓花は家に戻っていく。

 自動で開いた大きな門は音を立てながら、閉まっていく。

 楓花が少しずつ見えなくなっていく。

 たった数メートル。それだけの距離なのに、遠く感じる。

 この門で区切られただけなのに、春太と楓花の距離感は遠く感じる。

 こうして、春太と楓花のデートは終わりを告げた。

 そして、この日を境に――。


 ある男女の恋愛が大きく動き出し始めた。

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