第32話 遊園地①

「ここが遊園地ですか。初めて来ました」

「初めて? 一回もないのか?」

「はい。あまり家から出ない生活を幼少期の頃からしていたので」

「でも、遠足とかで行かなかった? 俺は幼稚園も小学校も遠足は遊園地だったぞ」

「遠足……ですか。確か、イギリスに行った気がします」

「イギリス!? それはもう修学旅行じゃないか?」

「修学旅行は、ホノルルに行きましたね」

「……どんな学校だったんだよ」

「ただの学校ですよ」

 そんなわけないだろ、と思いつつもせっかくの遊園地だから楽しもうという気持ちが上回っていた。

 事の発端は、楓花と春太が二人で下校した時のこと。

 恋人ができるという慣れない経験をしてしまっている春太を励ましたいと言うのと、楓花の興味本位から今回の遊園地は企画された。

 もちろん、香織はこのことを知らない。春太は罪悪感に蝕まれながらも、一緒にいて楽しい楓花との日常を楽しもうとしてしまった。


『梓弓さん。私にデート……とはどんなものなのか教えてください』


 楓花はそう言った。香織と付き合っている春太に対して。

 そもそも、楓花は恋人がいる人間と関わったことがなく、香織と春太は異質な存在に見えていた。それどころか、香織が春太と居る時はどのような気持ちになるのか、体験したいとまで言ってきたのだ。

 春太は日常に疲れていた。楽しくなかったのだ。

 だから、楓花の提案を飲み込んでしまった。

 遊園地へ着くと、香織への罪悪感は消えてしまっていた――。


「梓弓さん、これはなんですか……。巨大なカップが回っています」

「あぁ、それはコーヒーカップだよ」

「何をする遊具なのですか?」

「回るだけだよ」

「……回るだけ? 楽しいのですか、それは」

「そんなこと言ったら、観覧車もメリーゴーランドも回るだけだろ」

「難しいことは分からないのですが……、つまりは遊園地とは多種多少な回る遊具があるのですか?」

「言ってしまえば、そうだな」

「科学の結晶であるはずのテーマパークが、回るだけとは……。それでいいんですか?」

「俺に言われてもな……」

 楓花は、初めての遊園地にはしゃいでいるのか、戸惑っているのか……。どちらにせよ、興味を示してはいた。

 遊園地のパンフレットを持ちながら、目を輝かせている。デート……ではないかもしれないが、楽しんでいるようには見えた。

「コーヒーカップってすごいのですね。回るだけなのに、疾走感も相まって風を感じられて、気持ち良かったです! おそらく、バイクに乗るのが趣味な方も同じ気持ちなのでしょう」

「……違うと思うけどな」

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