第28話 理解できない

「にしても、驚きましたよ。辻香織と梓弓さんが付き合っているだなんて」

「あぁ、俺もびっくりだよ……」

 放課後。レジ部の部室では、そのことで持ちきりだった。

 恋愛に興味があり、恋愛をしたいと言っていた楓花。その楓花の身近な人間が見事恋愛を成就させたのだ。

 興味で湧かないわけがなく、話題になることは間違いない。

 今でも、楓花は目を輝かせながら春太を質問攻めにしている。

「まあ、何はともあれ恋愛成就部初の恋愛成就です。おめでとうございます」

「あ……ありがとう」

 春太はもう疲れ切っていた。

 あの後、教室に戻り香織は、「春太くんと付き合い始めた」ということによって質問攻めにはあった。あったのだが、直接害を加えられることもなかった。

 ただ、あまり答えなくない。と言えば、周りも遠慮してそこまで深くは聞いてこない。

 結果的に事態は収束。平和になったかと思えた。

「ですが、気になることがあります。どちらから告白したのですか? やはり男である梓弓さんが――」

 楓花には本当は付き合っていないと言いたくなっていた。

 身近な人間である楓花には、どうか嘘を信じていてほしくないと春太は葛藤していたのだ。

 言いたい。楓花にだけは付き合ってないと真実を言いたい――。

「……本当は俺、辻さんと付き合って――」

 春太は口を開く。楓花には、香織との交際は嘘であると伝えようとしたが――。

 それは叶わなかった。

「あれぇ? おかしくない? 付き合ってるのに、苗字呼びなの? 名前とかじゃなくて」

「……確かにそうですね。辻香織のことは香織と呼ぶのが自然な気がします」

 乱入者、羽籠鎖奈恵。羽籠はいつだって、春太がピンチな時は助けてくれた。

 告白を見られそうになった時、付き合っているのではないのかとクラス内で広まった時。

 いつだって、助けてくれた。のに、だ。

 ――今回だけは羽籠が敵に回ったのだ。

「えっと……、それは」

「まあ、二人きりの時じゃないと恥ずかしいよね。名前で呼ぶなんて」

「まあ、それもそうですよ。梓弓さんも案外恥ずかしがり屋なんですね」

 しかし、ここでは助けを入れてしまう。

 分からない。春太には……羽籠鎖奈恵が分からない。

 部活に入部した時から変わらない事実。

 春太には。

 ――羽籠鎖奈恵を理解できない。

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