第27話 本当、嘘、事実。

「要するに、春太クンと香織は付き合っちゃえばいいのよ」

 羽籠が提案したのは、付き合っているのか疑惑があるなら付き合ってしまえば良いと言うことだった。

 本当であろうと、嘘であろうと、付き合ってることにしてしまえば二人の邪魔をしないで。といなくなることはできるし、いくらでも誤魔化せると。

「いくら、なんでもそれは……辻さんも迷惑だろうし」

「でも、クラスの連中が気になっているのは、春太クンと香織が本当に付き合っているかどうかでしょ? なら、本当に付き合ってしまえば解決じゃない」

 羽籠の提案は決して間違ないなどではない。

 付き合っているのか、いないのか。それさえハッキリしてしまえば、クラスの連中は必要以上のことは聞いてこないだろう。

 だが――。

「それは……、俺は引き受けたくない。……騙してるみたいになるし」

 春太はそれを了承したくなかった。

 辻香織と嘘で付き合う。それは人の恋心を弄ぶようで、騙すようで……。

 引き受けたくなかった。

「どうして? このままじゃ、学校に来れないでしょ」

「それはそうだけど、俺だけじゃなくて辻さんの気持ちを考えないと……」

 勝手に話を進める羽籠。答えているのは、春太しかいない。

 嘘でも交際する。仮に成立したとしても、両者が嫌がってるのであれば、やらない方がいいに決まってる。

 そこに香織の気持ちは――ない。

「ねえ、香織。香織はどうなの? 春太クンと付き合うの」

「えぇ……ぼく!?」

「そう、香織に聞いてるの」

 羽籠は話の矛先を香織に移す。お前はどうなんだ、付き合ってもいいのか。

 ここで、春太と香織の両者が否定すれば、嘘で交際することはなくなる。話は振出しに戻るが。

 春太は、そうであって欲しいと思っていた。それに、辻香織ほどの美少女が自分と付き合うなんて言わないと思い込んでいたのだ――。

「ぼくは、いいよ……。春太くんが嫌じゃなければ、だけど……」

 香織から出た言葉は、予想とは大きく異なっていた。

 信じられない回答だったのだ。

 春太は驚きを隠せない。

「嘘……? なんで、俺なんかと……?」

 春太は口を開く。感情がそのまま声として、言葉として――部室内に轟いていく。

「え、いや……。春太くんとは仲良くしたいし、それに……学校に来れるようになったのも春太くんのお陰だし……。また、このせいで来れなくなるのも嫌だし……」

 香織は震えていた。それに緊張からか顔を真っ赤にしている。

 学校にまた来れるように、なるために。香織は、春太と嘘でも付き合ってもいいと、そう言ったのだ。

 それが、どれほど勇気がいる行動なのか春太には伝わっていた。

 学校にだって、進んでいきたい者は少ない。家でアニメを見て、負けヒロインと至福の時を過ごせると言うのなら、それに越したことはない。

 しかし、学校には行くべきだ。

 深い意味などない。自分が後悔しないためにも、学校に行くべきなのだ。

「ほら、春太クン。香織はいいってさ。春太クンはどうするの?」

 羽籠の目は訴えていた。

「ここまで場を整えたんだから、付き合わないなんて言わないわよね?」

 と。聞こえてくる。

 親友が、学校に来れなくなった。

 部活動を中止にしてまで、何度も様子を見に行った。それで、ついに親友が学校に来るようになった刹那。またもや、不登校になってしまうかもしれない。

 春太は、嘘であろうと辻香織を付き合えば、救えるのだろうか。

 辻香織を救いたい。

 やらない善より、やる偽善。

 春太の気持ちは、そのことでいっぱいになってしまう。

「俺が……辻さんと……付き、合う――」

 手は震えていた。

 声も震えていた。

 教室が震えているのかと思えば、震えてなどいない。

 意識が遠のきそうなのが分かる。

 それでも、辻香織の期待に応えないといけない。

「えと……春太くん。……ぼくと付き合ってくれる?」

 香織の追い打ち。最後の確認だろう。

 ここで春太が断れば、香織と交際することなどない。

 嘘をつく必要などない――のだ。

 しかし、春太にはできなかった。

 自分が嫌われるのはどうでもよかった。

 だが、自分のせいで誰かが嫌われることは……できなかった。

「いや、うん。わかった。嘘でもいいなら……」

 そして、一限終了のチャイムが鳴る。

 そういえば、今は授業中だったと三人は思い出すが、時すでに遅し。

 授業を抜け出したとして、三人仲良く怒られたのだった。

 この日を境に、辻香織と梓弓春太は嘘ではあるが交際を始めた――。

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