第29話 自分の時間
それからの日々は春太にとって、何とも言えない日々の連続だった。
辻香織と付き合っていると言うことで、話したこともない人間に話しかけられる機会が増え、望んでもないのに顔が広くなっていく。
香織の友達……羽籠なども混ぜて、遊びに行く。
昼休みは決まって、香織と食べる。
放課後は一緒に下校する。
そして、部活に顔を出す機会も少しずつ減っていった。
部活方針としては、恋愛を応援する。だから、彼女に現を抜かすことは大いに構わないと。それどころか、香織を大事にしてやれと言われる始末。
日に日に仲良くなっていく、楓花と香織と羽籠。
楓花は恋愛に興味津々で、香織が春太についてどう思っているか気になるようで、香織の発言をいちいちメモしていた。羽籠は春太を助けることなく、いつも通り。
香織はと言うと、演技にしては度が過ぎるほど春太とのカップルを演じ続けた。
唯一の頼み綱であった、くろろからは「恋人ができたんだ」と言われ、次第に連絡が減っていき、七月になった今では全く連絡が来なくなっていた。
恋愛一つでここまで、人は変わるのか。
春太は退屈からは脱却した。恋人のいる男子高校生にはなれた。おそらく、夢見ていたラノベ主人公には近づいた。
近づいたのに――。
なにも楽しくなかった。
「春太クン、どうしたの? 最近元気ないけど」
「……分からん。分からんけど、人生がつまらない」
「それはなんでまた……」
「俺にも分からねえよ」
「香織に聞いてもらえば? ほら、彼女なんだし」
「……うん」
ここ数日、放課後はレジ部の部室に来るのが日課となっていた。
部活に所属しているから来るのは当たり前なのだが、普通なら香織を優先すべきだろう。
それなのに、春太はしなくてもいい部活の活動を手伝い続けていた。
それも、放課後に。彼女と……香織と一番一緒に居られる時間なのに。
「梓弓さん、いいんですよ? わざわざ、私がやっていることを手伝わなくても」
「いいや、いいんだ。部活に所属しているんだから何もしないのは気が引ける」
「案外……いえ。梓弓さんは真面目な方ですものね」
「なんか言ったか?」
「いいえ、別に」
「そっか」
今、楓花と春太がしているのは風見楓花の恋愛資料まとめだ。楓花曰く『Vo.3』まで来たらしい。
印刷されてあったり、実際に楓花が書いたものであったり様々なものがある。
これを、男子目線、女子目線、データ、実体験……などにまとめてファイリングするだけの作業だ。
実際、楽しくはないし疲れはする。
するのだけれど、今の春太が心の休まる瞬間は部室しかなかった。
教室に居れば、仲良くもない男子と女子に話しかけられ、休み時間になれば香織が話しかけてくる。
放課後帰ろうとすれば、香織は一緒に帰ると言い、お互い家に帰ればLINEが絶えず来る。少しでも、返さないと「どうしたの? 何かあった?」と心配されるのだから、香織が心配するようなことは言えない。
灰色。
春太の人生は、辻香織と言う少女と付き合った。ただそれだけで灰色となった。
楽しいことなど……ない。
そういえば、アニメを見なくなってしまった。
やはりあの行為は、自我を保つために必要だったんだと思うが、今更見る気も起きない。家に帰ったら香織から「今何してる?」と、どうせ連絡が来るのだ。
自分の時間などない。
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