第19話 すれ違い

(うそうそうそうそうそ! ……さーちゃん何してくれてるの! なんで、ぼくが子供の頃から春太くんのことが好きで、SNSを利用して聞き出して同じ高校に入ったって言っちゃうの! バカ!)

 香織は動揺し……するどころか汗をかいて今にでも干からびそうであった。

 全部、春太に伝わってしまった。

 もう既に伝わってしまったと思っていたが、そんなことはなかった。少なくとも、子供の頃に好きだったことはバレてないと思っていたが、羽籠によって春太に伝えられてしまった。

 羽籠はどうして、春太に伝えてしまったのか。

 隠し事はよくない……時もある。

 だからと言って、本人に伝えるのは違うでしょ。と香織は言いたくなってしまう。

 おしまいだ。

 自分が積み上げてきたこの数十年はなんだったのだろうか。

 好きだった子のことを忘れられずにストーカーみたいになってしまっているだなんて……。

「辻さん? どうかしたの?」

 青ざめている香織のことなどお構いなしに春太は話しかける。

 SNSをわざわざ見つけて同じ学校に入学したと聞いているはずなのに、どうしてここまで普通に話しかけれるのだろうか。

「……ぼくと、一緒にいるなんて嫌……だよね。今日はごめん」

 もう、早いところ謝っていなくなりたかった。

 嫌われる前に……もう嫌われているかもしれない。

 それでも、ものすごく嫌われるよりは少し嫌われている方がマシだ。

「いや、えーっと……元を辿れば俺が悪いわけだし。嫌とかそんなのじゃないけど……そのなんて言うんだ」

 香織は耳を疑った。

(春太くんが悪い……? 一体何が起きてるの!?)

 ストーカーしていた香織ではなく、ストーカーされていた春太が悪い……と。

 本人の口から聞いたのに、香織は理解できないでいた。

「だから、そのなんだろう。羽籠から映画のチケット貰っちゃってるし、早く映画館行っちゃおうよ。ね?」

 春太は、財布から取りだしたチケットを見せながら言う。

 この時、香織の脳は考えることを放棄した。

(春太くんと映画を見に行ける……? 映画デート……? え、いいの……春太くんと……)

 幸福度が高すぎると、オタクの脳は思考停止する。考えることをやめるのだ。

 春太と映画に行けるだなんて、こんな千載一遇のチャンス逃してたまるか! と香織は、目の前のメリットしか考えられずにいた。

 自分の過去を知られた。気持ち悪いと思われたかもしれない。けれども、目の前にいる少年は自分のことを映画に誘った。これすなわちつまり――。

 春太が香織を嫌ってないことを意味する。

 と、香織は頭の中で都合よく変換した。

 この時、二人は会話がすれ違っていると思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る