第18話 黒いキャスケットに、ホットパンツ、レザージャケット
日曜日がやってきた。
寝坊して遅刻してしまうのが怖く、春太は金曜日、土曜日と負けヒロイン成分の充電を控えめにしていた。
日付が変わる前に、布団に入り目を閉じて眠るくらいには、アニメを見ていない。
学校に行く時と同じくらいの時間に目を覚まし、余裕をもって用意をして家を出る。
一応、女子との待ち合わせ。遅れる訳にはいかないと春太の本能が訴えていたからだ。
その甲斐もあり、春太は時間通り羽籠が指定した待ち合わせ場所に到着した。
駅前の噴水が目印になっている大広場。夜になれば弾き語り、選挙が近づけば選挙活動が行われる待ち合わせには分かりやすい場所。
羽籠の言っていた服装をしている人物を探す。
黒い……黒い人。レザージャケット、キャスケット。呪文のような必殺技みたいなものもちゃんと調べた。今ならどの帽子がキャスケットで、どのジャケットがレザージャケットなのか自信を持って言える。
噴水周辺を見ていると、噴水に座る一人の女子を見つけた。
黒い帽子、バイクに乗っていそうな人が着る上着、めちゃくちゃ短いズボン。ホットパンツはなんとなく知っていたから分かる。めちゃくちゃ短いのだ。
きっと、あれが羽籠だ。
のんきに携帯なんかいじっている。携帯をいじるなら、連絡くらいしてくれ。と思いながら春太は声をかける。
「おはよう……、やっと見つけ――え?」
「おはよ……? え? 春太くん!?」
そこにいたのは、羽籠鎖奈恵ではなかった。
赤いセミロングが特徴的な美少女。黒いキャスケットに、ホットパンツ、レザージャケットに身に纏っている。春太が、羽籠に教えられた服装だ。
人が多いのは分かるが服装まで教えなくても……と思ったのだが、つまりはこういうことだったのだろう。
まんまと、騙された。
――辻香織と梓弓春太を引き合わせるための羽籠鎖奈恵の策略。
春太は、羽籠の仕掛けたネズミ捕りに引っかかってしまったのだ。
「……どうして? さーちゃんが来るって聞いてたけど……」
香織は、驚きのあまり立ち上がり、深く被っていた帽子が地面に落ちる。
間違いない。そこにいたのは羽籠鎖奈恵ではない。
正真正銘、辻香織だ。
「……俺は、羽籠が来ると思って来たんだけど」
呆れながらも、春太は答える。
第一、羽籠がアニメ映画のチケットを持っていることがおかしいのだ。
香織が学校に来なくなった理由は、春太にあると言っていた。そう、つまりは再び辻香織を学校に来させるために羽籠が仕組んだろう。
「もしかして、ぼくたち騙されたの……?」
「……おそらく」
駅前の噴水広場に二人の人間。
一人は、スクールカースト上位の磁石のように人を集める少女、辻香織。
もう一人は、最近やたらと忙しい目に遭わされている少年、梓弓春太。
羽籠鎖奈恵に、騙された二人はこれからどうしようと言うのか――。
「どうだった?」
「えーと……、わざとだって……」
「それは……そうだよな」
香織と春太は、二人そろって困惑していた。が、どうしてこうなったかおおよそ予想できた。
羽籠のせいで二人は集合してしまい、映画に見に行くように仕向けられたのだ。
ここで、香織と春太は、羽籠へ連絡することに決めた。
香織が羽籠にこれはどういうことだと電話をすれば、わざと仕組んだから楽しんでおいでと答えが返ってきた。
手口が強引すぎる。
呆れながらも、よくこんなこと思いつくなと感心していると春太の携帯が音を鳴らした。
【さなえ:やっほー! 楽しんでる?】
現在進行形で、気にくわない女子から連絡が来ていた。
春太は、苛立ちを隠すことなく返信をする。
【春太:この状況どうすればいいんだよ。おかしいだろ!】
【さなえ:えーだって。こうするしかないじゃん】
いつも通り猫のスタンプが添えられている。トーク画面を開くと、『しゅーん』と文字が書かれた汗をかいてる猫のスタンプ。
煽っている。このスタンプの作者には申し訳ないが、腹が立ってくる。
【春太:こうするもなにも、俺は辻香織と喋ったことないんだけど】
【さなえ:え? あるでしょ】
【春太:ない。ないから、困ってるんだよ】
【さなえ:うーん、でもここまで来たら頑張ってよ笑】
いい加減すぎるだろ。だが、待ち合わせ場所にまで来てしまうと帰りづらさはある。
春太は、今すぐ帰りたくなっていた。
【さなえ:そもそも香織が来なくなったのって、春太クンにアニメが好きってバレちゃったからなんだからね】
送られてきた文章を見て春太は戸惑う。
オタクってバレたから学校に来れなくなったと、辻香織が。
伝えれられていなかった真実。羽籠は何度も、言っていた。春太のせいで香織は学校に来なくなったと。
前に、アニメショップに行った際に買い物中であった香織と遭遇してしまい、結果としてオタクとバレてしまったことで学校に行けなくなってしまったと。
(そんなこと気にしないのに)
春太は、心の中で思っていた。
確かに、オタクであることがクラスの人……ましてや話したこともない男子にバレてしまうと広められてしまうのではないかと不安になってしまう気持ちもわかる。
それに、香織はスクールカースト上位の人間だ。オタクだってバレたらその地位が危ういかもしれない。
だから、あの場で泣き始めたし学校に来れなくなってしまったのか。と春太は、バラバラだったパズルのピースが綺麗にハマったように納得した。
【春太:俺にバレたから学校に来なくなったのか?】
【さなえ:そうだよ。だから、そんなこと気にしないって言ってあげてよ~。映画とか連れてってさ】
人の道を外れたような奴だと思っていたが、羽籠はやはりいい奴だと再認識する。
それもそうだ。自分の仲のいい人間が不登校になっていて、自分ではどうしようもないから春太に頼っただけだ。
なにもおかしくない。強いて言うなら、最初から真実を教えて欲しかったけど。
春太は決心する。
香織を安心させてやると。オタクがなんだ。別にいいじゃないか。それどころか、アニメに関する話ができるかもしれないじゃないか。
話したこともないし、女子と出かけるなんて気が重い……けど、やってみせる。
香織はどこにいるんだ、と辺りを見渡すと、春太とは少し離れたところにいた。
携帯を握りしめながら、絶望したようにしゃがみ込んでいる。
話したこともない男子と二人っきりなんて、不安だよな。春太は勇気を振り絞って声を掛ける。
「つ……辻さん!」
「……は、春太くん!? えっと……どうしたの?」
落ち着いて深呼吸。よし、言える。春太には一人の少女を安心させることができる。
「……羽籠から全部聞いたよ。大丈夫。俺は絶対に引いたりしないから」
「――え? ……ま、待って。さーちゃんから全部聞いた、の……?」
「うん」
どうして、香織はここまで真っ青な顔をしているのか。春太が知ることはなかった。
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