第15話 金曜日、欠席者一名。

「春太クン。あたしは今日も元気がないよ」

 HRが終わり、生徒が下校し始める中で、羽籠が話しかけてくる。

 机に顎を乗せて、手を伸ばし項垂れていた。

「それは、どうしてですか」

「君のせいで、香織が今日も来ないからだよ」

「……俺のせいなのかよ」

 あの日を境に、香織は学校に来なくなっていた。

 あの日。レジ部が課外活動をした時のこと。

 春太が香織と話をし、香織が泣いてしまった日のことを言っているのだ。

「だってさ。あの日以来、学校に来ないんだよ? 春太クンのせいでしょ」

「……そういわれたら、何も言えないけどさ」

 春太は、困り果てていた。香織と関りがない。なかったのだが、アニメショップで初めて関わったのだ。

 それなのに、顔を見るだけで泣かれてしまいそれ以降は不登校になってしまっている。

 仲のいい羽籠でさえ、香織と連絡が取れないと言っているのだから自体は深刻そうだ。

「でも、随分と教室の雰囲気変わっちゃったよね」

「まあ、確かに……」

「退学者は出るし、香織は来なくなっちゃうし……楓花に至っては、魂抜けてるし」

「楓花だけに風化してるんだな」

「……へぇ~。春太クンそんなこと言うんだ」

「別に言ってもいいだろ」

 楓花の魂は抜けていたし風化していた。

 席に座って本を読んでいるのが、さっきからページは進んでない。それに、今はもう放課後。

 下校時間となっても、席を動かない。寝てるのか、はたまた意識が飛んでいるのか。

「なあ、羽籠。風見はどうしちゃったんだ?」

「どうしたって……。あー、部活のことじゃない?」

「そういえば、全然活動してないよな……」

 課外活動を行ってからというものの、部活動をしなかった。

「だって、香織が気になってそれどころじゃないもの……」

「まあ……、だよな」

 羽籠は香織が学校に来なくなってからというもの、お見舞いに行くなどで部活動に顔を出さなかった。

 その結果、部活動は中止の連続。

 羽籠を中心に、活動しているのだから進まない。

 そのため、楓花は抜け殻になってしまっている。

「今日も部活なくてもいいかな……」

「俺は別にいいよ。花金だし」

「花金……? よく分からないけど、楓花には伝えて来るね」

「分かった」

 最近の女子高生は、花金も知らないのか。

 羽籠は席を立ち、楓花を呼びに行く。絶望しているのか、硬直しているのかも分からない楓花の元へ。それと同時に、春太も席を立つ。

「はっ。なんですか、羽籠さん」

「ごめん、今日も部活なしでいい……?」

「……はい。仕方ないです」

 楓花は堪忍したように、席を立つ。手に持っていた本や、机の中に入れっぱなしであった教科書を、鞄の中に詰めていく。

「なあ、風見。風見っていつもどんな本を読んでるんだ?」

 ふと、気になっていたことを春太は聞く。楓花が読んでいる本はいつもブックカバーがしてあって、どんな本を読んでいるのか分からないのだ。

 いつも本を読んでるし、ずっと同じ本を読んでいるなんてこともないだろう。

 ラノベしか読まない春太だが、楓花ほどの人間がどんな本を読むのか気になってしまう。

「どんな本と言われても……恋愛ものですよ?」

「恋愛もの? 意外だな。本の題名とか教えてよ」

 恋愛ものと言われたらますます気になってしまう。

 イメージ的には、実写映画化しそうな青春群像劇みたいな作品。

 楓花が読むとは、到底思えない。でも、恋愛ものだったら読んだりするのか。

「そうですね。最近読んだのだと、オイディプス王や、巌窟王とかですかね」

「……え?」

「あと、羅生門も読みました。老婆と下人の恋愛、実にピュアです」

「それって恋愛ものなのか……?」

「そうですよ? オイディプス王は実の母との恋愛ですし、巌窟王なんて結婚式から始まるじゃないですか。それに羅生門なんて――」

「あ! それあたし知ってる~。らしょうもんで戦う話でしょ?」

「いえいえ、老婆と下人の心温まる恋愛ストーリーですよ」

「え? バトルするんじゃないの?」

 羽籠が会話に乱入し、いよいよ訳が分からなくなる。

 オイディプス王は近親相姦と父親殺し。巌窟王は、無実の罪で捕まる青年の話。羅生門に関しては芥川龍之介が記した生きるための糧を教えてくれる教科書に載るような話だ。

 どれも微妙にズレている……。

 それに比べて、羽籠はただ単に頭が悪いんだろうなと春太は思った。

「風見。一つ、聞いてもいいか?」

「はい、なんですか?」

「風見って、国語の成績ってどれくらい……?」

「……ど、どうしてそんなことを聞くんですか……?」

 楓花は酷く動揺していた。聞きたくないことを聞かれたような……。

 この日、本についての話題で楓花は口を開くことはなかった。

 そのまま、自然と解散の流れになり、各々下校にすることになったのだ――。

 

 活動が終わると、楓花は「お疲れ様です」と一言だけ言い残すと、そそくさと帰ってしまっていた。

 しかし、羽籠は教室に居座り続けている。下校する気配はない。

「あのさ、春太クン。話と言うか相談があるんだけど、ちょっといい?」

 どうやら、春太に用事があるようで教室に居座っていたようだった。

「いいけど……、なに?」

 羽籠から話があるなんて珍しい。基本的に自分が暇になれば話しかけ、暇で無ければ話しかけない気分屋だ。

 話があるというからには、深刻なことでもありそうであった。

「日曜日って空いてる?」

「日曜? 別になにもないけど」

「だったら、これどう?」

 そう言いながら、羽籠は財布からあるチケットを取り出す。

 見るからに、映画の前売り券だろう。二枚もある。

「じゃん! これ! この映画見に行かない?」

 映画のチケットを見せつけながら、羽籠は言う。一体なんの映画だよ……と思い、チケットをよく見ると、それは。

 春太が見たかった作品『ただいまの夜に決別の薔薇を送ろう』の映画チケットであった。

「なんで……羽籠が持ってるんだ?」

「ん~? たまたま、もらったんだよね」

「なにがどうしたらもらえるんだよ……」

 春太が見に行こうとして見に行き忘れていた映画。それが『ただいまの夜に決別の薔薇を送ろう』。どうしてだか、見に行く気が起きなくて見に行けてなかった。

 映画に行こうとしても、いまいち行く気が起きない。前日までは行く気になっていても、朝起きたら家を出たくない。となってしまい、公開期間すぎてしまうことなど何度もある。

 そして、今回も。このままでは見に行くことはなさそうだった。

「あたしさ、アニメとかよく分からないし。どうせなら春太クンと行った方がいいかなーって」

 なるほど、そういうことか。

 つまりは、たまたまアニメ映画のチケットをもらったが、自分は普段アニメを見ないからよく分からない。それで春太を尋ねたってことだろう。

「別にいいけどさ」

 断る理由もない。春太はその作品を見たかったのだ。

 映画なんて、誰かと約束しないと見に行く気が起きない。約束できる人間がいない人は、見に行く前に上映期間は終わる。映画とは意志が固くないと見に行けないのだ。……引きこもりは特に。

「ほんと? じゃあ、これ渡しとくね」

 羽籠が春太に近づき、チケットを渡そうとする。

「え、いいよ。羽籠のなんだし、自分で持っとけよ」

「いいの、いいの。あたし、忘れちゃいそうだし」

「財布に入れとけばいいじゃないか」

「財布忘れるかもしれないじゃん?」

「それは、家出る前に気づけよ……」

「ああ、もういいからいいから! はい、渡したからね。ちゃーんと持ってきてね」

 強引にチケットを渡す羽籠。

 自分が誘った側だし、自分で持っていればいいのに。

「時間はそう、ね。十時くらい?」

「はっや。健康的だね」

「いやいや、遅いでしょ。時刻が二桁だよ?」

 時刻が二桁ってなんだよ。普通に十時と言えばいいじゃないか。というツッコミはお門違いだろう。

「まあ、詳しくはまた連絡するね」

「うん、わかった」

「はーい、じゃあね~」

 それだけ言うと、羽籠はそそくさと帰ってしまう。

 携帯を片手に持ちながら。

 日曜日か。服装は羽籠相手だから別になんでもいいとして……。

 土曜日に夜更かしはできないな。と思う春太であった。

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