第14話 辻香織は学校に行けない。
「――ただいま」
自宅に戻ると、香織はすぐに自分の部屋に向かった。両親はまだ仕事から帰ってきていない。平日の夕方……社会人ならまだ働いている時間だ。
「あーーーー! もう! さーちゃんのいじわる! なんであんなことをするのさ!」
部屋に戻るなり、香織は、怒りを、憎しみを自分のベッドにぶつける。
ぬいぐるみで溢れているベッドに、顔をうずくまらせながら。
香織にとって今日という日は最悪な日であった。
わざわざクラスの人間の誘いを断ってまで、ラノベを買いに行っただけなのに。
――好きな男子と出くわすなんて。
しかも、ラノベを買っている時に出くわすなんて……思い出しただけでも香織は落ち込んでしまう。
オタクだってバレた。
それはまだいい。春太だってオタクではあるし、同族嫌悪はきっとしないはずだ。
だが、買っていたラノベが問題だった。
『召喚龍とひれ伏し猫姫サマ』というラノベ。香織が愛してやまない作品の一つで、アニメ化した際に、あらゆる方面から作画崩壊だのなんだの言われて馬鹿にされても、最後まで心の底から面白いと思えて、楽しめてた作品。
ではあるが、自分以外に買っている人間を見たことがない。
これでは、自分がくろろだって春太に伝えてしまっているようなものだ。
(ぼくの長年の努力が水の泡に……)
香織は、部屋の棚に置いてある写真立てに目を向けた。
麦わら帽子を被り、白いワンピースに身を包み微笑む少女と無邪気そうに笑うか弱そうな少年が仲良さそうに写っている。
これは、香織の母親が撮ったものだ。
もう十年も前のこと。香織は、幼かったころにある少年に恋をした。
当時の香織に恋愛など分かるわけがなく、同じ小学校の男子に告白して振られ、泣くことはあったが恋愛については全く分からなかった。
でも、不思議と辛くはなかった。香織には、この少年がいたから。
この少年さえいればそれでいい――そう思っていた。
しかし、運命とは時に残酷だ。
平気な顔で、人の幸せを奪ってしまう。
転校。
引っ越すことによって、少年との幸せな日々は終わりを告げた。
少年は告白をしてくれたのに、してくれたのは引っ越しが決まってからだった。了承したかったのに……香織は、告白を断ってしまう。
転校したら、もう会えないと思っていた。自分のことなんか忘れて欲しかった。
頭の中で、結論が出てても恋とは厄介なものだ。身体が勝手に動いてしまう。
アカウントの特定は難しくなかった。
その気がなくとも、ネット上に載せている画像などで、どこに住んでるのか大体が分かってしまう。そして、覚えていたのは少年の家にある表札。
木、辛、弓。この三つの漢字だけはハッキリと覚えていた。
そこからの特定は容易であった。『あずさ』というアカウント名を見つけた時には、ぬいぐるみを抱きしめながら、喜んだのが記憶に新しい。
だから、こそだ。もう合わせる顔がない。
子供だった頃に好きだった男の子のSNSを特定して、同じ高校に入学するなんて……引かれるに決まっている。
(やだやだやだ! これじゃ、僕ストーカーじゃないか……)
香織はこの日を境に学校に行けなくなっていた――。
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