第13話 さーちゃんだけは許さないから!
アニメショップ。
漫画、ラノベ、アニメグッズ、アニメのBD、アニメ主題歌のCD……など、オタク御用達の店。
ここに来れば、オタクにとって欲しいものは大体揃う。
いつもであれば、天国だと感じ浮かれたように買い物をする春太であるが……今回ばかりはそうもいかない。
左に目を向ける。金髪カリスマギャル高生の羽籠。
「あっ! この漫画知ってる~」と言いながら、ジョンプで連載されている漫画の単行本を手に取る。夕方六時から放送されている健全な作品だ。
そして、右に目を向ける。
青髪転校生美少女の楓花がそこにはいる。
無言。
一言も発さずに立ち尽くしている。
至る所に飾られているキャラクターのフィギュアやポスターを見ながら首を傾げている。
(ものすごく帰りたい……)
二人の女子を連れてアニメショップに来るなんて予想できただろうか。
違和感しかない。両手に花。しかし、綺麗な花では棘の視線。
そう、客からの視線が痛いのだ。
女を二人連れてきた冴えない男に多少なりとも注目が集まる。
帰りたい、早く帰りたいと思っていると、楓花に話しかけられてしまう。
「あの、梓弓さん」
「ん? どうした、風見」
「いえ、あそこにいるあからさまに怪しい人は、なんなのだろうと思いまして」
そう言われ視線を合わせる。
そこにいたのは、サングラスに、マスクに帽子の人間。その時点で怪しいのだが、全身を覆いつくすようなコートに、ブーツ。とても、夏が近い六月にする服装には見えない。
不審者の義務教育セット。カードゲームでいうところのスターターデッキ。小学校の避難訓練で現れる不審者役の先生の恰好。イラスト屋で見る服装。
「梓弓さんが、よくいうこのお店は、あのような方が頻繁にいらっしゃるのですか?」
あれがオタクって人種ですか。と、言葉を付け加える。
オタク。オタクには怪しいやつもいる。だって、オタクには大体コミュ力ないもの。人と関わる必要がないから。
春太にもコミュ力はない。自分から話しかけるなんて今でもできないし。
「……そ、そんなこと……ない、と思うぞ? オタクはいい人ばかりだ」
「本当ですか? あの不審者装備の人間がいい人……。なにやら本を見ているようですが」
楓花がそう言ったので、その不審者のような女性に目を向ける。
女性は、ラノベコーナーにいたのだが、本に向き合っている。
おそらく、どのラノベを買うのか厳選しているのだろう。
表紙、あらすじ、作者、イラストレーター、はたまた何文庫なのか……。
普通に買い物をしているように思えた。
服装がおかしいことを除けば。
「ところで風見、変装する時ってどんな時だ?」
「急になんですか。変装、ですか……。見られたくない、とかですかね」
「見られたくない?」
「はい、それこそ芸能人さんとか」
姿を隠したい芸能人か、何か。
「……もしかして声優さんだったりするのか」
ここはアニメイト。オタクグッズが揃うショップである。
オタクショップに身を隠してでも、訪れたい人間と言ったら女性声優さんとかだろうか。
「声優さんとは、アニメに声を当てる仕事をする方ですか?」
「そうだ。もしかしたら、店頭ポスターにサインをしにきたり、自分の出演した作品のグッズとか……だとしたら、女性の漫画家さんなんてのもありえるな」
不審者と周りに間違われても仕方のない格好で、店に訪れる女性。きっと、どうしても店を訪れないといけない理由があったのだ。
女性作家さんか、声優さんか、はたまたアニソン歌手さんか……思い当たる節にはいくらでもある。
プライベートで声かけられたくないだろう。見なかったことにして店を回ることにしよう……。
そう思った矢先の出来事だった。
「おー、香織じゃん。どうしたの、その恰好。ウケるんだけど~」
羽籠が近づいていき、話しかけたのだ。
名前を呼んだかのように見えた。
だが、春太と楓花から距離は遠く名前など聞こえない。
遠くから見て、ただ羽籠が親し気に話しかけたように見える。
「ちょっと、まじでやめてよ! 気を使ってよ!」
「いやいや、気を使ったんだから話しかけてるんじゃん。さっきだって、鉢合わせになるかもってLINE入れたし」
「本当に来ると思わないでしょ! しかも、なんでさーちゃんがこんな店にいるの!」
「それは、春太クンが来たいって言うから……」
「それなら、仕方な……くないよ! ボクがいるって分かってたのなら来ないでよ!」
「ほら、またボクっ娘? 出てるよ~。直したいんじゃなかったの」
「う、うるさい! さーちゃんはどっか行っててよ! もう!」
羽籠は、まだ知り合いと話している。が、距離が離れすぎていて春太たちには声が届きそうにない。
明らかに不審者のような風貌の女子と、親し気に話す金髪ギャル。
遠くから見ても、構図としては非常に怪しい。
「あの、梓弓さん。あの人が誰だか分かります?」
コミュ障特有の動き。友達の友達が現れたら、どうすればいいか分からなくなる状態。正解は、話す人がいるなら話す、いないなら携帯をいじるってとこだろう。
楓花は正解を選んでくれたようだった。
「さあ? 羽籠は顔広いだろうし、そんな友達もいるかもな」
「梓弓さん、なにか誤解していません? 羽籠さんは友達、そこまでいませんよ」
「は? なに言ってんだよ、いつも教室で話してるじゃないか」
「本人曰く、それは知り合いであって、友達ではないらしいです。ビジネス関係ですよ」
女って怖い。仲が良さそうに喋っていても、友達ではないと言うのか。
しかし、今日の一件。あれを踏まえれば、羽籠の言いたいこともなんとなく分かる気がする。
クラスのスクールカースト上位の人間にはろくな奴がいない。
だったら、仲良そうに見えていた辻香織とも仲良くなかったりするのだろうか。
「女って怖いのな」
「そうですね、怖いと思います。しかし、男性も十分怖いですよ」
「そう……か。さっきみたいに暴力的な奴もいるしな」
「違いますよ。鈍すぎて怖いんですよ」
なんか、もう全部分かってしまいました。と楓花は続ける。
「鈍いって? 動きが?」
春太は、運動部ではないし運動神経も良くない。スポーツテストだって平均以下だったし、鈍いと言われても仕方はない。
「はぁ。そういうのが鈍いって言うんですよ」
「え? それってどういう……」
「ご想像にお任せします」
「ねえ! 春太クン、楓花~。ちょっといい?」
その時、羽籠は距離があるにも関わらず、話しかけてきた。店内では、大きな声を出しただ羽籠に注目が集まっている。サングラスをかけた知り合いは、「ちょっ……ちょっと!」なんて言いながら、羽籠を止めているし。
「なんですか?」
「この子、誰だか分かる?」
「なんか、察しました。誰だか分かりますよ」
「え? 風見の知り合いなのか?」
春太は思わず聞いてしまう。羽籠と、羽籠の知り合いに聞こえないように。小さな声で。
「はぁ、まだ分かんないですか」
「え?」
呆れた顔で、声で、汚物を見るかのような目で春太を見下している。
「ほら自己紹介して」
「い、嫌だよ……。ぼくはただ、これ買いに来ただけだし……。早く帰らせて」
「はいはい、買うのは後でもできるでしょ。それとも、買ってからでもいいけど?」
「むぅ……。で、でもこれは色々とまずいから、やめて。ほんとに」
羽籠と知り合いのコソコソ話は依然として続いていた。
立ち尽くす、春太と楓花。
楓花は冷たい視線を送り続け、春太はどうしたらいいか分からずに戸惑う始末。待ち続けたら、いつかは話しかけてくれるのだろうか?
可能性はあるのか、ないのか。おそらく……あるだろう。
なんたって、羽籠が話しかけているんだ。強引にでも話は進みそうな気はする。
「はい、紹介します! この子は……」
「やめて、やめて! 本当にやめて!」
羽籠に連れてこられた不審者みたいな少女は、本で顔を隠しながら春太たちとの距離を縮められてしまう。無理やり引っ張られながら。
あの、本はラノベだろう。ラノベコーナーで本を選んでいたし。
「あぁ、もう。なんなんですか、あなた方。話しかけるなら、話しかける。話しかけないなら、話しかけない。なんで、そんな簡単なことができないのですか」
無理やり引っ張られている少女と、羽籠に向かって珍しく楓花が叫んだ。叫んだというか、怒鳴ったというか……実際そこまで怒ったようには見えないけど。声を少し荒げたようだった。声に怒りが込められていたし。
「その、ぼ……私は話しかけたいわけではないので、帰ってもいいですか」
「それは、私に聞くことではなく、自分が決めることだと思いますが」
「そう、ですよね……。ははは」
「ちょっと、楓花! そんなこと言わないの。香織も頑張ってるんだから」
「頑張る、頑張ったというのは自己満足です。過程なんてどうでもいい、結果が全てなんですよ。駆け引き何て見てても反吐が出ます」
「そ……そこまで言わなくても」
「私、あなたみたいな女々しい女。嫌いです」
女なら、女々しくてもいいだろ。
とさえ言えないくらい今の状況は緊迫していた。
まず、アニメショップで女子が三人、男子が一人。一人の女子が怒鳴っており、一人の女子(おそらく)が劣勢気味である。
店の中でやることではないし、ましてやオタクしかいない店でやることでもない。
「……分かったよ。ぼくはもう自分の用事を済ませて帰る。ごめんなさい、邪魔をして。それと」
サングラスをした少女は、言葉を一度区切り、続ける。
「さーちゃんだけは許さないから!」
羽籠、楓花、春太の前を順々に通っていく。ラノベを持ちながら。
歩いてる少女を見ながら、気づけば目線は手元へ。
タイトルは、召喚獣とひれ伏し……。
春太はそのタイトルを見て驚きを隠せなくなる。
(くろろが買うって言ってたラノベだ……)
そんな偶然、あるのだなと春太は少女をまじまじと見つめてしまう。
その結果、少女は春太と一度目が合ってしまう。不思議に思ったのか。自分の手元を見つめなおす。
自分が買おうとしていたラノベ。『召喚龍とひれ伏し猫姫サマ』を見ながら。
「…………~~っ!」
少女はたちまちうずくまり、顔を赤らませる。
「どうした、どうした! どうしちゃったの、香織!」
咄嗟に羽籠が心配しているかのように近づく。友達が蹲り始めたのだ。
心配するのも無理はない。
しかし、春太にはそれどころではなかった。
(……香織? 今、香織って言ったか?)
春太の知っている香織は、辻香織しかいない。だが、この子が辻香織なわけがない。
辻香織はリア充グループの中の一員で、どちらかと言うと中心的存在。とても、オタク趣味がある人間には思えない。羽籠と同一の人間だ。
まさか、アニメショップに来て、マイナーなライトノベルを買うわけがない。
だが、よく見たら赤い髪が帽子からはみ出している。連想されるのは、赤く澄んだセミロング。
まさか。
「……ひっ。……っ…………見ないでぇ……」
座りながら、泣き始めた少女はどこかで見覚えがあった。
帽子からはみ出した赤い髪……。この髪色を、声を、どこかで見た覚えがある。
「……もしかして君って、辻香織さん……?」
思わず聞いてしまう。
クラスでも随一の美少女、辻香織。彼女がラノベを読むと言うのなら、ぜひお近づきになりたい、そう思い話しかけた。
すると、彼女は振り返り、口を開いた。
サングラスはズレていて、マスクは濡れてしまい話しづらかったのだろうか。外している最中だった。
その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていて、原型を留めていない。
「……う、ん。……ひっ、はる、たくん?」
泣きながら、春太に話しかける辻香織。
眉目秀麗、成績優秀、歩いた後には花が咲くと評判の美少女。
そんな彼女が、泣きじゃくりながら春太を見つめている。……店内で座りながら。
これより先は、言うまでもない。
客の誰かが、店員に通報し、春太と香織……その他二名を連れて事務所に連れていかれた。
恋愛成就部、通称レジ部の第一回目の課外活動、これにて閉幕……。
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