第12話 一方的な力の証明。
席を立ち、男に近づき腕を掴む。
春太はそこまで、怪力なわけでもなく喧嘩が強いわけではない。それでも、女の羽籠よりは力があった。だから、男の腕をどかすことはさほど難しくなかった。
「……おい。やめろよ、羽籠も風見も嫌がってるだろ」
それより先は言うまではない。
春太には隠された力があったのだ。
龍の眼を受け継一族の末裔だった春太はその力を開放。
右の眼は、群青色に輝き。左の眼は深紅色を醸し出す。
「よくも風見に手出してくれたなッ!」
春太が、拳を振れば衝撃波で、男はたちまち吹っ飛んでしまう。
力の差がありすぎた。
一方的な力の証明。これを蹂躙と呼ぶに相応しい。
隠された春太の力によって、敵を成敗。それ以降は春太にビビってしまい学校でいじめなども――。
というのは全て春太の妄想である。
実際のところ、春太は身体も声も震わせながら男の腕を掴み、男を逆上させてしまっただけだ。
「か、風見が……嫌がってるだろ……!」
「……は? お前なんなんだよ」
と、春太みたいな非力な人間に言われながら腕を掴まれたのだから、男は腹が立ってしまう。ただでさえ、羽籠にドタキャンされて頭に来ているのだ。
そこで男は、春太に殴りかかる。
羽籠も、クラスのウェイ集団も、春太に殴りかかったせいで胸倉を掴まれることから解放された楓花も、思わず声を上げてしまう。
しかし、春太が殴られることはなかった。
殴られそうになったところを一般客が止めに入ったのだ。
それからは、店員が駆け付け男を止めて、事態は収束した。
止めに入った一般客は、何度も楓花の心配をし、春太にもお礼を言うと颯爽と去っていった。
これがラノベ主人公になれるほどの人間……! と春太は歓喜に打ちひしがれるが、自分とは天と地ほどの差があると思うと、途端に悲しくなり考えることをやめた。
春太が主人公になることはなかった。主人公だったのは、止めに入った一般客だ。
スーツにサングラスとSPのような風貌の一般客、彼こそがラノベ主人公に成り得る人物。
俺にも力があればッ……と春太は心の中で今度は嘆くが、妄想が悪化するだけだと感じ、素直に自分の不甲斐なさを反省することにした。
男はというと、ファミレスの控室で警察が来るまで拘束されることとなり、残された人間は春太たちに謝り、それぞれ帰宅していった。
自由になれたのは五時ごろ。事情聴取をされ、ファミレスを出た後のことだった。
「その……二人ともごめん! あたしのせいで嫌な思いさせちゃって」
「羽籠さんは悪くないじゃないですか。悪いのは、私の髪を掴んだゴリラみたいなやつです」
「……俺もそう思う。なんなら、あいつの誘いを断ってた羽籠は偉いと思う」
春太と楓花はそれぞれ羽籠に謝るのはもうやめてと言いたげな行動を取る。
不幸中の幸い、楓花に怪我はなかった。ただ、息苦しさは感じたようで、「あのゴリラ男が死に追いやられるときは窒息死がいいです」なんて危なげな発言をしていた。
「どれだけ謝っても許されないと思う……、けど! もう、こんなことないようにするから」
いくら、楓花と春太が大丈夫だと言っても原因を作ってしまった羽籠は責任を感じてしまう。
自分が、カラオケに行っていたら? 楓花と春太との用事を優先しなければ、不快な思いをしないで済んだのかもしれない。
悪いのは、あの男。それは誰だって分かっている。分かっているが、羽籠は謝ることをやめられない。人間だれしもそうだろう。本能的に謝ってしまう。
「でも、不安にはなるよな。結局、同じクラスなわけだし」
そう。同じクラスなのだ。
香織の周りに集まる男のリーダー格。香織が花なら、彼は虫。甘い蜜を啜りに来た惨めな虫だ。
同じクラスである以上、関わることもあるだろう。また、いちゃもんをつけられるかもしれない。
「それなら、心配ないです。退学になったみたいですから」
「……え?」
「だから、退学になったんですって。私に対して、あのような非人道的行為をしたのです。当たり前でしょう」
「それはそうだけど……」
退学。それは、もう学校に通えないことを意味する。
卒業を前に、退学したのならば最終学歴は中学生となってしまう。入試まで受けたのに、それさえも意味がなかったことになる。
退学とは、思っている以上に様々なものを失う。
「それって、本当なの……?」
「本当ですよ。明日から、あのゴリラは来ません」
楓花がそうは言っても、春太は信じられないでいた。
確かに、楓花に対してあの人間は、人としてあるまじき行為をした。
退学になってもおかしくはない理由である。
……ではあるのだが、納得できないでいた。
「どうしたんですか、梓弓さん。そんな悩んだ顔をして」
「……いや、別に。なんでもないんだけど」
それとなく誤魔化す。ここで、楓花を問い詰める必要はない。被害者なのだ。
被害者に向かって、加害者を庇うような行為は……デリカシーがないとしか言えない。
「もしかして、あれですか」
楓花は、春太の考えを言い当てそうであった。
神妙な顔つきをしているように、春太に顔を近づける楓花。
退学になるのはおかしいとでも言いたいのか、と問われたら言葉に詰まる。
どう誤魔化そうか、春太はもう白状してしまおうと思った瞬間――。
「……何か用事でもありました?」
心配するように楓花は聞いた。春太が考えることとは程遠いことを。
あまりにも見当違いな。今するべきではない話題。
「すいません。用事があったと言うのに私が無理やり連れだしたようなものですものね」
「あぁ、いや……別に、いいんだけどさ……」
しかし、誤魔化すには好都合であった。
「そうですか? ならいいのですが」
「……すまん、風見! やっぱ用事があった」
春太は、咄嗟に誤魔化そうとする。
「それなら早く言ってくださいよ。用事を済ませてしまいましょう」
目的地はどこです? と楓花は続ける。
さっきまで、緊迫していた雰囲気だったとは思えない。
羽籠は気が抜けたのか、近くにあった柱にもたれかかっているし。
「楓花ってば……。で、春太クン。どこに行こうとしているの?」
いつまでも暗いといけないと感じたのか、羽籠はいつも通りに戻る。さっきまでは萎れた野菜のように、テンションが駄々下がりだったがその面影はもうない。
笑顔で、でもどこかで呆れながら春太に聞く。
しかし、困ってしまう。
また、クラスの連中に鉢合わせてしまっても困る。
春太が行ったことがあり、誰とも鉢合わせない場所。
「えっと……アニメショップ……かな」
時が止まった。
しかし、春太にはそれしか思いつかなかったのだ。
その後、羽籠がどういう店なのか知りたいと言い始め、ネット検索やらマップアプリを使うと言い、数分間携帯を操作し続けてた。
その気まずさと言ったら、もうどうしようも表現できない。
楓花が、春太にアニメショップとは何かと聞き続けることも春太にとっては地獄であった――。
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