第10話 やーい、えっち。

 電車に揺らされて五分ほど。

 課外活動の場所――ファミレスがある駅、河原駅に着く。

 今回の課外活動は、「ファミレスで駄弁る」こと。

 ファミレスで駄弁ることになった理由は、女子高生が放課後に行くから――。

 駄弁ることが、恋愛と関係があるのかは分からないが、決まってしまったものは仕方ない。

 それに、この街はファミレスや、カラオケ、タピオカ屋を始めとして、若者が退屈しないようになっており、本屋やアニメショップ、ゲーセンなどオタクにも優しい街づくりとなっている。

 そのため、とりあえずこの駅で降りれば大体のことは解決する。文化祭の買い出しだって、休日の暇つぶしだってなんだってできるのだ。

 仮に、ファミレスで駄弁ることが急遽中止になったとしても何かしらは出来る。

 まるでなんでもある大型ショッピングモールを凝縮したような街はそこにあった。

 ……ただ、田舎過ぎて少し栄えている街があるだけで大都会に見えるだけかもしれないが。

「これが……課外活動なのでしょうか」

 開口一番、楓花が口を開く。

 各々がドリンクバーを注文し、一人ずつ飲み物を取りに行く。

 そして、全員が飲み物を机に置いたら何が開始される。と思ったのも束の間。

 ……何も起きない。

 何を話すんだろう、と春太は困惑しながらもついてきてしまったことを後悔してしまう。

 しびれを切らした楓花が口を開いてしまう始末。言い出しっぺの羽籠とは言うと、気まずそうに携帯をいじり続けている。

「あのー、羽籠さん?」

 無言の空間に耐え切れなかったのか、楓花がさらに言葉を続ける。

 基本無口だと思っていたが、用件があれば喋る。部活動は彼女にとって、重要なことなのだろう。

「んえ!? 待ってね、楓花。ちょっとあたし手が離せなくて……」

「そうですか。なら、私はどうしたらいいですかね」

「ごめん! ……仕切っておいてくれない? あたし、電話しなきゃいけなくなっちゃった」

 そういうと、羽籠は席を立ち、携帯を耳に当てながら早歩きで何処かに行ってしまう。

 友達が多いリア充って、人間関係面倒くさいのかな。電話って、さっき教室で電話していた奴らとまたしなければならないんだろ。

 スクールカースト上位も楽ではない、と同情する。学校で青春を送るには、過度なストレスが付き纏うのか。

 人間関係は実に、面倒でなおかつ多少は築き上げておかないといけないもので、複雑で表現するには軽すぎる気がする。

「ということみたいです、梓弓さん。どうしましょうか」

「どうしたらと言われてもね……」

 いきなり、楓花と二人きりにされる春太。話題が出てくるわけがない。

 圧倒的美少女である風見楓花。クラスには、羽籠鎖奈恵、辻香織と学内でもトップに入る美少女がいながらも、負けずとも劣らない。

 性格以外は完璧なのだ。眉目秀麗、容姿端麗、歩く姿は百合の花。それほど、容姿には優れている。無表情ではなく、もっと明るく笑う少女だったら……告白だってされまくるだろう。

 人を近寄らせないようにしているオーラ、話しかけても会話を広げないと言う姿勢から男子からはモテない。

 そもそも、楓花がこの姿勢を改めれば部活など作る必要ないのでは……と春太は思ってしまう。

「そういえば、当初の目的は『駄弁る』ことです。なにかお話をしましょう」

 すると、楓花はストローを啜り始める。飲んでいるのはオレンジジュースか。橙色の液体が、口の中に運ばれていく。

「そんなこと急に言われてもだな」

「羽籠さんが今席を立っていることとか気になったりしませんか」

「まあ……気にはなるけど」

「クラスの人と連絡を取ってるみたいですよ。まったく、部活動を優先してほしいです」

「羽籠がいるといないとじゃ、活動内容が変わるの?」

「変わるも何も、羽籠さんが発端ですよ。羽籠さんが提案したことを私たちがこなしていくのが恋愛成就部の活動内容です」

「……羽籠は顧問か何かなの?」

「顧問くらいの立ち位置ですね」

「……そう、なのか」

 恋愛成就部は、羽籠鎖奈恵を中心に動いていた。

 羽籠が授業を行い、放課後にファミレスに行くと言えば楓花は従い、梓弓春太を放課後に呼び出して部活勧誘をしろと言えば楓花はまたも従う。

 恐るべき独裁政治。羽籠鎖奈恵は、恋愛成就部を手駒にしようと言うのか。

「羽籠さんが、私の手助けをすると言ったのです。それに私は従っているまでです」

「手助けって……恋愛をするってことの?」

「そうです。私には恋愛をしなければならない理由がありますから」

 楓花は、自信ありげに目を逸らさず春太に伝える。

 恋愛をしなければならない理由。何か深い理由があるのだろう。

 今、春太が疑問に思っていることは二つ。どうして、風見楓花が恋愛をするのか。と、もう一つは――。

(どうして、俺を部活に勧誘したんだ?)

 心の中で春太は叫ぶ。自分を勧誘する理由が見当たらないのだ。

 羽籠がプログラムを作っていると言うのなら、それに従えばいい。

 そこに、梓弓春太は必要なのか? 必要だとしたら、どうして組み込まれている?

 春太の疑問は解消されずに、口から疑問として漏れ出してしまうことになる。

「なあ、風見」

「はい、どうかしました?」

 心臓が震える。心拍数が上がっていることが分かる。聞いていいのか、聞いてしまっていいのだろうか。この状況で、口にしまっていいのだろうか。

 今、この言葉を口にしてしまったら何かが崩れるような――気がする。

 冴えない男子の梓弓春太。そんな彼が、風見楓花、羽籠鎖奈恵と二人の美少女と放課後にファミレスに訪れている。普通ならありえない。ありえなすぎる光景だ。

 この日常を壊していいのか、聞いてしまっていいのだろうか。

 葛藤。

 自分の中で答えを出せない。出せないが、感情は本人とは別に生きている。だから、口を滑らせることだって、あるのだ。

「そのさ。俺が恋愛成就……レジ部に入る意味ってあったの?」

 意味。人間はいつでも意味を求める。

 決まりきったものでもなければ、人間はルーツを求める。

 ハサミを見て、どうして紙を切れるのだろう? と思うことはあっても、なんでハサミっていう名前なんだろう? と問うものはいない。ハサミはハサミで、ハサミと言う名称があるからどうしようもないのだ。

 春太はどうして、部活に入れられたのか。疑問が口に出てしまっていた。

「――それはですね、梓弓さんが全ての条件を満たしていたからですよ」

「条件?」

 楓花が口を開く。

 今までの芯が通ったような目ではなく、少し戸惑いがあるかのような目をしていた。

「まず、一つ目。目立たない。活動をあまり大ごとにしたくないんです」

「そうか、風見の恋愛だもんな……」

「そうです。そして、二つ目。当たり前ですが、男性であること。女性だけでは難しいものがあります。次に」

 事実を述べていく。春太が勧誘されるまでに至った条件を。包み隠さずに。

「今現在、女性にす「ちょーっと、ちょっと! タイム! 楓花、何を言ってるの!」」

「……え。言ったらダメなんですか?」

「ダメに決まってるでしょ! 色々大変なことになっちゃうよ!」

「大変? ですか」

「もう、楓花は黙ってて……」

 そこに突如、羽籠がすごい勢いで会話に乱入してきたのだ。

 おそらく電話が終わり席に戻ってくる途中だったのであろう。

 どうしても会話に口を挟みたかったのか、汗だくになりながら。

 店内の客は春太たちの座っている席に視線が釘付けとなってしまう。

 視線に気づいた羽籠は、「すみません、すみません」とお辞儀をし、息を整えてから楓花の隣に座る。

「いい? 春太クン。君じゃないとダメだったの。深い理由は、その……聞かないで」

 羽籠は息を整えながらも、まだ少し息切れをしていた。

 睨みつけるような視線で、春太を凝視しながら言葉を紡ぐ。

「……そこまで言ったら、教えてくれよ。正直、なんで俺なのか分からないから」

 ここまでだと、春太の優勢に思えた。

 羽籠は明らかに隠し事をしている。主に春太に対して。

 聞かれたくないことがあったから、わざわざ走ってでも会話に乱入してきたのだ。

 このままだと、どうしても拭えない違和感がつきまとう。聞き続ければ、羽籠の口から真実を聞けるかもしれない。正直、もやもやしていた。明確な理由を春太は知りたかったのだ。

「……そうね。確かに春太クンの言う通りだわ。理由を知らずに部活動に参加するなんて、もやもやするものね」

 羽籠は賛同の意を示す。

「そうだろ? だから、教えてくれよ。気になって――「でもね」」

 しかし、羽籠は春太の言葉を遮る。

 伝えたいことがあるとでも言うように、春太を否定するように。

「人の胸をジロジロ見てる男には教えたくないのよね」

 胸を見てる男。そう言われ、春太は羽籠の顔を見ようとするが……自然と視線は下がってしまう。

 顔から下、首の下にある膨らんだ身体の部位。芳醇な香りを巻き散らす二つの膨らみ。

 胸。

 音にすればたった二文字でありながら、男性にはなく女性にあるものと的確に表現してくれる単語。それが胸であり、言い換えるならおっぱいだ。

 男子は、自然と胸を見る。吸い寄せられるように胸を見る。顔ではなく、胸を。

 形成逆転。春太は言い返せなくなる。

「うっそ……俺また見てた!?」

「無意識なの!? さいってぇー。ありえない」

 以前のように、羽籠が顔を赤らめることはない。変わりに、人を見下すような酷く冷たい視線を春太に向ける。

「こういう時は。やーい、えっち。……って言えばいいんでしたっけ」

「そう! 楓花、偉い」

 羽籠は楓花の頭を撫でる。表情が変わらずとも、満更でもなさそうだ。

「じゃあ、あたしの胸を見たバツとして今のことは忘れる。いいわね?」

「……はい」

 腑に落ちない点はあったが、春太は、何も言い返せないでいた。

 まさか、無意識に胸を見ているなんて思いもしなかったのだ。

 これ以上の言及は、胸を見ていた変態なんてレッテルを張り付けられる覚悟しなければならない。その勇気と覚悟は春太には、ない。

「あの、梓弓さん」

「どうした、風見。……追い打ちでもしにきたか?」

「いいえ。そのですね、なんで胸を見るんですか?」

「…………なんでだろうな」

 天然怖っ。

 男子に向かって、そんなことを聞けるのか。無知は罪。好奇心による真実への言及は、ここまで恐ろしいのか。

 兵器。

 天然の発する言及は凶器。言葉は刃とはこのことだ。

 こんなことを、無表情で聞けるのか。春太には、どう言い返せばいいか分からない。

「や、やーい……えっちー……」

 言い返せることもなく、無言が続いた結果。目を逸らしながら、小声で呟くしかすることはなかった。

 楓花が言っていた台詞を春太は再び言う。賢いインコなのかもしれない。

「……ちっちゃくて悪かったですね」

「? 今、風見なんか言った?」

「言ってません。何も言ってないですよー、だ」

 楓花は、まともやストローを啜り始める。

 音を立てながら、泡立てながら。

 春太には聞こえない声で、何か言った後に、動揺を隠せずにいる楓花。

 何かを不快な思いをさせてしまったのか、と春太は反省し謝るべきチャンスをうかがっていたが、それが達成されることはなかった。

 来訪者によって、全てが台無しにされたのだから。

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