第8話 梓弓春太の休日

 学生は休日に何をするだろうか?

 友達と遊ぶ、勉強をする、部活をすると人それぞれ休日の過ごし方は違う。

 梓弓春太の場合はどうだろうか。

 もう日曜日の夜だと言うのに、春太はまだ一度も外出をしない。

 なんなら、部屋の外にもあまり出ない。出る時は食事の時と、トイレに行く時だけ。リビングで過ごすこともなければ、部屋から基本的に出ない。

 引きこもり……ではなく、インドア派なのである。

 用事が無ければ、外に出ないし出ることも嫌う。ただ、家でゴロゴロすることに生きがいを感じている。

 しかし、ゴロゴロとは言っても春太はゴロゴロしない。椅子に座りながら、パソコンの画面に釘付けになっている。

 開かれているのは、会員制のアニメサイト。月額料金でアニメが見放題というオタクには必要不可欠なコンテンツ。

 そう、春太はこの土日をアニメの消化に全てを費やしたのだ。

 アニメの消化と言っても、ただアニメを見るわけではない。

 負けヒロイン成分の補充……すなわち充電をしていたのだ。

 金曜日に家に帰り、遅くまでアニメを視聴。次の日、土曜日は昼頃に起床し遅くまでアニメを鑑賞。そして、日曜日も昼頃に起床し、夜中までアニメを見る。

 このルーティンをする際に、負けヒロインが登場する作品をいくつか選択。学校生活で欠落してしまう負けヒロイン成分をこの土日で補充し、負けヒロインを堪能していた。

(青髪負けヒロイン……よき)

 今回春太が見ていたのは、学園ラブコメのアニメで、主人公に好かれようと努力し続けていたが最終回を前に振られてしまうと言う作品だ。

 いい負けヒロインでした。と、手を合わせお辞儀する。春太にとって、負けヒロインは神や仏に匹敵するため、この行動は間違いではない。

 しかし、時間は有限ではない。負けヒロインを堪能できる時間も残りわずかとなってしまっていた。時刻は、十時を過ぎている。普通の高校生なら、そろそろ眠気に襲われ欠伸をする頃なのだが……春太は一切しない。

 目を覚ましたのは昼の二時過ぎだ。眠くなるはずがない。

 春太の休日をこうやって過ごしている。学校生活は楽しくない。楽しくないから、アニメを見て現実逃避をしないとやっていけない。

 日曜日までも夜中まで起きているから、月曜日に後悔する時だってある。時折、寝坊してしまうときもある。学校で、眠気と戦っている時は後悔こそするが、金曜日になる頃には忘れている。また、一日中アニメを見てしまうのだ。

 だから、月曜日が短縮日課であるならば、家に帰って寝たかった。

 しかし、楓花に威圧されてしまい月曜日に予定ができてしまった。

(もうそろそろ寝ないとな……)

 流石に寝ないと体力が持たない。切りのいいところで、春太はパソコンに表示されている時間を確認する。

(げっ、もう十一時かよ……。全く眠くないんだけど)

 このルーティンは、一週間かけて形成された生活リズムを壊してしまう。そして、月曜日から金曜日にかけて生活リズムを直し、土日でまた壊す。

 ……正直、ここまで体に負担をかけるとガタが来る。

 普段こそは、授業が終わればすぐ帰宅していたから疲労は溜まらなかった。

 しかし、金曜日には色々あったのだ。

 普段何もしていない春太にとっては身体の負担となっていた。

(眠くないのに、瞼が重い……)

 体が違和感を示していた。眠くないのに、身体が重いのだ。

 こんなに貧弱だったのか、と春太は自分の体力の無さを痛感する。

 春太の意識は遠のいていた。しかし、アニメが見たい。

 どうしたものか、と頭を抱えながらベッドでうずくまっていると、携帯が音を鳴らした。

 アプリの通知音だろうか? 面倒だと思いながらも携帯に手を伸ばす。

【くろろ:最近、連絡ないけどなんかあった?】

 差出人は、春太がよく知る人物だった。顔も知らないし、会ったこともないが。

【あずさ:久しぶり。ごめんよ、ずっとアニメ見てた】

 そういえば連絡してなかったな。と申し訳なくなりながら返信をする。『あずさ』とは春太のハンドルネームだ。春太は、ゲームなどハンドルネームを使う際は名前も全部統一している。

 深い意味はなく、女の子と間違えられたら面白いなくらいで自分の苗字から女の子に成り得る箇所を抜粋しただけだ。

 まあ、女の子の口調なんか分からないため、女の子と間違えられることはないが。

【くろろ:そっか~。連絡来ないから何かあったかと】

【あずさ:ずっとアニメ見てただけだよ】

【くろろ:ずっとってどれくらい?】

【あずさ:金曜の夜からかな】

【くろろ:だから、連絡こなかったのか……】

【あずさ:すまん、携帯なんて普段見ないから】

【くろろ:普段どうしてるんだよw】

 くろろとの付き合いは長い。春太が中学生の頃にSNSを始めて、その時に繋がった――いわばネッ友だ。

 主に、ゲームとかアニメみたいなオタクトークしかしないんだけど、ごくたまに日常会話もする。

 くろろが同じ学校だったら、学校が毎日楽しくなるのかなと思うときもある。が、この関係性もそれはそれで悪くない。

 実際に会ってしまったら、イメージとか崩れそうだし。会いたいけど会いたくない。作り上げてしまった理想像のくろろが本当にいるのか、不安になってしまう。

【くろろ:そういえば、あずさは今期何見てる?】

【あずさ:わりぃ。メジャーなものしか見れてない】

【くろろ:そっか。なら、魔法少女みらくる☆サタンは見て欲しいかなあ】

【あずさ:あ、それ題名だけ知ってるわ。漫画原作だっけ?】

【くろろ:そうそう! マンデーのやつなんだけどね】

【あずさ:絶対それおもろいじゃん! ネタバレ少なめで、話し教えてよ】

【くろろ:いいよ~。まずね、主人公の衣装がえっちで】

 この話し合いは遅くまで続いた。ただ、文字を打ち合ってるだけなのに、一度話し合うと止まらず、互いが互いに好きなアニメやアプリやら、はたまた好きな女性像なんかを話し始めたら止まることはなかった。

 眠たいのに、寝れなくて困っていたはずなのにその悩みは解消されていた。

 文字を打つことに夢中になっていると、自然と眠気に襲われてきてしまったのだ。

【くろろ:そろそろ、寝ないとね。明日も学校だし】

【あずさ:そうだな。遅くまで、すまん】

【くろろ:あずさも学校じゃないの?】

【あずさ:そうだけど、明日は短縮日課だから早く帰れる】

 珍しく月曜日は短縮日課であった。職員会議か何かで午後の授業が無くなったと聞いている。明日は早く帰れたとしても、振替授業なんかがあったら憂鬱だけど。

【くろろ:そうなの!? 僕の学校も明日、短縮日課なんだよね】

【あずさ:まじか。そんな偶然あるんだな】

【くろろ:だね~。だから、明日は放課後ラノベ買いに行くんだ~】

【あずさ:何買うの?】

【くろろ:召喚龍とひれ伏し猫姫サマの新刊が明日出るんだよ】

【あずさ:あれ、まだ終わってなかったんだ……】

【くろろ:こら! 作品へのdisは禁止!】

【あずさ:ごめんて……。なら、俺もラノベ買いに行きたいな】

【くろろ:なになに、何買うの?】

【あずさ:私の胸を見たところで、赤ちゃんはできないんだからねっ! の新刊】

【くろろ:へぇ……、あのラノベまだ終わってなかったんだ……】

【あずさ:おいおい、作品のdisはやめてくれよw】

 久々に話せてよかった。くろろとは、いつか実際に会って話してみたいものだなと、信念が傾きつつあった。

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