第7話 レジ部の活動
「第三回! 恋愛マスター鎖奈恵ちゃんの特別授業を始めます!」
「お願いします」
どうしてこうなった。
春太が今いるのは部室。そして、部室にいる人間は楓花と羽籠の計三人。
羽籠がホワイトボードの前に立ち『恋愛とは』と書きながら楓花に説明している。
楓花はノートを広げ、板書しながら話を真面目に聞いている。
(俺ってここに必要なのか……?)
春太は、例の如くやたら置かれたソファに座りながら困惑し続けるのみ。電車の椅子に座ってたら横にお相撲さんが来た時くらい、縮こまっていた。
「じゃあ、春太クン! 放課後に女子高生はどこに行くでしょう!」
「……え? 俺?」
「そうだよ、春太クン。部員になったからには、ちゃんと授業を受けてもらうからね」
持っていたペンを春太に向ける羽籠。その表情は至って真剣だ。
「そう、なんだ。これって、全部で何回あるんだ?」
「んー……。あたしか、楓花が満足するまで?」
「……そうですか」
「はい、話を逸らさない! ちゃんと答える!」
部活の雰囲気は独特だ。ふざけているのか本気で授業しているのか分からない、羽籠。真剣にノートを取り続ける楓花。ホワイトボードには『恋愛とは』しか書かれていないのに、ノートを取っているのだから分からない。
「えー……、タピオカ屋? だっけ」
「ブー! 不正解。それは休日の女子高生です」
「タピオカヤとは何なのですか? 聞いたことがないです」
「そうね。さしずめ、映えってことかな」
「ばえ……? 虫の一種ですか?」
「違うよ、楓花。タピオカは飲み物だよ」
「飲み物……。食中の虫がいるくらいですし、飲んだりするのですか」
「虫ではないかな~。たはは……」
当たりそうな無難な答えを出したのだが、不正解だったようだ。
そして、会話は斜め上の方向へと進んでいく。ネットスラングを何一つ知らないお年寄りが、SNSの呪文みたいな会話を見たら楓花みたいになるのだろうか。
「もう、答え出ないから言っちゃうわね。正解は、ファミレスよ」
「ファミレス? なんでまた」
「ドリンクバーを頼めば居座れる。客が来ない。好きなだけ話せる。すごくない?」
「……そうか」
「そうそう。女子高生は、ファミレスで恋バナをすることに決まってるのよ」
「そうなのですね。放課後にファミレスというところで恋バナというものをするのですね」
楓花は絶えずにノートに書きとり続ける。羽籠が話すことを正確に聞き取り、復唱しながら手を動かす。
「そうよ、楓花。ファミレスに行くことが大事なのよ」
「なるほど、大事なのですね」
赤ペンを筆箱から取り出し、握り始める楓花。
「風見、これはなんか意味あるのか……?」
「あります。羽籠さんの授業を聞かなければ、彼氏を作ることはできないです」
本当か? と言いたくなるが、口を閉じる。
ここは恋愛成就部。風見楓花が恋愛をするために創設された部室。
恋愛が分からない春太が口を出す必要はない。
「しかし、ファミレスとは何なのでしょうか……」
「「……は?」」
思わず、耳を疑う。
ファミレスを知らない。そんなことあるのだろうか。
「ファミレスって、あのファミレスだぞ?」
「だからなんなのですか。そのファミレスと言うのは」
春太は聞き返し、羽籠は放心状態に。
「楓花、あれだよ? アイゼリアとか、ゴストとか……」
「聞いたことないですね……。それはなんですか?」
再び、耳を疑う。
「春太クン、あたしはどうしたらいい……?」
「分かんねえよ。連れていったらいいんじゃないか?」
春太が苦し紛れに出した答えは、実際に行くこと。
それ以外に何が言えただろうか。
「そうね~。確か、月曜日って短縮日課だったよね?」
「はい、そうだったはずです」
「よかった。二人は月曜日って予定ある?」
「私はないです」
「俺は……ある」
春太に予定は……ある。
短縮日課であれば、早く家に帰って寝るという大事な予定がある。
午前中までしか授業がないと言うのなら、午後には家で寝ていたい。
「そうなの? どこか行くの?」
「……あ、あぁ。まあ……予定はある」
「え~。どうにかならないの?」
「……難しいかな」
春太は譲れない。自分の予定は優先したいのだ。
……寝たいだけだが。
「梓弓さん。それはどうかと思いますよ」
楓花は声を上げる。ソファに座っていたのに、立ち上がりながら。
「部活に入ったのですから、私情よりは部活を優先するべきだと思います」
こうして、金曜日は幕を閉じた――。
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