第6話 恋愛成就部、通称レジ部。

【さなえ:聞きたいことって何?】

【春太:風見楓花について】

【さなえ:なにそのかたっくるしい文章! 論文みたいなタイトルじゃん笑】

 表情が豊かな猫のスタンプを加えながら、羽籠はメッセージを送ってくる。今回の猫は、腹を抱えて笑い転げている。

【春太:論文でもなんでもいいから、教えてくれ】

【さなえ:楓花のことでしょ? 友達だよ】

【春太:羽籠と風見が話しているのをあんまり見ないんだけど……】

【さなえ:毎日喋るからって友達ってわけでもないでしょ~】

【春太:それはそうだけど】

【さなえ:あたしと楓花は仲いいよ。それなりに】

 今度は、親指を突き立てて微笑む猫のスタンプが添えられている。

【春太:仲がいいから、一緒に部活を作ったのか?】

 本日の議題。羽籠と楓花が立ち上げた部活の詳細を探る。

 春太は、回りくどいのも面倒くさいのでストレートに聞いてしまう。

【さなえ:そりゃあ、仲良くないと一緒に部活なんて作らないよ】

【春太:だよな。じゃあ、部活を作った理由は? 俺を勧誘した理由は?】

【さなえ:作った理由は、楓花のお手伝い? かなあ】

【春太:それはこの際どうでもいい。なんで、俺を勧誘したかが気になる】

 勧誘した理由。それは羽籠しか知らないと楓花は言っていた。

 なら、本人に聞けば手っ取り早い。

【さなえ:えぇー、どうしよっかな笑 教えたくなーい】

 おまけに付けられたのは、背景に『…』と点が三文字置かれ真顔になっている猫のスタンプ。教える気がないのだろうか。

 春太は、携帯で文字を素早くフリックしていく。後ろの席に座っている奴に。怒りを込めながら。

【春太:いいから教えろ!】

 感情のこもった一撃。

 少々やりすぎたと思ったが、はぐらかされて答えがでないと思ってしまっていた。

【さなえ:人の胸を見てるような人には教えたくないな】

 しかし、春太が感情の込めた一撃は流れてしまう。

 春太がしてしまった過ちを武器に、羽籠は対抗する。

 送り返されてきたメッセージ。それがなによりの証拠で、春太を黙らせられる現段階で最強の武器。

(……これは言い返せないって)

 どうしよう。と思いながら、ゆっくり、ゆっくりと顔を後ろに向ける。

 すると、そこにいたのは――。

 今までに見たことないほどの笑顔をした羽籠がいた。

「羽籠さん……怒ってます?」

「…………」

「あのー……」

「………………」

 返事がない。ご立腹のようだ。

 この件に関しては春太が悪い。謝罪をするべきだろう。

「そのー……、胸を見てしまい申し訳ございませんでした!!」

 頭を直角に下げ、謝罪。それは、それは春太自身でも驚くほどの綺麗な直角だった。

 声よし。角度よし。謝罪内容よし。

 これで、羽籠の機嫌も直ることだろう。

 そう思った矢先、春太の頬にあるものがぶつかった――。

「二度と話しかけてくんな!!!!!」

「ぶべらっ……!」

 ものがぶつかったんじゃない。手が頬を捕えた。

 ビンタをされた。

 めちゃくちゃ痛くて、叩かれられたことを忘れてしまうくらいに強烈なビンタを。

 気づけば、椅子から春太は倒れ、視界が定まらないまま天井を見つめていた。

 結局、後で羽籠には「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」と言われながら、身体を起こされ教室は爆笑の渦に包み込まれる。

 椅子に座り直すと、こちらを見ていた楓花と春太は一瞬だけ目が合ってしまう。

 その顔は、なんだか呆れたようで……口元が緩んでいるように見えた。


 ※

 

 ――そして、放課後。

「梓弓さん。放課後になりました。部活動の時間です」

「本当にやるんだ……」

「当たり前です。ほら、羽籠さんも行きますよ」

「うへぇ~……後、五分……」

「起きてください! 部活に遅刻しますよ」

 そう言いながら、楓花は羽籠の肩を揺らす。まるで、遅刻しそうな子供を起こす母親のように。

「……むにゃあ。ねむ、い」

「羽籠も、放課後なんだし起きろよ」

「んえ……!? 放課後!?」

 羽籠はハッと目を覚ます。顔には腕の跡がくっきりついていた。

 記憶が正しければ、五限くらいから寝ている。流石に寝すぎでだろう……。

「おはようございます。羽籠さん」

「お、おはよう楓花。あたし寝てた……?」

「はい、それはもういびきをかきながら」

「……うそ? 春太クンほんと?」

「えぇ……っと」

 答えようとすると、楓花が真剣な眼差しを向けてくる。

(いびきをかいてたって言えばいいのか……?)

 しかし、春太からすれば羽籠は助けてくれた優しいギャルであり、楓花は得体の知れない美少女。

 天秤にかければ、羽籠の好感度の方が高い。

「……いびきはかいてなかったぞ」

「……ほんと? よかったあ。なんでそんな嘘つくの!」

 羽籠が楓花に詰め寄る。「冗談ですよ」と羽籠をあしらっているが、視線の先には春太がいる。

(めちゃくちゃ睨んで来てるんだけど……?)

 睨まれている。つまらない男だと思われたか、羽籠の弱みを握りたかったのか。

 無表情の楓花からは何も読み取れない。

「じゃあ、部室行きましょうか。放課後なわけだし」

「そうですね。行きますよ。胸を凝視する人」

 無表情だが、楓花は確実に怒っていた。表情からは読み取れない――感情がなぜか見える。

「あのー……風見。怒ってる?」

「なんですか? 胸ばかり見る人」

「もうその話はやめてよ!」

 顔を赤らめながら、羽籠が止める。この介入がなければ、楓花は春太をいじり続けただろう。今でも不服そうな顔をしているし。


 ※

 

「どうぞ、入ってください」

「……あぁ」

 部室棟の三階。誰も近寄りたがらなそうな場所に部室はあった。

 部活動に所属していない生徒は、まず部室棟に訪れない。それに、部室棟には文化部の部室しかない。運動部の部室は外にあり、大体の生徒は来ることない。加えて三階。

 隠れ家……秘密基地。目立たない場所に部室はあった。

「好きなところ座って~。ソファだけはたくさんあるから」

「失礼な。机どころかパソコン、ホワイトボードもありますよ」

「でも、殺風景じゃない? やっぱり部屋に物が少なすぎるから、ソファが目立つのよ……」

「だって、家にソファが余ってたんですもん」

 ソファが余るってどういうことだ。楓花の家は家具屋か何かなのか。

 そんなことを突っ込めるほどの余裕は春太にはなかった。

 部屋に入るなり、視界に入るのは広すぎる部屋。普段授業を受けている教室くらい広い。

 羽籠の言う通り、殺風景ではあった。これだけ広いのに、置いてあるのはソファが四つほど。おまけ程度に置かれている長机とホワイトボードのみ。

 校長室や生徒会室のように見えなくもない……。

「本当にここが部室なのか?」

「そうですよ。正真正銘レジ部の部室です」

「……広すぎないか?」

「そうですか? 部室ってこんなもんじゃないですかね」

「今まで、どんな部室を見てきたんだよ……」

 疑問がいくらでも無限に湧き出る。何もかもがおかしいのだ。

 やたら広い部室。多すぎるソファ。おかしいと思わない楓花。

 しかし、楓花が変わっているのは今に始まったことではない。春太は考えることをやめた。

「まあまあ、春太クン。あたしも最初はおかしいと思ったよ? でも……、考えることをやめたわ」

 気持ちは分かる。分かるが、数日経ったとしてもここまで馴染める自信は春太にはない。

「……そういうものなのか?」

「そうそう、なんだっけ。広い部屋には巻かれろ。だっけ?」

「それを言うなら、住めば都ではないですか?」

「あー、それかも。楓花は賢いな~」

 これ以上は、考えることはやめよう。長いものに巻かれようと思う春太であった。

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