第4話 告白
付き合うとは、交際を始めないか? という提案から生まれてくる言葉だろう。
付き合うには、どちらかが告白という思いを伝える行為をし、成立すると付き合っている状態になるのだ。
……告白?
される理由が思いつかない。強いて言うならば、目で追いかけていたことだろうか?
目で追いかけられ、意識してしまい気づけば好きになってしまったとか?
……いや、目で追いかけられたからって、好きになる女子などいないだろ。
だから、告白される理由は……ない。
告白。
意中の相手に思いを伝える行為。
自分がずっと好きだった相手に、思いを伝える行為。成功したら、カップルとなり、甘い青春の一ページを刻んでいくもの。
それを今されている……。
……告白をされている!?
しかも、謎の美少女転校生、風見楓花から!?
先ほどまで冷静だったが、事の重大に気づいてしまい、動揺せずにはいられなかった。
「ダメですか?」
「ええっと……つ、付き合うって……」
「そうですね、放課後の時間を私に割いてもらうことですかね」
聞き間違いじゃない。風見楓花から告白をされている。
あの美少女から告白を……?
……何かの間違いだろ。
風見楓花は可愛い。クラスでも上位に食い込むほどの顔面偏差値の持ち主だ。
辻香織だって、羽籠鎖奈恵にだって劣らない。風見楓花が明るい性格の人間だったら、容姿も相まってファンクラブができてもおかしくない。
その風見楓花から……告白?
「……少し考えてもいい? ……突然のことすぎて整理できてなくて」
少し考えてもいい? なんて、最悪な解答だろう。
覚悟を決めて、してくれたはずの告白。それを、春太は先延ばしにした――。
告白の返事を先延ばしにしたって、気まずくなってうやむやになるだけだ。
春太は、子供の頃に告白したことを思い出してしまう。しかし、今は……忘れるべきだ。
今いるのは、高校生の梓弓春太だ。子供の梓弓春太はもうどこにもいない。
「そうですか。確かに、急な提案でしたからね」
思ったよりも反応が薄かった。
楓花は、ショックを受けていないのか表情一つ変えない。
「ごめん、でも待ってるから!」なんて言うのが一般的な女子の反応であり、ベタな解答。それどころか、自分の行動を反省している。こんな女子が未だかつていただろうか……。
「先延ばしにするのは、悪いと思ってる……。けど、風見からこんなことを言われると思っていなくて……」
正直な感想。風見楓花に告白されるなんて思いもしなかった。
春太と楓花では、不釣り合いすぎる。主に容姿が。
表情一つ変えずに、こちらを見る少女は当たり前のように可愛い。
髪の毛の先まで行き届いた艶も、人形のように白い肌も、細くてスタイルのいい足も、引き締まった綺麗な胸も、全てが反則的に可愛いのだ。
「? そうですか。確かに意外かもしれませんね」
「そうですかー、どうしましょうか」と、顎に手を添えながら悩み始める。どうしようもなにもこの場から立ち去る以外の選択肢はないと思うのだが、風見楓花は一向に立ち去ろうとしない。
(……気まずい)
なぜ、風見楓花は立ち尽くしているのか。理解できない。
「……これじゃあ、部員が増えないので部として成り立つのかどうか」
その場で悩み耽る楓花。表情は依然として、変わらない。
「羽籠さんに、言われた通りにしたのですが、嘘なのですかね……。信用しすぎました」
独り言は止まらない。それとも、考えることが全て口に出てしまう体質なのか。
「もしかして、梓弓さん。放課後に予定でもあったりしますか?」
「…………ちょっと、待って。俺たち、会話すれ違ってない?」
「そうなんですか?」
楓花は依然として表情を変えない。だが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたように見えた。
※
「……えっ。なに……、恋愛成就部……?」
「はい、今のところは私と羽籠さんの二人ですが」
「それの勧誘ってこと?」
「はい、三人いないと部として成り立たないみたいなんですよ」
悩み続けながらも、話す風見楓花。どうやら、部員探しをしていて声をかけてきたようだった。
「付き合うって、風見が入部している部活に付き合う……入部するってことなんだよね?」
「そうです。私『に』付き合ってくださいって言ったじゃないですか。異性としての告白なら、私『と』って言いますよ」
まぁ、わざとですけどね。と、後に付け足しながら。
どうやら、付き合うというのは風見のわがままに付き合うということで、意中の相手に対する告白の意味ではなかったようだ。
(……は?)
言い方紛らわしすぎたのだ。付き合ってください。なんて言われたら、男子高校生なら、胸が高まりドキドキしてしまう。
世界的に見ても可愛い女の子に、そんなこと言われたら……心拍数がすごいことになってしまう。
「なんで、そんな紛らわしい言い回しをしたの……?」
問題はそこだ。普通に、部活をしませんか? と、勧誘すればいいもののどうして回りくどい言い方をしたのか、春太は気になってしまう。
「そんなの、決まってるじゃないですか」
楓花は何をおかしなことをと言いたげな動作を取る。首を少し捻りながら。
「普通に、勧誘したところで部活なんて入ってくれるわけないじゃないですか」
「……それはそうだけど」
思ったよりまともな考えの持ち主であった。風見楓花が美少女であると言うことを、差し引いたら放課後にいきなり呼び出され、部活勧誘をされ入部するなんてまずない。
だから、騙そうとしたのか……と春太は妙に納得してしまう。
「ですよね。だからもしかしたら、『風見楓花と付き合えるかもしれない』という淡い期待を抱かせた方がいいかなと」
「……お前、めちゃくちゃ性格悪いだろ」
だが、分かったことがある。楓花はまともな考えの持ち主ではない。根が腐っている。
人として大事な何かが欠落している。
「そうなんですか。他者から分析されることは、あまりないので誉め言葉として受け取っておきますね」
「誉め言葉って……。別に褒めてないからな」
「だとしても、人から分析されたらいい気分にはなりますよ。興味を持ってくれているのだと」
「そ……そうか」
「試しに、梓弓さんのことも分析してみましょうか」
「はぁ……」
話はとんとん拍子に進んでいく。春太のことを置いてけぼりにしながら……。
「まず、友達少ないですよね」
「……ッ!」
胸に矢が刺さる。
「そういえば、いつもつまらなそうにジロジロと女子を観察してますね」
「……ッ! ……そこまで言わなくても」
二本目の矢が刺さる。
「それと……「頼むから、もうやめて……」」
春太のライフポイントは限りなくゼロに近づいた。
初めて話す女子にここまでボロクソに言われるとは思いもしなかった。美少女だからって、辛辣な言葉を浴びせ続けていいと思ったら大間違いだ。
「どうですか。いい気分にはなれました?」
「なるわけないだろ……」
「そうですか、残念です。ところで、部活に入りませんか?」
「急に話を変えるな! ……流れで言っても、二つ返事でオッケーしないからな」
「残念です。……チッ」
「今、舌打ちしたよね? ねえ?」
「うるさい男は嫌われますよ。しましたけど」
「ねえ……、なんで俺にそんな辛辣なの? 泣きそうなんだけど……」
「梓弓さんの家庭では、泣くことは許可制なのでしょうか? 泣いても、構いませんけど」
風見楓花。この女とは、話が合わないと確信した。
話が合わないと言うか、成立しない。サッカーをしようと言ったのに、野球バットを振り回しながら、現れる……そんな女だ。
「……もう、いいよ。泣かないです」
「じゃあ、部活に入ってくれるんですか?」
「なんで、そうなるの!?」
受信料の請求に来る業者よりも面倒臭い。
もう部活に入るしか道は残されていない、と思ってしまっていた。
「話の流れ的にそうかと」
「流れってなんだよ! 荒波だよ! 流れが緩やかな川に大波が来た感じだよ!」
「大波? 波ではなく話の流れですが……」
「……もういいよ、忘れて。でもさ、一つだけ聞いてもいい?」
春太は、一度咳をし話を区切り質問をする。
「はい、なんでしょう?」
「……もう一度さ、部活名を言ってくれる……?」
「恋愛成就部です」
「……もう一度、聞いていい?」
「しつこいですね。恋愛成就部です」
「何が?」
「何がですか?」
埒が明かない。部活名にツッコミどころが多すぎるのだ。
恋愛成就部? つまりはどういうことなのだろうか。
風見楓花は恋をしたいのか? 恋を成就させたいのか?
何度部活名を聞いても、ノータイムで返される。
勝ち目はないように思えた。
「その、恋愛成就ってどういうこと?」
「そのままの意味ですよ。一般的には女性と男性が、恋に落ちることを指しますね」
「それは、誰が?」
「誰がってどういうことですか?」
「………………」
言葉が思いつかない。どうしたら、どうすれば会話を成り立たせることが出来るのか。
春太の頭の中は、そのことでいっぱいになっていた。
「先ほどから無言ですが、どうしましたか?」
「……ちょっと、待ってね。話を整理させてくれ」
「どの点が分からないのでしょうか?」
全部だよ! と叫びたくなるが、余計ややこしくなると春太は判断した。よって、一番気になることを聞くことにした。
「ええっと……、恋愛成就部は恋愛をする部活なの?」
「はい、そうですよ。じゃないと、そんな部活名にはしません」
「それは誰が?」
「私ですけど?」
風見楓花が恋愛。
無表情で誰とも関わろうとせずに、読書ばかりしている美少女、風見楓花が恋愛。
ここで話を整理する必要がある。
まず、恋愛成就部という部活がありそこには楓花と羽籠が所属している。そして、部員が足りずに楓花が勧誘をしてきた。部活の目的は恋をすること……風見楓花が。
どう考えても、理解に苦しむ。風見楓花が恋愛をするというのはどこから現れた情報なのだろうか。
大きな疑問は二つ。なぜ、春太を勧誘するのか、となぜ風見楓花が恋愛するということ。
(一人で恋愛しろよ! 部活にする意味あるのか……?)
風見楓花が恋愛――どころか、人に興味があるとは思えない。
誰とも、話さずに自分の席で、ずっと本を読んでいるような人間に恋愛感情などあるのだろうか。
「……風見って恋愛に興味があるのか?」
「ありますよ、大アリです」
力こぶを見せつけるような、ボディービルダーのようなポーズをする。無表情に答える彼女はふざけて見えた。
しかし、楓花は至って真剣……なはずだ。
「……好きな人とかいるのか?」
「いないですよ。それを部活で探したいと思っています」
「……恋愛って、したことあるの?」
「ないです、どんなものかも分からないです」
「……恋愛したいの?」
「はい。したいです」
……本当に風見楓花は恋愛する気があるのだろうか?
誰とも話さそうとしない少女、風見楓花。無表情で人に興味がなさそうで、人とは話さず本ばかり読んでいる。
人に興味なさそうな楓花が恋愛。
想像もつかない。恋愛どころか、確実に人にさえ興味ないだろ。普段の行動から察することも出来ない。
「そっか……」
「じゃあ、入部するってことでいいですか?」
「あぁ……もういいよ、それで」
春太は諦めていた。この場から逃げ出すことも、風見楓花とコミュニケーションを取ることも。
風見楓花は、話せば話すほど何を考えているか分からない、深い沼みたいな存在。
そんな彼女と話す気力は残っていなかった。
それに、聞きたいこともあったのだ。
「あのさ、一つだけ聞いていい?」
「? いいですよ」
「なんで、俺を勧誘したの? 他にもいくらでもいたでしょ」
そう。春太である必要はないのだ。
恋愛に詳しそうな教室内で騒いでる男集団にでも相談すればいい。
どうして、春太なのだろうか。
利用しやすそうだから? 目立たない春太に声をかける理由なんて、見当もつかない。
「それは、ですね」
楓花が口を開く。思ったよりも早く疑問は解消されることとなりそうだった。
一番の謎である春太を勧誘することとなった理由。
それが、今まさに疑問が解消されようと――。
「なんでなんでしょうね? 私にも分からないです」
伝えられたのは、あまりにも見当違いな、曖昧な解答。
「……つまりは、なんで俺に声をかけたか分からないってこと?」
「そうなりますね」
放課後に話しかけてきた美少女と、会話が成立することはなかった。
言葉のキャッチボールでホームランを連続で決めるような人間と、まともに会話が出来なかったのだ。
数々の疑問を残したまま、風見楓花が勧誘してきた部活に入部しないとならないのか……。
「まあ、羽籠さんに梓弓さんを勧誘するように言われただけですからね」
「それが答えじゃねえか!!!」
人生で一番大きな声を出したかもしれない、と春太は思った。
上空で鳴り響くは、カラスの寂しげな鳴き声。
その鳴き声が虚しさを醸し出していた。
しかし、結果として問題が増えただけ。楓花という人間が分からないだけでなく、おまけに羽籠が春太のことを勧誘するように仕向けたという、新たな疑問が生まれたのだ。
結局、この日は春太の抱いた疑問が解消されることはなかった。
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