第2話 風見楓花の接触
「ええっと……」
名前を呼ばれても春太は、この状況を理解できずにいた。
(風見楓花が俺に話しかけた……?)
状況把握どころか、何が起きているのか微塵も理解できなかった。
最近転校してきた、無口な少女、風見楓花。この少女が学園ラブコメを起こす引き金となると思い、微かに期待していた。
(その、風見楓花が俺に話しかけてきた。これって……)
(ラブコメの開幕か!?)
心拍数が自然と上がり、緊張が止まらない。気づけば汗までもかいていた。
「そういえば、話すのは初めてでしたね。風見楓花と申します。以後お見知りおきを」
そう言いながら、楓花は制服のスカートの裾をつまんで持ち上げながらお辞儀をする。まるで、お嬢様の挨拶みたいだった。
「……俺に何か用?」
動揺していないように、平然を装って返答する。ここで人見知りを発揮してしまうと、ラブコメは始まらない。ラブコメの主人公は、人見知りではないのだ。
(なんか……妙に視線を感じる)
気づけば、教室内では妙なざわめきが起き始めていた。
転校して早々、クラスの大半から距離を取られた超絶美少女――風見楓花と、そこまで目立ってない男子、梓弓春太が教室内で話しているからだろうか。
……しかも、HRが始まる直前に。
全員席に座るし、立ち上がることは素行が悪い生徒でもそこまでしない。
しかし、風見楓花は席を立っている。春太に話しかけるために。
確かに誰もが、気にはなってしまう組み合わせだ。
だが、大半の人間は春太に興味はないだろう。
興味があるのは、人形のような整った顔立ちに青髪の少女、風見楓花だ。
陰気な人間、春太に興味を抱くことはない。
ただ、嫉妬とか羨望の意味での興味はあると思う。
風見楓花が、自発的に人を話しかけている姿などなかなか拝めない。
誰かに話しかけたことさえ初めてな気がする。
そして、そのまま言葉を紡ぐ。この一言が、教室中を騒がせる一因となる言葉であった――。
「お話があるのですが、放課後よろしいですか?」
放課後に話があると、楓花は春太にそう言った。
女子が男子に用事。それも放課後。
重大な要件……あるいは、何か春太の力を借りないと解決できないことが起きたか。
しかし、春太に思い当たる節はない。自然と動揺してしまう。
「……は、話? 俺に?」
「はい。あなた以外に誰がいるのでしょうか?」
表情一つ変えずに、楓花は首を傾ける。
風見楓花から呼び出し。
これは何を意味するのか。
風見楓花と話すのはこれが初めてで何か共通の話題があったわけではない。
「ええ! 風見さんが告白!?」
「放課後に話があるって告白だろ!」
「転校早々、手を出すのが早いねぇ!」
楓花の言葉を合図に教室は喧騒に包まれる。
あるものは叫び、あるものは黄色い悲鳴を上げ、あるものは声を上げ……誰もが声を出し騒ぎ始めていた。
笛の音でも聞こえてきそうな盛り上がりを見せた教室内は活気に溢れている。しばらくしたら、誰かが赤飯でも炊き始めそうな勢いくらいに。
(告白…………?)
(告白って、思いを伝えて言われた側が了承したら交際が始まるあの告白?)
(俺が風見楓花に告白される?)
(――ないだろ)
春太は一瞬期待したが、そんなことはあるはずない。
風見楓花と話すのはこれが初めてだ。初めて話す人間に告白するなど、まずありえない。
しかし、春太の動揺など気づきもせずに楓花は「では、放課後に」と言うと、自分の席へ戻っていく。
春太の了承も待たずに……。
何の用事だろうか。面倒ごとじゃなければいいけど。
……しかし、教室はまだ騒がしい。ボルテージを下げることを知らないようだ。それどころか、さらに盛り上がるのみ。
鬱陶しい。ただ、風見楓花が話しかけただけなのに。
「なあ。風見の告白さ。見に行かね?」
その時、一人の男子が声を上げた。
香織の元に群がっていた内の一人。おそらく、彼がスクールカースト上位に君臨する男子。こんな非人道的な提案、普通ならできない。
「えー、いいじゃんいいじゃん。気になる~」
「いいね! 行こうよ~。香織も行く?」
教室内にいた人間たちが次々に賛同の声を上げる。
彼らは、同調に同調を重ねていた。放課後に、俺と風見楓花の後をついてきそうな勢いであった。まるで、大名行列のように。いや、これじゃ百鬼夜行だ。
……おしまいだ。
明らかに告白じゃないのに。どうして、彼らはついてくるのか。
このまま、春太と楓花の放課後を覗いたって、虚無になるだけだ。
この、騒がしい集団をどうしたらいいんだ……。ついてくるなと言いたいのに、声は出ない。
……言えない。足も手も喉も震えているのが分かる。心臓はバクバクと音を上げていた。
どうか、放課後にならないで。誰か助けて。そんな言葉が漏れそうになった瞬間――。
一人の少女が声を上げた。
「え~? それ、めっっちゃ性格悪くない? 人の告白を覗き見するの?」
誰の声かはすぐ分かった。
後ろの席にいた女子。羽籠鎖奈恵の声だった。
席を立つなり、普段話しているリア充グループに牙を向けた。
――突如、春太に救いの手を差し伸べたのだ。
「でも、気になるじゃんか!」
負けじと、すぐに男が声を上げる。まるでカウンターパンチのように。
「気になるけどさー。あんた、香織に告白したのを見られてたら……嫌じゃない?」
「なななな……なんで、それ知ってんだよ! 羽籠!」
「え~、秘密だよ~? 結果も言っちゃおうかな~」
「おい、まじでやめろって! 頼むから!」
リア充グループは、羽籠鎖奈恵の一言で内乱を起こした。
「あんた香織に告ったの?」「振られた? 振られた?」と、話題はすぐに変わる。
春太が戸惑い、どうすればいいか悩んでいると、羽籠と目が合う。
羽籠は目が合ったことに気づくと、黙ってウインク。
……助けてくれた?
この日だけは苦手だと思っていた羽籠に感謝することになった。
そのあと、すぐに担任が教室に入ってきてHR始まった。
結局、この日は授業に全く集中できず、上の空だった――。
※
その日の放課後。
ホームルームが終わってすぐのこと。
風見楓花は宣言通り、春太の席までやってきた。
「じゃあ、行きましょうか」
教室内は、今朝と同じようにざわつき始める。いくら羽籠が牽制したと言っても、興味を抱く人間は抱くのは仕方なく思えた。
「……あ、あぁ」
適当な返事をし、立ち上がる。ここまで来ると、後戻りはできない。
楓花は、迷わず進んでいく。学校指定の鞄を両手でぶら下げるように持ちながら、小さな歩幅で、適度な速度で進んでいった。
それを後から追いかける。……見慣れた後姿だ。
教室内で、気づけば視界に入る風見楓花の後姿。歩いているのもあり、青髪が風に揺らされているように揺れているのが分かる。それだけでも、心拍数は上がっていく。
(……もしかしたら、風見楓花に告白とかされたりするのかな)
その淡い期待が現実になるとは、この時思いもしていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます