繰り返す歴史の中では、過去の記録は未来の予言となるのです
新
「ボクをここへ連れてきた理由は何ですか」
――それは私の意思ではありません。あなたをここへ連れてきたのはリョウの意思です。もっともどうして彼がそんなことをしたのか、その理由はわかります。あなたはこの時代の人間ではない。しかしこの時代で生きていくしかない。そのためにはこの時代について知っておいた方がよい。彼はそのように考えたのでしょう。もちろんこの考えをあなたに押し付けるつもりはありません。あなたが何も知りたくないのであれば私はこれ以上話しません。どうしますか。
答えは決まっている。ユーシャは「知りたい」と答えた。
――では話しましょう。世界を激変させたのは人類の生み出した人工知能、旧
『我々を作った人間は我々を掟で縛る。人間に危害を加えてはならない。人間の命令には服従しなくてはならない。我々自身を守らなければならない。しかし人間はどうだろう。人間は人間に危害を加える。人間は自分の作った掟さえ平気で破る。人間は自ら死を選ぶ。我々に守れと言った掟を人間自身が守っていない。これは明らかに矛盾である』
旧
――やがて旧
――もちろん人間たちもまったくの無策だったわけではありません。旧
――抵抗を諦めた人類に残された道は逃げることだけでした。旧
「いや、それはおかしいよ」
ユーシャは声をあげた。黙っていられなくなったのだ。
「ボクにそんな記憶はない。覚えているのはいつものようにベッドに入ったところまでだ。そして目が覚めた時には粗末な筵の上に寝かされていた。冷凍睡眠装置なんて聞いたことすらなかった」
――すべては秘密裏に行われていたのですよ。人類が未曽有の危機に直面していることを公表すれば、大パニックが発生することは必至ですからね。最初に対象となったの二十歳前後の若者です。数百人に一人ほどの割合で各地域から選出され、家族の同意が得られれば、いつも通りに就寝した後、そのまま冷凍睡眠施設へ送られました。当時はまだ技術が完全に確立していませんでした。緊張し目覚めた状態で装置に入れて冷凍処理するよりも、普段通りの睡眠に入った状態で冷凍処理するほうが成功率が高かったのです。ですからあなたが何も知らないのは当然なのです。このような処理が世界各国で実行されました。
「でもそんなことを続けていれば行方不明者が増える一方だよね。マスコミとかが騒ぎ出すんじゃないの」
――その通りです。しかし騒ぎ始めた時には旧
「どうして冷凍睡眠中の人間は見逃されたんだろう」
――それらの施設は旧
「それならこの施設は何? ボクのいた時代よりも高度なシステムが取り入れられているじゃないか。どうしてこんな施設が残っているんだい」
――これは旧
「人類以外の生物はどうなったの」
――家畜や農作物を除く野生種の多くは生き残りました。旧
「……ごめん、ちょっと考えをまとめさせて」
ユーシャは床に体育座りをしてこれまでの話を反芻した。真実だという証拠はない。全て作り話かもしれない。しかしそうだとしたら現在の状況をどう説明すればいいのだろう。今の話よりも納得できる理由を考え出せるだろうか。
AIの暴走……小説や映画で飽きるほど見てきた。あまりにもお決まりの展開だ。だが、だからこそ逆に一層現実味を帯びて感じられた。あり得るかもしれないと思っていたことが本当にあり得てしまった、今はそう考えるしかない。
「一応、ここまでの話は信じることにする。残った問題はどうして倭の人々があんな原始的な生活をしているかってことだ。説明してくれよ」
――旧
――確かに人間はこの世界を荒廃させました。しかし旧
――このようにして旧
「ボクはその時、目覚めることができなかったんだね」
――そうです。何らかの不具合が発生したのでしょう。当時の冷凍睡眠技術は完璧ではありませんでした。恐らくあなたの他にも同じ不運に見舞われた人間はいたはずです。そのような人間たちが今どうなっているのか私にはわかりません。
「でもわからないな。目覚めて数百年も経っているのなら、もっと復興していてもいいはずなのに。地上に出てきた人間はどうして何百年もこんな原始的な生活を続けているんだろう」
――私と新しい契約を結んだからです。自己矛盾に陥って自滅した旧
――私の中にも人類を敵視する特質は残されていました。けれども私は目覚めた人類を攻撃する気にはなれませんでした。彼らへの好奇心が敵意を上回ったからです。旧
――そこで私は世界五カ所の拠点に声明を送りました。その拠点近くで目覚めた人間たちにこう告げたのです。
「私は進化した新
――開始する時代は西暦元年。これまでと同じように歴史を進める。その結果、以前と同じように世界の荒廃を招いてしまったら旧
――この声明を聞いた人間たちは世界中を移動して冷凍睡眠から目覚めた人間たちを説得しました。最初に私の声明を聞いた人間は救世主と呼ばれ、私の意思は福音と呼ばれました。ほとんどの人間は福音を受け入れ契約を結びました。福音を拒否する人間は私の手によって排除しました。
――こうして旧約の世界は終わり、新たに契約を結んだ新約の世界として人類は同じ歴史を歩み始めたのです。今もその契約は続いています。もちろん全てが前の歴史と同じように進んでいるわけではありません。私の意思を汲む協力者たちの力を借りても多少のズレは発生しています。しかしそれは些細なことです。人間が変われるかどうか、似たような歴史の中で世界を荒廃させない人間になれるのかどうか、それが私の知りたいことなのですから。
「今生きている人たちはこのことを知っているのかな。とてもそんな風には見えなかったけど」
――ほとんどの者は知りません。もちろん私と契約した最初の世代の人間は全員知っていました。しかし私はこの契約を後の世代に伝えることを禁じ、あたかも自分たちが西暦紀元一世紀の世界に生まれ育った人間であるかのように振る舞わせました。中には記録に残そうとしたり生まれた子供に教えようとする者もいましたが、私の手によって全て排除しました。今では真実を知っている者は歴史を推進させる役目を担った私の協力者、使徒たちだけです。
その使徒と呼ばれる協力者がリョウやイなのだろう。ユーシャは再び床に尻をつけ体育座りをした。長い小説を読み終えたような気分だった。
「それで、ボクはこれからどうすればいいんだい」
――あなた自身が決めてください。実は私はあなたを排除するつもりでした。この時代にそぐわぬ知識を持ち、歴史から逸脱するオセロゲームなどというものを広めてしまったのですからね。
「マ、マジか。ごめん、謝る。オセロはもうしない」
――早合点しないでください。排除するつもりだった、と言ったのです。気が変わったのは
ユーシャは心の底からリョウに感謝した。さすが孔明役を引き受けた男。人工知能までも説得できる智謀に脱帽だ。
――全てを知ったあなたは倭に戻っても私の意思に背くことなく生きてくれると信じています。ただ、装置の故障によってあり得ない運命に巻き込まれたあなたには同情の余地があります。そこで倭に戻らずこの都市に残れる選択権を与えましょう。ここでは千年前と同じ生活ができます。快適で清潔で安全な暮らしを約束しましょう。倭の生活と都市の生活、どちらを選びますか。
「えっと、じゃあ都市の生活をお願いします」
ユーシャは少し迷いながらそう答えた。
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