最終話 歴史を繰り返す

メランコリック・ユーシャ

 王宮やかた前広場では秋祭りの準備が始まっていた。今年の収穫を祝い、神に感謝を捧げるこの祭りは一年のうちで最も賑やかな祭礼だ。そして今年は例年にも増して活気に満ちている。十数年ぶりに餅の振る舞いが決定されたからだ。


「今年はめでたい出来事ばかりだ。巫女が誕生しただけでなく親魏倭王の称号までいただき、長年の宿敵であったクナ国との和解も果たせた。この喜びを皆と分かち合うために、王宮の者たちだけでなくヤマトの民にも餅を振る舞おうと思う」


 発案は元大王おおきみだ。異論は唱える者は一人もいなかった。それほどに今年のめでたさは際立っていた。


「なんだユーシャ、まだいたのか。おまえがいると餅の取り分が減る。早く元の世界へ帰れ。帰る時にはおまえの宝物を全部くれ。忘れるなよ」


 最近ユーシャに対するヒメミコの風当たりは、以前にも増して厳しくなったような気がする。そしてそんな言葉を聞くたびにユーシャは後悔する。ヒミヒコがオセロ勝負を受けて立ったあの日から、ユーシャはこんなことを皆に吹聴して回っていたのだ。


「オセロ勝負は大和ヤマトを、そして世界を救うクエストだからね。ボクが日御彦ヒミヒコを打ち負かしてクエストをクリアすれば、そのご褒美としてボクは元の世界へ帰してもらえるのさ。みんな、その時には笑顔でボクを見送ってくれよ」


 そしてユーシャは見事にヒミヒコを打ち負かした。後は元の世界へ戻してもらうだけだ。

 しかし勝負が決着してから今日で五日も経とうというのに、ユーシャは相変わらず王宮に居座り続けている。ヒメミコだけでなく他の者たちからの風当たりも日毎にきつくなってきた。


「ユーシャ殿、帰国の日取りはまだ決まらぬのかな。年が明けぬうちに帰られたほうがよいと思うぞ。日取りが決まったらすぐ知らせてくれ」

 と元大王。


「今日も帰らないのであれば、米を搗いていただけると嬉しいです。帰る日がわかったら必ず教えてくださいね」

 とイヨ。


「何ゴロゴロしてんだい。掃除の邪魔だから外へ行きな。ついでに元の世界へ早く帰りな。だからって挨拶もしないで黙って帰るんじゃないよ」

 とババ。


「クエストをクリアしたら元の世界に戻れるなんて、あんなこと言うんじゃなかったな」

 と自分に愚痴るユーシャ。


 さらにつらかったのはオセロの人気が下火になってきたことだ。人は飽きっぽい生き物、そして流行は必ず廃れるものだ。

 最近のヒメミコはまた散歩に出掛けたり、イヨから教えてもらった別の遊びを楽しんだりしている。王宮でも集落でも人々がオセロに興じる姿はあまり見られなくなった。ユーシャは自分の存在意義を失くしてしまったような気がした。


「ああ、そうさ。魔王を倒してクエストをクリアした勇者ほど孤独なものはないよ。もう用無しなんだからね」


 ユーシャは横穴の近くで過ごすことが多くなった、眠っている自分が見つかったという国境くにざかいの横穴。今はクナ国にもヤマト国にも属さない中立地帯となり両国の民が自由に行き来している。ここにいれば元の世界へ帰れるのではないか、それが今のユーシャに残されたたった一つの希望だった。


「ボクの召喚主よ、見ているか、聞こえているか。ボクはクエストをクリアした。さあ、ご褒美を与えてくれ。ボクを元の世界へ戻してくれ」


 これまで幾度となく叫んできた請願の言葉は、何の奇跡も起こさないまま木々の騒めきの中へ消えていった。今日も無駄足だったようだ。風が冷たい。間もなく日暮れがやってくるのだろう。


「孔明が言っていたように。ボクは本当に戻れないのかな。このままこの世界で生き続けなきゃいけないのかな……クシュン。うう、冷えてきたな。そろそろ王宮に戻るか」


 ユーシャは肩を落として茂みの中を歩き始めた。その後ろ姿が見えなくなると、樹木の陰から二つの人影が現れた。リョウとイだ。


「これは重症ね。どうするのよ孔明ちゃん。このまま放っておくつもり」

「さすがに胸が痛みますね。とにかく横穴に入ってみましょう」


 リョウは携帯照明灯を点灯させてイと共に横穴へ入った。奥の岩壁の窪みに勾玉型情報端末をセットする。何も起こらない。


「駄目ですね。この御社おやしろの発電機能は完全に停止しているようです。かろうじて作動していた蓄電池も、勇者ユーシャ発見の一件で大部分の電力を消費してしまったのでしょう」

「これを持って来てよかったわ」


 イは革袋から小型電力供給機を取り出し岩壁の差込口に接続した。上部に星のような明かりが灯る。それを確認したリョウが端末を操作すると静かに扉が開いた。


「行きましょう」


 二人は中へ入った。壁の松明型照明は点灯しない。灯せるだけの電力が残されていないのだ。暗闇の中、リョウの携帯照明灯の明かりだけを頼りに長い階段を降りる。行き止まりの岩壁を先ほどと同じように開け、ユーシャが見つかった半永久睡眠室へ入った。


「ここも完全に機能を停止していますね。勇者ユーシャのデータが残っているといいのですが」

「案ずるより産むが易しよ。メイン装置を動かしてみましょう」


 室内の片隅に置かれた大型制御装置は完全に沈黙している。リョウとイは慎重に装置を点検しながら、勾玉型情報端末と小型電力供給機を接続した。制御盤に光が灯った。リョウが入力端末を操作する。


「どう?」

「サーチ中です……ああ、出ました、これですね。NAME:CATO=YUCA。AGE:16。しかし一部のメモリーは損傷しているようです。取り敢えず残っているデータを取り込みましょう」


 リョウの接続した情報端末がチカチカと点灯する。作業はすぐ終了した。情報端末と電力供給装置を外すと室内は元の暗闇に戻った。


「出ましょう。これでもうここに用はありません」


 二人は再び暗い階段を上る。とにかくやれるだけのことはやった。後はこのデータを大陸の中央機関に送り判断を仰ぐだけだ。


「ねえ孔明ちゃん。どうしてこの御社は突然動き出しのかしら。ずっと沈黙していたのに」

「推測ですが、この近くで使った白羽の矢が原因だと思います。ヒメミコの首飾りから発生した微弱電波を御社が感知し、停止していた回路に何らかの信号となって伝わったのでしょう。幸運なことに蓄電池は機能を再起動させるだけの電力をギリギリ残していました。もしあと一年遅かったら電力を使い果し、YUCAが目覚めることは二度となかったと思います」

「そう、それは確かに幸運だったわね。でも今のYUCAちゃんを見ていると本当に幸運だったのか疑問に思っちゃうわ。あのまま眠り続けていたほうがあの娘にとっては幸せだったんじゃないのかなっ、てね」


 リョウは返事をしなかった。それから二人は無言で階段を上り、扉の外に出た。静かに閉じる扉。この扉が開くことは二度とないだろう。


「私はこのデータを持っていったん大陸へ戻ります。仲達はどうしますか」

「あたしも行こうかしら。日御彦ヒミヒコったら最近すっかりおとなしくなっちゃってつまんないし」

「では三人旅ということになりますね」


 イは小首を傾げた。自分とリョウの他に誰を連れて行くつもりなのだろう……まさか、


「孔明ちゃん、本気なの。それってヤバくない」

「ヤバいかもしれませんね。でもそうしたいのです。YUCAを大陸へ連れて行き、この世界の真実を全て教えてあげたいのです。今の彼女に生きる希望を与えるにはそれしかありません。そう思いませんか、仲達」

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