死闘! 最終決戦三局勝負

 ヒメミコが住んでいた集落はかつてないほどの人々で沸き返っていた。集落の中央に置かれているのは巨大なオセロ盤。それを取り巻くように設置された階段状の物見台は、すでにヤマトの民、クナの民で溢れんばかりに埋め尽くされている。


「こ、これはさすがのボクも緊張するなあ、あは、あはは」

「ユーシャ、負けたらムチ打ちの刑だからな」


 ヒメミコの情け容赦ない激励を受けて、ユーシャの緊張は否が応にも高くなる。イがオセロ勝負を言い出してからの十日間はあっという間に過ぎてしまった。


 * * *


「そのような案、受け入れられません」


 十日前、イのオセロ勝負案に対して真っ先に異を唱えたのはゴシだった。


「オセロはヤマト国の助っ人であるユーシャ殿が考案されたもの。いわばヤマト国のお家芸です。始める前から結果はわかっております」

「あら、ばれちゃった。そうよね、オセロで勇者ユーシャちゃんに勝てる人なんているわけないわよね」


 まったく悪びれる様子のないイ。元々イはヒミヒコに親呉倭王の称号を与える気などさらさらないのだ。そんな史実は存在しないのだから。ただ単に彼をからかって遊んでいるだけなのである。


「それなら置き石をしましょう。狗奴クナ国側には盤の右上隅と左下隅に最初から自分の石を置いておくの。隅を二つ抑えた状態で始めればかなり有利でしょ。どう?」

「うっ、いや、しかし……」


 ゴシは迷った。二隅が確定していれば優勢に進められるのは間違いない。しかしユーシャの実力は未知数。これだけの差があってもひっくり返されないとも限らない。さらに有利な条件を付加できないだろうか、ゴシは懸命に考えを巡らせた。


「嫌ならいいのよ。詔書はどちらにもあげずに呉へ帰っちゃうから」

「えっ、いや、しばらくお待ちくだされ」


 イが急かす。ゴシは考え続ける。ヒミヒコの短気が爆発する。


「ゴシ、何をためらっている。こうまで言われて勝負を受けねば末代までの恥だ。イ殿、オセロ勝負受けて立とう。ヤマト側もそれでいいな」

「もちろんです」


 言うまでもなくリョウに異論はない。

 こうして親呉倭王の称号を賭けたオセロ勝負開催が決定された。ヤマト国の代表は問答無用でユーシャである。


「えっと、孔明さん。もしボクが負けたらどうなるのかな」

「親呉倭王の称号は日御彦ヒミヒコの手に渡ります。そうなれば倭の国々の中には狗奴クナ国へ同調する大王おおきみが多数現れるでしょう。武力で倭をまとめたいと考える大王は日御彦ヒミヒコだけではないのですからね」

「ふんふんなるほど。でこの大和ヤマト国はどうなるんだい」

「そうなれば日御彦ヒミヒコを旗頭に掲げた連合国との全面対決は避けられません。倭は戦乱の世に戻り、多くの民が命を落とし、田畑は荒らされ、国土は荒廃することでしょう」

「そ、それは大変だね」

「そうです。ですから必ず勝ってください。負ければあなたの命すら保証できなくなります」


 ユーシャは震えた。これほどの重荷を背負わされたのは初めてだ。だが、それが逆にユーショの心に希望を抱かせた。


「これこそ勇者に相応しいクエストじゃないか。そうだ間違いない。このクエストをクリアできればボクは元の世界に戻れるんだ」


 秋風が冷たくなるとともにユーシャの望郷の念は強くなっていった。今のユーシャは昔の生活を懐かしむ気持ちでいっぱいだった。他愛もない友人とのお喋り、退屈な授業、口うるさい母親、ほっとする自室のベッド……二度とそんな日々には戻れないかもしれない、そんな諦めを抱き始めた時に舞い込んだこのクエストは、ユーシャにとって唯一の希望となった。


「よし、ボクは必ず勝つ!」


 それからは死に物狂いでオセロを研究した。これまで二子局でプレイした経験はない。ユーシャにとってかなり不利な条件であることは間違いなかった。


「よければお相手しましょうか」


 リョウは毎日付き合ってくれた。強かった。ユーシャが元の世界で対戦した相手と引けを取らぬ強さだった。そのリョウに二子局でようやく勝てるようになったのが勝負の前日。まだ不安は残るが後は運を天に任せて臨むしかない。


「それじゃ、今から親呉倭王の称号を賭けた狗奴クナ国と大和ヤマト国の一騎打ちを開催するわね。三本勝負で先に二勝したほうにこの詔書をあげちゃうわよん。二人とも頑張ってね」


 イの開催宣言を聞いて、集まった両国の民は歓声を上げた。どよめきが集落全体を揺り動かす。

 ヒミヒコとユーシャは北と南に設置された物見櫓に登った。ここから盤全体を見下ろして石に指示を出すのだ。

 石は人が務める。腹に白板、背中に黒板を括りつけた男六四人が指示に従って盤の上を移動し、腹ばいになったりうつ伏せになったりして対局は進行していくのだ。


「ユーシャ、勝てよおー!」


 ヒメミコは散歩の時と同じ装束でババやイヨと共に王宮専用物見台で観戦していた。どうしても見たいというので仕方なくヒミに変装させたのだ。一応四方と天井に幕を張った壇を持ち込んでいるが中は空である。


「先手は白番の勇者ユーシャちゃんよ。では対局始め」


 第一局は昼前に始まった。実力通りならたとえ二子局でもユーシャの勝利はほぼ確実だ。ヒミヒコも十日間、寝る間を惜しんでオセロに励んだが所詮は付け焼刃、オセロ歴十年を超えるユーシャの敵ではないはずだった。が、


「ちょっとお、勇者ユーシャちゃんってホントに名人なの。失着が多すぎない」


 イが愚痴りたくなるくらいユーシャの旗色は悪かった。何を隠そうユーシャは高所恐怖症なのだ。物見櫓からオセロ盤を見下ろしただけで恐怖とめまいに襲われ正常な思考ができなくなっていたのである。結局最初の勝負は僅差でヒミヒコの勝利となった。


「ユーシャ、尻を出せ。ぶん殴ってやる」


 物見櫓からフラフラになって降りてきたユーシャの尻にヒメミコ怒りの蹴りが入る。殴ると言いながら蹴とばすのだから呆れ果てる暴力幼女だ。居た堪れなくなった元大王がヒメミコを諫める。


「これヒミ、如何に負けたとて力を尽くして戦った者にそのような振る舞いは無礼であろう。ささ、ユーシャ殿、少し休まれよ」

「すまない。相手を舐めすぎた。そろそろ右目の封印を解く時が来たようだな。次は勝つよ」


 こんな時でも中二病魂を忘れないユーシャである。


 昼の休憩中にリュウが高所恐怖症対策を講じてくれた。物見櫓に普段使用しているオセロ盤を持ち込み、ユーシャはそれを見て対局を進めるのだ。恐怖は見下ろすから発生する。見下ろさなければ怖くもなんともないのだ。これは功を奏した。二局目はユーシャの圧勝だった。


「ふっ、右目の封印を解くまでもなかったな」

「ユーシャ、どうして最初から本気でやらないんだ。そんな怠け者はこうしてやる」


 気分上々で物見櫓から降りてきたユーシャの尻にヒメミコ叱咤の蹴りが入る。勝っても負けても蹴とばすのだから末恐ろしい暴力幼女だ。見ていられなくなったイヨがヒメミコを諫める。


「ヒミちゃん、ユーシャ様は私たちヤマトの民のために戦っているのです。感謝こそすれ、お尻を蹴とばすようなことは慎まなくては」

「おお、壱与イヨ。麗しき大和ヤマトの乙女。君の美しさが勝利の魔法をボクにかけてくれたよ。数千年の時を越えてここへ来たのは、きっと君に会うためだったんだね。次の勝利は君に捧げるよ」


 勝っても負けても中二病魂を忘れないユーシャである。


 このままいけば次もユーシャの勝ちは確実だった。しかしここでゴシが異議を申し立てた。物見櫓に何かを持ち込むのは反則だと言うのだ。


「この対戦は徒手空拳にて行うもの。武器などを使ってはならないはず。しかしその盤は明らかに武器。これでは不公平と言えましょう」


 とんでもない言い掛かりだが、ゴシもヒミヒコもそして物見台のクナ国の民も不平の声を上げ続けている。場を収めるためにオセロ盤の持ち込みは諦めざるを得なかった。


「ヒミヒコ様、これで条件は一局目と同じになりました。次は必ず勝てます」

「うむ。我が覇道は成就したも同然だ」


 一方、ユーシャは気が気でない。次に負ければ倭が戦乱の世に逆戻りするだけでなく、自分が元の世界へ帰る希望も潰えるのだ。気合いを入れて臨むしかない。


「は~い、三局目、始めてちょうだい」


 両者は慎重だった。一手に一手にこれまでの倍の時間をかけて熟考した。そしてやはりユーシャの失着は多かった。序盤も中盤もヒミヒコ優勢で対局は進んだ。


「やだ、これまずいわよ。このままじゃ日御彦ヒミヒコが勝っちゃうじゃない。ねえ孔明ちゃんどうしたらいいと思う」

「知りません。身から出た錆です。自分で解決してください」


 対局は終盤へ差し掛かった。この勝負、ヒミヒコの勝ちだ、誰もがそう思い始めていた。

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