再会した二人は戦いを再開する
ヒメミコが住んでいた集落はかつてないほど物々しい雰囲気に包まれていた。
防護柵は幾重にも張り巡らされ、武具を装備した兵士があちこちに立っている。集落の中央には四方に幕を張られた壇が置かれ、その前には表を絹布で覆った
「参られたようですね。皆さん、あまり気を張らずに普段通りにしていてください」
居並ぶ王宮の面々に向かってリョウは声を掛けた。普段と変わらぬ貫禄の元
(呉からの使者、果たしてどのような者なのか)
リョウの元にクナ国からの要請が届いたのは二日前だ。親呉倭王に相応しい大王を判定するため、ヒミヒコらと共に呉の使者がヤマト国へ向かう。用意を整えておいて欲しい。そのようなことが書かれていた。
「ヒミヒコめ、我らに対抗するために呉の威を借りようとしているのか。これはいっぱい食わされたな、リョウ殿」
「いえ、
「ふむ、わしにはよくわからぬが、とにかく早急に呉の使者を迎える準備をせねばな」
話し合いの結果、王宮ではなく
「えっ、あたしも行くの」
「そうです。呉の使者はどちらの大王が倭王に相応しいかを確かめに来るのですから」
気乗りしないがヒメミコを連れ出さないわけにはいかなかった。今回は桃巫女に幕を持たせるのではなく、四方と天井を幕で覆った壇を用意し、そこにヒメミコを乗せて集落まで運んだ。呉の使者以外の者の目には触れさせないつもりだ。
「お着きになりました」
クナ国の一行が集落の中に入ってきた。リョウたちは絹筵から立ち上がり、礼をして出迎える。
「ようこそお出でくださいました。私は
「やだ~、
いきなり黄色い声が周囲に響き渡った。ヒミヒコとゴシと警備兵の背後から女物の装束を身に着けた髭だらけの中年男が飛び出してきた。リョウの目が点になる。
「これは驚きました。仲達ではありませんか。丞相は一年ほど休暇を取ったと洛陽で聞かされましたが、まさかあなたが呉の使者なのですか」
「そうよ~。どうしても倭に来たくて呉の使者の役を買って出たの。それよりあんたこそどうしてここにいるのよ。五丈ヶ原で命を落としたことになっているのに」
「あなたと同じですよ。倭に興味があったのです。人も土地も穏やかで良き国ですね」
二人の会話を聞いていたユーシャが目を輝かせた。
「えっ、仲達と孔明。じゃあ
ユーシャは三国志が大好きだ。元の世界にいた時はアプリをダウンロードして授業の合間も楽しんでいた。
「失礼、二人は顔見知りなのでしょうか」
ゴシが尋ねるとイはリョウの肩を組んだ。
「顔見知りなんてもんじゃないわよ。好敵手、かしらね。もちろん勝ったのはあ・た・し」
「偽の木像を見て慌てて撤退したのはどこのどなたでしたかな」
「あら、そんなことがあったかしら。なら引き分けでいいわよ」
「イ殿、無駄口はそれくらいにして本題に取り掛かってくれないか」
短気なヒミヒコが口を挟んできた。イは肩をすくめるとリョウから離れ礼をした。
「あたしは呉の使者
「どうぞ。存分に観察してください。
「あら、どうして幕なんかで隠しているのよ」
「
「面倒な掟ね。まあいいわ。で、
「楊貴妃は唐代の女性なのでこの時代のあなたが知っているのはおかしいでしょう。どんな女性かはご自分の目で確かめてください」
イは顔をにやつかせながら幕に近づいた。幕を開けた時にできる隙間からヒメミコの姿が見えないようにイヨとババが壇の近くに立って目隠しをする。イはゆっくりと幕を開けた。
「
イは凍り付いたように動かなくなった。幕の中にはもうすぐ七才になる目付きの悪い幼女がこちらを睨んで座っていた。いや、まさか、うそでしょ、何の冗談?……そんな言葉がイの頭の中でぐるぐると渦巻く。
「いつまで見ておる。もういいじゃろ」
ババは強引にイを外に出し幕を閉じた。リョウがイの肩に手を置く。
「いかがでしたか。我らが
「はっ!」
我に返ったイはリョウの手を取って木陰に引っ張っていった。なお、これからの会話は大陸の言葉で話されたため、他の人々には理解不能である。
『孔明、あんたどうしてあんな幼女を大王にしたのよ』
『幼女ならば扱いやすいと思ったのですよ。史実でも正確な年齢は不明なのですから不都合はないはずです。それよりも仲達、あなたこそどうして呉の使者なのですか。史実には親呉倭王なんてないでしょう』
『
『やはり物見遊山でしたか。困ったものですね』
『あんたはどうなのよ。蜀の丞相として病没したのに、今は魏から
『私はすでにお役御免の身ですからね。別の役を引き受けたところで何の支障もないでしょう。しかしあなたは現役の魏の丞相。それが呉の使者の役も引き受けるとはイレギュラーすぎます。もう少し慎んでください』
『なによ、あたしをイレギュラーって言うのならあの
『それについては弁解のしようもありません。あまり早く帰国すると不自然なので大陸でのんびりしていたのですが、まさかこんな事態が発生してしまうとは予想外でした。けれどもオセロは全てを平和に解決できる有力な方法かもしれないのですよ。ちょっと話を聞いてください。それから仲達、大陸の言葉なのにどうして女言葉なのですか。気持ち悪いですよ』
『うるさいわね。この喋り方が癖になってしまって治らないのよ。それよりも早くその有力な方法を教えなさい』
リョウは話を始めた。ふんふんと頷くイ。その顔が次第ににやけてくる。やがて二人は木陰を離れ、皆の待つ絹筵の前に並んで立った。イが両手を口に当てて叫ぶ。
「は~い、みんな聞いて。結果を発表するわよ~」
「おお、もう結論が出たか。倭王に相応しいのはどちらだ」
気色ばむヒミヒコ。次のイの一言で自分の運命が決まるのだ。神にも祈る気持ちでイの言葉を待った。
「残念ながら二人とも不合格。親呉倭王の称号はどちらにも差し上げられないわ。ご愁傷様」
「馬鹿な。そんな結果があるか」
殺気立つヒミヒコ。ここまで話を引っ張っておいて何もしなかったのと同じ結果になったのだから頭にきて当然だ。
「認められぬ。イ殿、どちらかに決めてくれ。それが嫌だと言うのなら」
ヒミヒコは剣の柄に手をかけた。ゴシが慌ててその手を抑える。
「おお、怖い怖い。そう言うと思ったから別の案も用意してあるのよ」
「なんだ。それならそうと早く言え」
ヒミヒコの手が柄から離れた。額の汗を拭うゴシ。
「大王では勝負がつかなかったので、国同士で争って決めてもらおうと思うの。
「なんと、戦で勝ち負けを決めよと申すか。ははは、この勝負もらった。今のクナ国がヤマト国に負けるはずがない。わははは」
高笑いするヒミヒコ。イが人差し指を立てて左右に振る。何を意味しているのかはわからない。
「チッチッチッ。早合点はよくないわよ。誰も戦をしろなんて言ってないでしょう。勝ち負けはオセロで決めてもらうわ」
「オセロだと!」
「そうよ。
ヒミヒコもゴシもそしてそこに居並ぶヤマト国の面々もイの言葉を聞いて驚かずにはいられなかった。しかし一番驚いたのは何と言ってもユーシャだ。
「こ、これは、ついにボクの活躍の場がやってきたってことじゃないのかい!」
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