第五話 激突! ヤマト国VSクナ国
リョウの帰還
稲の収穫もすっかり終わり、王宮も各集落も次第に落ち着きを取り戻してきた小春日和の昼下がり、ヒメミコ、イヨ、ユーシャの三人は道端に倒れた木の幹に腰掛けて鮎の塩焼きを食べていた。
「美味しいっ!」
「この香ばしさは焼きたてならではですね。子持ち鮎は丸干しにしても美味しいのですよ」
「これはエリクサーに匹敵するアイテムだな。たちどころに体力が回復したぞ」
三人が王宮を出て道端で鮎を食べているのには理由がある。ババに言われたのだ。
オセロが流行り出した当初は、
「ヒメミコがオセロに夢中になっておれば散歩に行かず小遣いの無心はない。王宮を走り回って女官の邪魔をすることもない。良いことだらけじゃ」
とババはご満悦だった。
しかし何日経っても
「子は日の光を浴びねば健やかに育たぬ。たまには散歩に行け」
「えー、オセロやりたい」
「オセロの道具を持って行け。外でやればよい」
「でもおー……」
「小遣いの玄米を普段の二倍やる」
「行く!」
というわけで今日は散歩をすることになった。いつも通りイヨと警護の二名を連れて館の外に出るとユーシャに出くわした。
「ほう、散歩か。よし二人の警護は勇者であるボクが引き受けよう。その革袋を貸したまえ。ふむ、オセロ道具と弓矢に銅剣か。攻撃力は低そうだがボクの能力でカバーできるだろう」
というわけで警護の二名には帰ってもらい、三人で散歩に出かけることとなった。行く先はユーシャの希望でヒメミコの住んでいた集落だ。
「その集落の人々が素っ裸のボクに衣を着せ、毛皮で包み、手厚く介抱してくれたのだろう。お礼も兼ねて行ってみたいのさ」
最近王宮で作られた高級オセロ道具一式を手土産にして三人は集落の
「ところでユーシャさん、あの男の人、気になりませんか」
イヨは目線で少し離れている平民らしき男を示した。集落を出てからずっと三人を付けてきているような気がしてならないのだ。しかも麻布で顔を覆って目の部分しか見えていない。その姿が一層不気味な感じを醸し出している。
「
「そうでしょうか。ヒミちゃんは気になりませんか」
「全然! そんなに気になるなら話し掛けてみようよ。おじさん、いい天気だねえ!」
その男は右手を上げて小さく振った。
「ほらね。フツーのおじさんだよ」
「そのようですね。すみません、気にしすぎました」
そうは言ったものの、イヨの心にはまだ何か引っ掛かるものが残っていた。
やがて鮎も食べ終わり、ユーシャは革袋からオセロ道具を取り出した。
「さて、野外プレイでも始めるとするか。ボクの相手をするのはどっちだ」
当然ヒメミコの「あたし!」の声が聞こえてくるはずなのだが、何故か背後から野太い声が聞こえてきた。
「このゴシにお相手をさせてくださいませ!」
「おまえ!」
声を掛けてきた男の姿を見てヒメミコは仁王立ちになった。最初の出会いは銅鏡の光を当てられて顔を両手で覆っている姿。そして数カ月後、幕の中で嫌というほど声を聞かされた。姿も声も覚えている。クナ国のゴシだ。
「ゴシ? もしやクナ国の民ですか」
イヨはゴシの声も姿も知らない。
「何しに来た。よそ者はあっちへ行け」
ヒメミコは怒っている。お披露目の儀で散々馬鹿にされたのを根に持っているのだ。ゴシはにやりと笑うとユーシャの足元にひざまずいた。
「ユーシャ様にお会いしたく他国より参上いたしました。私はクナ国のゴシと申すものでございます」
「ほう、それは大儀であった。ならば話を聞こうではないか」
「ユーシャ、そんな奴と口を利くな」
ヒメミコが叫ぶ。しかしユーシャは舞い上がっていた。この異世界へ来てこれほど丁寧な持て成しをされたのは初めてだった。もはやヒメミコの声など耳に入らない。
「ユーシャ様は大変な勘違いをしております。あなた様を召喚したのはヤマト国ではありません。クナ国なのです」
「なんと! しかしボクを助けてくれたのは
「奪われたのです。その証拠にユーシャ様が召喚された横穴はクナ国にあります。我らが召喚したユーシャ様をヤマトの民が奪ったのです」
「嘘です。ユーシャ様は私とヒミちゃんの二人が見つけたのです。ユーシャ様、騙されてはなりません」
イヨは悟った。このゴシという男は明らかに食わせ者だ。ヒメミコが先ほどから見せている不遜な態度の理由がようやく飲み込めた。
「ほう、おまえたち二人がユーシャ様を見つけたと言うのか。ならば見つけた場所はどこだ」
「横穴の奥です」
「その横穴はどの国にある」
「……クナ国です」
「それはおかしい。どうしてヤマトの民がクナ国の横穴に入れるのだ。平民が
「それは……」
うまい言い訳が思い付かなかった。こちらの言い分を押し通せば無断で国境を越えたと認めることになる。平民でなければ許可は不要だが、そうなるとヒメミコの身分を明かさなくてはならない。どちらを選んでもこちらに不利だ。
「平民じゃないもん。イヨちゃんは桃巫女だし、あたしは大王だもん。だから勝手に国境を越えてもいいんだもん」
「ヒミちゃん!」
あろうことかヒメミコがとんでもないことを口走ってしまった。ゴシは呆気に取られた顔をしていたが、すぐ大笑いを始めた。
「ははは。これは冗談が過ぎる。おまえのような童女が大王のはずがない」
「いや、本当にこいつが大王だぞ」
「またまたあ。ユーシャ様までおふざけが過ぎますぞ。さて、これで私の言い分が正しいとおわかりになったでしょう。ささ、これをお納めください。クナ国に代々伝わる秘剣、黒龍円月剣でございます」
ゴシは胸の結び目を解き、背負っていた絹袋を下ろした。中から取り出した剣を両手で掲げ、恭しくユーシャに差し出す。
「ほほう、これは見事だ。関羽愛用の青龍偃月刀に勝るとも劣らぬ名剣ではないか」
「もしユーシャ様が我が国大王ヒミヒコ様の元に馳せ参じていただけるならば、竜退治に匹敵する血湧き肉踊る戦いの場を提供するとお約束いたします。米搗きなどさせません。ユーシャ様のお力で召喚主ヒミヒコ様を倭の覇者にしていただきたく思います」
ユーシャは完全にその気になっていた。今でこそオセロの始祖として王宮のみならず国中の民に慕われているが、ここに来た当初の扱いはひどいものだった。しかもゴシはクエストを提供してくれると言っている。竜退治のようなでかいクエストをクリアすれば間違いなく元の世界に戻れるはずだ。断る理由がない。
「決めた。
「
ユーシャの言葉をさえぎったのは麻布で顔を覆った男だ。三人を無言で付けてきた男。黙ってゴシと三人の遣り取りを見守っていた男。その男が顔の布を取った。ゴシの顔から血の気が引いた。
「お、おまえはリョウ!」
「おや、まだ私の顔を覚えていてくれたのですか。物覚えは悪くないのに素行は相変わらず悪いのですね。
「ヤマトの命令など聞かぬ。クナにはクナのやり方がある」
「これでも聞かぬと言い張るのですか」
リョウは手に持った絹布をゴシの前に広げて見せた。
「魏の皇帝からいただいた親魏倭王の詔書です。
「く、くそっ。覚えてろよ」
ゴシはいつもの捨て台詞を残して走り去った。ヒメミコがリョウに飛びつく。
「リョウ様、帰って来たんだあ。おかえり~」
「それにしてもどうして平民の衣をまとっているのですか。それに私たちを付けるような真似をして」
イヨは嬉しさよりも戸惑いのほうが大きい。普段のリョウからはとても考えられない行動だ。
「お気に障ったのなら謝ります。気になることがあったので、ここ数日間、身分を隠して国中を歩いておりました。ずいぶん変わりましたね。散歩、オセロ、そして
リョウの顔がユーシャに向けられた。ユーシャは人懐っこい笑顔でリョウの肩を叩く。
「やあ、君が
肩に置かれた手を払い除けようともせず、リョウは冷たい眼差しをユーシャに向けている。
「あなた、とても他人には見せられないくらい恥ずかしいことを書き連ねた黒歴史ノートをベッドの下に隠していませんか」
「えっ!」
ユーシャは口から心臓が飛び出しそうになるくらい驚いた。この異世界で聞くはずのない、聞かれてはいけない言葉だ。
「それから元の世界では同級生たちから『いい加減に中二病、卒業しなよ』と言われていませんでしたか」
「ウソ、どうして知ってるの。あ、あなたもしかしたら、あたしと同じ未来から、別の世界から来た人なの」
衝撃のあまり勇者設定を忘れて地が出てしまっている。リョウの口元に笑みが浮かんだ。
「いいえ。私は
リョウの口元は笑っていた。しかし目は笑っていなかった。鋭い眼光を放ちながらたじろぐユーシャを見つめていた。
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