勇者様はゲームがお好き

 ユーシャは大いに不満だった。今日も桃巫女たちと一緒に玄米を搗く作業を命じられたのだ。


「なんじゃ、そのヤル気のない顔は。もっと心を込めて搗かぬか」


 心を込めれば天下一品の白米ができるのかとババに言い返したいところだが、「その通りじゃ」という何の根拠もない答えが返って来るだけなので口答えせずに黙々と搗く。


「ほれ、飯じゃ」

「ちっ、また玄米か」


 白飯を食べさせてくれたのは初日の最初の食事だけ。あとはずっと玄米飯だ。ユーシャのストレスはマッハの速度で溜まっていく。


「おいユーシャ。真面目にやってるかあ」


 さらに腹立たしいのはこの幼女だ。時々作業場に来て生意気な減らず口を叩き、こちらが言い返す前にどこかへ行ってしまう。ユーシャの我慢もついに限界へ達した。


「これが勇者に対する態度か。もうやめだ。やめやめ」


 ここへ来て五日目、ついにユーシャは何もかも放り出してふて寝を始めた。間髪を入れずババの小言が降り注ぐ。


「何を怠けておる。働かざる者食うべからず。作業に戻らねば飯抜きじゃぞ」

「ボクは働かないとは言ってない。勇者に相応しい仕事が欲しいだけなんだ。考えてみろよ。毎日精米作業に勤しんでいる勇者なんてどこの世界を探したっていやしないだろう。ああ右腕がうずく。封印されし邪悪な力が解放の時を待ちきれずに暴走してしまいそうだ」


 ユーシャが体をくねらせて訳のわからないことを言い出した。何を言っているのかさっぱりわからないが二度と米搗き作業に戻る気がないことはババにもわかった。これ以上小言を言っても馬耳東風だろう。


「ならばおまえをここへ引っ張りこんだヒメミコの相手でもしてもらおうかのう、どうじゃ」

「あいつか。気乗りはしないがここよりましだ。案内しろ」


 ババに連れられてヒメヒコの居室へ向かう。いつも今頃はイヨと一緒に散歩へ出掛けているのだが、あいにく今日は雨だった。ヒメミコは雨が嫌いなのだ。そこで、


「雨や雪や大風などの天気の悪い日は散歩に行かなくてもよい」


 という掟を勝手に追加してしまった。

 雨の日のヒメミコは厄介だ。居室でおとなしくしていることはほとんどない。王宮内を走り回って宮女や桃巫女の邪魔ばかりしている。何かのお役目を与えて皆の負担を少しでも減らしたいのだが、六才の幼女にできる仕事などたかが知れている。「子供の仕事は遊ぶこと」の格言に従ってヒメミコの好きにさせている。


「えっ、ユーシャが遊んでくれるの。わーい」


 ババから話を聞かされて大喜びのヒメミコだ。桃巫女や女官たちは収穫作業で大忙しなので、誰一人相手をしてくれず退屈していたのだ。


「ふっ、君がボクを召喚した女神様だなんて今でも信じられないよ。何がお望みなんだい、我が愛しのアフロディーテよ」

「白飯!」


 またそれかとユーシャは少々呆れてしまった。


「どうやら君たちは美味しいものを食べることが一番の楽しみらしいね。哀れだな。食うことにしか意義を見出せぬとは何とつまらぬ人生なのだろう。おお、そうだ。このボクが素晴らしい遊びを君に教えてあげよう。その名もオセロ」

「オセロ?」


 丸い目をしてこちらを見上げるヒメミコ。ユーシャは初めて優越感にひたることができた。

 何を隠そうユーシャはオセロの達人なのである。小学校のオセロ大会で優勝したのを皮切りに中学一年で県大会優勝。中学二年で全国大会優勝。中学三年でアジア大会優勝と着実にキャリアを積み上げている。今年の目標は世界大会優勝だ。無事に元の世界に戻れればの話だが。


「それってどうやって遊ぶの?」

「遊ぶためには道具が要る。この異世界にあるわけがないから自作するしかないな。え~っと、これくらいの大きさの板が欲しい。同じ大きさの薄い板も欲しい。それから墨と筆はあるか」

「んー、大陸からの下賜品の中にあったような気がする」

「ならそれも頼む。あと板を刻んだり切ったりする小刀も頼む」

「まかせて。ババあー、欲しいものがあるんだけどー」


 ヒメミコは駆け足で部屋を出て行った。これで退屈な日常にも少しは潤いが生まれるだろう。ユーシャはほんの少しだけ楽しくなった。


「はい。これでいい?」

「おお、思ったよりもイイ感じの板ではないか」


 ヒメミコが揃えてくれた材料でさっそくゲーム盤と石の製作に取り掛かる。石は正方形の板で代用することにした。本当は石らしく丸く切りたかったのだが慣れない小刀で曲線切りは難しすぎる。それに石の形はゲームには何の影響も与えないのだから正方形で問題ない。六四枚の板の片面に墨を塗り、大きな板に縦横九本の線を引いて準備は完了。ゲームルールは簡単なのでヒメミコのような幼女でもすぐ始められた。


「わあ、これ面白い」


 ヒメミコが飽きないようにユーシャは何度もわざと負けてあげた。初心者相手ならその程度の手心は簡単に加えられる。ヒメミコはすっかり夢中になり、晴れた日も散歩に行かずオセロに興じる日が多くなった。


「あのやんちゃ娘を手懐けるとはのう。ユーシャ様様じゃて」


 ババは大喜びだ。騒がしいヒメミコが小遣いをねだったり、王宮中を走り回ったりせず、一日中居室でおとなしくしているのである。これ以上有難いことはない。


「まあ、これ面白いわ」


 数日も経たぬうちにオセロは王宮中に広まった。遊び方は単純なのに奥が深いのだ。王宮で流行れば国でも流行る。刈り入れ作業がほとんど終わり今年の冬もつつがなく過ごせそうな目処が立つと、ヤマトの民はオセロに興じ始めた。その動きをクナ国のゴシが見逃すはずがない。


「なんだと、ヒメミコが異世界から助っ人を呼び寄せただと」


 ゴシの報告を聞いたヒミヒコは心中穏やかではいられなかった。助っ人とは援軍である。援軍とは戦いの準備である。ヤマトが戦う相手とはクナ国以外にあり得ない。


「ついに我が国に攻め入る覚悟を決めたというわけか。リョウの帰還に先駆けて倭王承認の報が届いたのかもしれないな」

「いえ、事態はそれほど切迫してはいないと思われます。ヒメミコが呼び寄せたのはユーシャと名乗る女子ひとりだけ。兵を集めるでもなく、軍備を増強するでもなく、毎日オセロなる遊びに興じているようです」

「呼び出した目的は戦いではないと言うのか」

「そのようです。しかも呼び出しに使ったのは我が領地の横穴です」

「わざわざクナ国に入り込んで呼び出したのか。ならばその穴を使って我らも助っ人を呼び出せばよいではないか」

「はい。そう思って占い女を連れて横穴に入り、祈祷したり亀の甲や鹿の骨を焼いたり榊を振ったりしてみましたが何も起こりませんでした。穴の奥に階段があったという話も聞き念入りに調べてみましたが、そのようなものも見つかりませんでした」

「ふ~む、ますますわからん。他に何かないのか」


 それからゴシはヤマト国で手に入れた情報を詳しく報告した。ユーシャは自ら龍の化身などと名乗っている。根っからの戦闘狂で戦いの場を与えてくれるなら誰の命令であろうと喜んで引き受ける。ヤマト国に忠誠を誓っているわけではない。特にヒメミコとは仲が悪い。玄米を搗くのは苦手だ、などなど。

 ゴシの報告が進むにつれて不機嫌の塊だったヒミヒコは次第に穏やかになっていった。話が終わった時にはご機嫌すぎて笑いまで飛び出した。


「わははは。これは愉快だ。ヒメミコの奴、外れくじを引かされたようだな。せっかく呼び寄せた助っ人も思い通りに御せぬとはあっては、助っ人どころか味方の足を引っ張る邪魔者にしかならぬ。ゴシ、このヒミヒコが何を考えているか、わかっているだろうな」

「引き抜き、でございましょう」

「そうだ。そのような輩は鼻先に甘い餌をぶら下げれば簡単に食い付く。しかも王宮に住んでいるとなれば、謎だらけのヒメミコに関して多くのことを知っているだろう。一石二鳥だ。ゴシ、すぐ取り掛かれ。そのユーシャなる女子を我が国に連れて来るのだ。今度こそヒメミコの鼻を明かしてやる。ふふふ」

「かしこまりました。ふふふ」


 悪人面をしてほくそ笑む二人。何も知らない者が見たら息がピッタリ合った悪人二人組にしか見えないだろう。その通りだ。

 この後ヒミヒコとゴシは覚えたばかりのオセロを夜が更けるまで楽しんだ。ゲームの面白さの前では善人も悪人もあらがう術はないのである。

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