やりたい放題ヒメミコちゃん
ババは不満だった。リョウが王宮を去ってからというもの、ヒメミコのわがままは酷くなる一方なのだ。
以前はもう少しマシだった。ヒメミコがどんなに理不尽なことを言い出しても、
「
とリョウが諭せば、
「うん、もっと我慢を覚える。リョウ様も手伝ってね」
と素直に答えていたのだ。
しかしリョウが去った今、王宮でヒメミコの横暴を止められる者は一人もいない。
鹿肉がうまいからもっと食いたいと他の者の皿にまで手を伸ばすヒメミコに対し、
「お行儀が悪いですよ。それに鹿肉ばかり食べていては体がおかしくなります。
と世話係のイヨが諭しても、
「だって育ちざかりだもん。お肉をたくさん食べなくちゃイヨちゃんみたいに小さい胸になっちゃう」
などと答え、ただでさえ平らな胸を気にしているイヨを情け容赦なく羞恥のどん底に突き落としたり、
また食後に縁台で日向ぼっこをしながらコクリコクリと舟を漕いでいるので、
「これ、ヒメミコ。こんな所で眠ってはいかん。眠いのなら寝所に戻って寝なさい」
と元
「ふあ~、だって眠い時に眠るのが一番気持ちいいんだもん。オーキミだってお酒を飲むと、まだ食事が終わっていないのにウトウトしていることがあるだろ」
などと答え、酒の弱さを自他共に認めている元大王にしばらく禁酒を余儀なくさせたり、
また貴重な銅鏡を玩具のように手荒に扱って遊んだりするので、
「銅鏡は神具じゃ。勝手に祭壇から持ち出していかん。巫女ならばもう少し神に対して敬虔な心を持ちなされ」
とババが諭しても、
「だって銅鏡って光るし映るし面白いんだもん。それにババだって時々銅鏡に自分の顔を映して、髪を整えたりシワを伸ばしたりしているだろ。女子はやっぱり見た目第一。カワイイは正義だ」
などと答え、この年になっても美の追求に余念がないババの乙女心をえぐり出して悶絶させたりと、とにかく手の施しようがないほど言いたい放題なのだ。
それだけではない。
「今日から朝の謁見はやめるぞー」
突然こんなことを言い出した。理由を聞くとこんな答えが返ってきた。
「謁見の間に座ってみんなの挨拶を聞いていても退屈なだけ。それよりもあたしがみんなを起こしに回ってやる。そうすればわざわざ集まらなくて済むから楽だろ」
朝の謁見は王宮が作られてから何代も続いている伝統ある日課だ。当然反対した者もいたが、
「大王の命令とあれば仕方なし。そもそもヒメミコ様が謁見の間に来ないのだからどうしようもない」
ということでうやむやの内に了承されてしまった。
こうして毎日ヒメミコが王宮中を駆け回る朝が始まった。元大王は腹にまたがって起こし、ババは髪を引っ張って起こし、イヨや他の桃巫女、女官たちは大声を出して起こし謁見を終わらせる。
しかもいつ起こしに来るかは日によってまちまちだった。夜明け前に来ることもあれば日が高く昇っても来ないこともあった。朝の挨拶が昼の挨拶になってしまう。それだけではない。
「火を燃やして祈祷するのは危ないからやめよう」
「亀さんの甲らを焼いて占いをするのは亀さんが可哀そうだからやめよう」
「お食事は一日四回。朝、昼、夕、夜に食べることにしよう」
などなど大王の権力を笠に着て勝手に掟を作りまくっている。あまりに突拍子もない要求は元大王とババの説得で諦めさせているが、さほど害のない要求は全て承認されている。このままでは王宮の伝統が全て廃れてしまうのも時間の問題だろう。
その日も元大王とババは日毎に増長していくヒメミコの扱いについて話し合っていた。
「ヒメミコにも困ったものだ。リョウ殿の言葉には素直に従っていたというのに、我らの説教には必ず口答えをしてくる」
「考えてみれば敬称を付けて名を呼んでいたのはリョウ殿だけじゃった。わしはババ。そなたはオーキミ、イヨはちゃんを付けておるが敬称ではない」
「幼いながらにリョウ殿の才能を見抜いていたのだろう。我らとてリョウ殿の言葉には全幅の信頼を置いていたのだから。まあ、たまには口答えする者もいたがな」
ババの眉間にシワが寄った。矢を放たれた一件でリョウに不満を述べた自分を
「昔の話を持ち出すとは意地が悪いのう。魏の権威によってヒミヒコを屈服させるという策をもっと早く教えてくれておったら、わしとて文句など言わんかったわい。親魏倭王の金印を突き付けられて目を白黒させるヒミヒコを見るのが楽しみじゃ」
「後ろ盾を得ればヒメミコの素性を皆に明かしても問題ないかもしれぬな。六才の童女とて魏の皇帝が認めたとあれば誰も文句は言うまい」
「いや、待つのじゃ。そうなるとヒメミコの暴走は歯止めが利かなくなるのではないか。ヤマトだけでなく他の国にまでやりたい放題になるやもしれぬ。わしらの面目丸潰れじゃ」
「うーむ、倭国女王は諸刃の剣であったか」
額を寄せ合って思案する元大王とババ。女王たるに相応しい教育を今のうちに施しておかなければ大変なことになるのは明白だ。と、ババが両手を打ち鳴らした。何やら妙案が浮かんだようだ。
「一度ヒメミコを元のヒミに戻してみてはどうじゃ。本来あの年頃ならば親を手伝い、作法や言葉を躾けられ、小言を言われ、集落のために雑務をこなす、それが当たり前の日常じゃ。しかし大王となった今はまるで逆。ヒメミコのわがままには誰も逆らえぬ。これでは真っ当な大人に育つわけがない。そこで一度普通の童女に戻して王宮の外に出し、世の厳しさをわからせてやるのじゃ。そうすれば今の己が如何に有難い境遇に置かれているかわかるじゃろう」
「なるほど。ヒメミコがヒミであることは王宮の者しか知らぬからな。外に出れば普通の童女として扱われよう。だが巫女はみだりに姿を晒してはならぬという掟がある。まずいでのはないか」
「巫女なのはヒメミコじゃ。ヒミに戻れば巫女ではない。よって掟には背かぬ」
かなり苦しい言い訳だな、と元大王は思った。掟に厳しいリョウがいればきっと反対しただろう。しかし今リョウは不在だ。彼が戻るまで試してみるのも悪くない。それにヒメミコが外出すればその間だけは王宮に平和が戻ってくる。元大王はババの案に乗ってみることにした。
「して、どのようにして元のヒミに戻す?」
「こんなことをやらせてみてはどうじゃ……」
元大王に顔を近づけ耳打ちするババ。いつも以上の悪人面だ。
「ふむふむ……おお、それは面白い。悪巧みにかけてはババの右に出る者はおらぬな。亀の甲より年の功とはよく言ったものじゃ」
「悪巧みとは失礼な。リョウ殿に勝るとも劣らぬ上策と何故言えぬ。まあよいわい。とにかく明日にでも試してみようぞ」
こうして二人の話し合いは終わった。
翌日、そろそろ日が天頂に差しかかろうという頃、ヒメミコとイヨはババに呼ばれた。
「ババあー、何の用。そろそろお昼のお食事が始まるから早く済ませろよ」
ヒメミコは今日も元気で愛らしい。ワガママさえなければ本当に良い子なのじゃがと思いながら、ババは貫頭衣と幅広の帯を二人の前に置いた。
「二人ともこれに着替えるのじゃ」
「えー、どうして」
「これから集落へ行ってもらうからじゃ。そんななりでは立ち所に大王であることが露見してしまうじゃろう。故に着替えるのじゃ」
「露見したっていいだろ。あたしは大王なんだから」
「何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ。民の前でも他国の大王たちの前でもそなたは幕に隠されておったじゃろう。それが何のためかわからぬのか」
「わからぬ」
どうやらヒメミコは理由が飲み込めないまま幕の中でおとなしくしていたようだ。もしリョウの言い付けでなければ勝手に幕から飛び出していたかもしれない。ババの肝は凍りつくほどに冷えてしまった。
「と、とにかく王宮以外の者に素性を知られてはならぬのじゃ。これはリョウ殿からの命令じゃ。わからなくても従え、よいな」
「あ~、そう言えばリョウ様もそんなことを言っていたような気がするな。じゃあそうする」
さすがはリョウ。最低限の釘だけは刺しておいてくれたようだ。ババは冷や汗を拭って話を続ける。
「ヒメミコ。今日はそなたにお役目を与える。今からこの衣を着て集落へ使いに行って欲しいのじゃ。もちろんヒメミコであることを知られてはならない。大王ではなく元の平民ヒミとなってお役目をやり遂げるのじゃ。できるな」
「できるー! 面白そう!」
いつもと変わらぬ軽いノリである。隣に座っているイヨが不安げに尋ねた。
「あの、それで私はどうして呼ばれたのですか」
「ヒメミコ一人を行かせるのはさすがに心許無い。そこでそなたに同行してもらうことにした。きちんとお役目を果たせるよう助けてやって欲しいのじゃ」
「わ、わかりました。はあ~」
つまり世話係兼監視役ということだ。また面倒な役目を押し付けられたものだとイヨはため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます