気焔万丈! 大王ヒミヒコ
「ヒメミコ様、御出座!」
ババの掛け声とともに幕を掲げた四人の桃巫女が入ってきた。前回と同じくヒメミコの姿を見せないように四方を幕で覆っているのだ。
「どういうことだ!」
いきなりヒミヒコが大声を上げた。リョウは平然と受ける。
「何か気に入らないことでもありましたか。
「何故新
「お、おう」
「そうだな」
パラパラと賛同の声が上がった。少数ながらクナ国とよしみを通じている国も存在するのだ。
「ご不満はこもっともです。しかしながら
「口だけは達者だな。しかし騙されないぞ。その幕の中には誰もいないのではないか。そもそも百年以上も見つからなかった巫女が突然見つかるなど話がうますぎる。いもしない巫女をいるように見せかけて我らを騙そうと……」
ヒミヒコの言葉が止まった。幕の中央が何かに突かれたように尖ったのだ。それも一度だけでなく何度も。
(ほらほらどうだ。これでもいないって言い張るのか)
言うまでもなくヒメコミが幕の内側から突っついたのだ。ヒミヒコの言葉がよほど気に障ったのだろう、ババが止めるまで無言で突っつき続けていた。
「このように
「だからと言ってそれが本当の巫女なのかどうか怪しいもんだ。そうだろう、大王たちよ」
「……」
賛同の声はなかった。さすがに言い掛かりがすぎると思ったのだ。ヒミヒコの暴言はそこで一旦終了した。
「それではヒメミコ様より挨拶の言葉を賜る」
ババが幕の中に入る。ヒメミコの言葉を聞き、それを皆に伝えるのだ。と言っても本当に言葉を遣り取りするのではない。そもそも六才の幼女にまとまな挨拶などできるはずがない。挨拶の言葉はリョウと元大王が考えたものだ。ババはすでにそれを記憶している。幕に入るのは単なるお芝居なのだ。その点に関しては大王たちを騙していると言えないこともない。
「……これが新大王ヒメミコ様の言葉である」
ババの挨拶が終わっても大王たちの反応は鈍かった。実にありふれた差し障りのない言葉だったからだ。あまりにも平凡すぎてヒミヒコも拍子抜けしている。
しかしそれでよいのだ。各国の大王を集めた真の目的はヒメミコの言葉を伝えることではなく、リョウの言葉を伝えることなのだから。ここからが本題だ。
壇上の中央に立ったリョウは静かなよく響く声で話し始めた。
「さて大王の皆様。ここで私からひとつ提案があります。倭は多数の小国に分かれ長きに渡って互いにいがみ合い、奪い合い、争い合ってきました。しかし今ここに神の代弁者たる巫女の力を持った大王が誕生しました。これは神の啓示です。
リョウが話を切った途端、待ってましたとばかりにヒミヒコが口を出す。
「ふっ、何を言い出すのかと思ったらとんだ笑い話だな。我ら大王に向かって女の足元にひざまずけと命じるのか。どこまで愚弄するつもりだ。そもそも……」
「いや、続きを伺おう。ヒミヒコ殿、そなたも倭の平和を望むのなら少し口を慎まれよ」
ヒミヒコを諫めたのはイト国の大王である。知徳に優れた人格者で他の大王からの信頼も厚い。鼻柱をへし折られたヒミヒコは口を閉ざすしかなかった。
「それでは話を続けます。
それからリョウは謁見の間でババや大王を説得した持論を展開した。自然の恵みと災いを予言できる力。確かな収穫を約束してくれる力。それは大王たちにとって何よりも手に入れたい力だ。
誰もが頷いた。誰もが同意した。ヒメミコこそ倭の女王に相応しい、誰もがそう思った。たった一人の例外、クナ国のヒミヒコを除いては。
「騙されるな。これはヤマトの陰謀だ!」
逆流に抗って遡ろうとする鮎のようにヒミヒコは吠えたてた。
「この幕の中にいるのが本物の巫女だという証拠がどこにある。伝えられた言葉が本当に神の言葉だという証拠がどこにある。大王たち、目を覚ませ。ヤマトは巫女を使って我らを操ろうとしているのだ。巫女が大陸に攻め入れと命じたら攻め入るのか。クナ国を滅ぼせと命じたら滅ぼすのか。こんな女の言い成りになるつもりなのか。これは罠だ。ヤマトは我らを騙そうとしている。巫女の権威を笠に着て我らに無理難題を押し付けるつもりなのだ」
「ふむ。そう言われてみれば……」
さすがは悪知恵に長けたヒミヒコ。数人の大王が疑念を抱き始めた。リョウたちにとっての最大の弱みは巫女の正当性を証明できないことにあった。どれだけヒメミコが本物の巫女だと主張しても、証明できなければ妄想と同じである。ヒミヒコはそこを突いたのだ。
「どうだリョウ。ヒメミコが本当に巫女だと言うならこの場で証明してみろ」
「すぐには無理です。予言には時間がかかりますから。明日の天候、明日の風向き、それらを言い当てることで納得してもらえませんか」
「ふっ、その程度なら我が国の占い女でも当てられる。巫女の力はその程度なのか。ならば巫女ではなく単なる占い女だな。有難くもなんともない」
「そうですね。その程度ならば巫女とは呼べないでしょうね……」
力なくつぶやくリョウ。勝った、とヒミヒコは思った。宰相であるリョウ自らが「巫女とは呼べない」と認めたのだ。これでヤマトの威信は地に落ちた。ヒメミコに代わって倭の覇者となるのはこのヒミヒコしかいない……知らぬ間に口が緩み、腹の底から笑いが湧き起こってくる。
「はははは。大王たち、聞いたか。やはり巫女など見つかってはいなかったのだ。こいつは偽者だ。はははは」
「いえ、勘違いしないでください。その程度では巫女とは呼べない、そう言ったのです」
「なんだと」
気持ちのよい大笑いを遮られてヒミヒコは一気に機嫌が悪くなった。
「往生際が悪いぞ。ではどの程度なら巫女と呼べるのだ」
「自然の動きを予言するのではなく自然を意のままに操れたなら、その時は巫女と呼んでも差し支えないと思います。そうですね、では天頂で輝いている日輪を消してみせましょう」
「日輪を消す、だと」
ヒミヒコは呆気に取られた。そしてまた大笑いを始めた。
「はははは。大口を叩いたな。手の届かぬ場所にある日輪をどのように消そうと言うのだ」
「神に頼み、神に消してもらうのです。それが巫女の力です」
「はははは、どうやらこの宰相様は頭がおかしくなったようだ、ははは」
「はははは」
リョウの言葉はあまりにも突拍子すぎた。ヒミヒコだけでなく他の大王も半数近くが大笑いしている。しかし半数は真剣な表情でリョウを見ている。元大王もその一人だ。
「リョウ殿、如何に巫女とてできぬことがある。神に言葉が届いたとしても必ず願いを聞いてくれるわけではなかろう。もし日輪が消えなければヤマトの信頼は丸潰れだ」
「ご心配召されるな。神はすでに願いを聞いてくれております」
「おい、リョウ、それで日輪はいつ消えるのだ」
ヒミヒコは勝利を確信している。早くリョウの鼻を明かしたくてウズウズしているのだ。
「まずは祭壇を設け神に祈らねばなりません。日輪が消えるのはその後になります」
「そうか。では支度に取り掛かれ。こちらはいつまでも待ってやるぞ。何なら日が沈むまで待ってやってもいいぞ。ははは」
「では、さっそく」
「ヒメミコ様、御退座!」
ババの掛け声で幕を持った四人の桃巫女は謁見の間を出て行った。続いて元大王、リョウ、そして最後にババが出て行く。
「大王の皆様、お疲れですじゃろ。酒など出しますので時が来るまでごゆるりと寛いでくだされ。ああ、ヒミヒコ様、心配は無用じゃ。矢のお返しに毒を盛るような真似はいたしませぬ、心ゆくまで飲んでくだされ」
それはババの精一杯の嫌味だった。言いたい放題のヒミヒコにババの
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