大王多くして国滅亡へ向かう

 夕焼けに照らされたやかたの謁見の間にはまだ人が残っていた。新大王おおきみヒメミコ、世話係のイヨ、宰相のリョウ、桃巫女最古参のババ、そして元大王だ。

 ババは機嫌が悪い。この話し合いが始まった時からずっと機嫌が悪い。今もまだ不平を言い続けている。


「リョウ殿は甘すぎる。密偵が潜んでいることを知りながら何の手も打たぬ。警護の者さえ置かぬ。しかもわしとヒメミコの命が狙われたと言うのに、捕らえようともせずみすみす逃がしてしまうとは何たることじゃ。これではヤマトの民に示しがつかぬ」

「そうだぞ。シンちゃんだって『警告。付近に不審者あり。早急に対処してください』って言ってたのに何もしないんだから」


 ババの口車に乗ってヒメミコまで文句を言い始めた。二人に責められてもリョウは口元の笑顔を絶やさない。


「二人とも命を狙われてはおりません。このような形で新大王を殺めたとなれば他国の反感を買うのは明らか。狗奴クナ国を除く全ての国が大和ヤマト国の味方となりましょう。そうなればいかに武力最強を誇る狗奴クナ国とて勝ち目はありません。矢を放ったのは幕の覆いを外すためだと思われます」

「そうだとしても下手人を逃がしたのはどのような了見じゃ。罪を犯した者には罰を与えて当然であろうが」

「そうだぞ。シンちゃんだって『子供は甘やかすとロクな大人になりません』って言ってたぞ」


 先ほどからリョウを責めているのはこの二人だけだ。矢が逸れていたら命を失う危険もあったのだから当然ではある。


「それに関しては公平さを欠いたかもしれませんね。素直に謝罪します。しかし狗奴クナ国との関係を考えれば仕方のない処置だったのです」

「どう仕方がないのじゃ」

「これ以上狗奴クナ国との仲を悪化させたくなかったのです。大王に矢を放ったとなれば死罪以外にありえません。そのようなことをすれば今でさえ敵意むき出しの大王日御彦ヒミヒコがどのような態度に出るか、想像に難くないでしょう。次は本当に姫巫女ヒメミコの命を奪おうとするか、あるいは本気で大和ヤマト国を攻め滅ぼそうとするか、そのどちらかです」

「ならばこちらもやり返すまでじゃ。刺客を送り込んでヒミヒコの命を奪うか、本気でクナ国に攻め込んでやるか、二つに一つじゃ」

「賛成!」

「それでは多くの民が犠牲となりましょう。憎悪ではなく友愛で、征服ではなく同盟で関係を修復したいと思っております」

「リョウ殿は甘すぎる。そもそも前日のうちに密偵の存在を知りながら何の手も打たないのじゃからな……」


 と、また最初の話に逆戻りである。このような堂々巡りをさっきからずっと繰り返している。退位した以上、余計な口出しはやめておこうと思っていた元大王も黙ってはいられなくなった。


「ババ、そなたの意見はよくわかった。確かに今回のリョウ殿の采配は少々生ぬるかったかもしれぬ。しかし国のことを考えればそれも已むを得なかったのではないかな。命を危険に晒されたババの口惜しさはわかる。が、ここは国のためにこらえてくれぬか」

「元大王様がそう言われるのなら……」

「わかった。我慢する!」


 ババは渋々、ヒメミコはあっさり矛を収めてくれた。さすがは退位しても元大王。伊達や酔狂で長年国を治めていたわけではないのだ。


「しかしリョウ殿、これからどうする。あのヒミヒコがたった一回の失敗で引き下がるとは思えぬ。また何か別の策を講じてくるのではないか」

「お察しの通りです。日御彦ヒミヒコは巫女が気になって仕方ないのでしょう。倭の中で巫女を持てる国は大和ヤマトだけ。巫女を大王にできるのも大和ヤマトだけ。自分にはない特権を有する大和ヤマト国に嫉妬しているのです。あるいは突然現れた巫女は偽者なのではないかと疑っているのかもしれません」

「あたしは偽者じゃないよ。本物だよ。ねえ、シンちゃんもそう思うでしょ……そう思うって!」


 先ほどから話の腰を折られまくりだ。ヒメミコをこの場に呼んだのは明らかに失敗であるが、新大王抜きで話し合いをするわけにもいかない。我慢の元大王である。


「巫女に対する執着か。ヒミヒコにそれを捨てさせるにはどうすればいい」

「簡単な話です。姫巫女ヒメミコこそ紛うことなき神の代弁者であることを知らしめてやればよいのです。日御彦ヒミヒコだけでなく全ての大王に対して!」


 それは淡々と話すいつものリョウの口調ではなかった。大きな野望を抱く若き英雄のような響きが感じられた。誰もが口を閉ざして次の言葉を待った。


「私は以前言いましたね。今の倭をまとめるには秦の始皇帝の如き人物が必要だと。今、私たちの前にその人物が現れました。倭を統一するために神はその人物を遣わしたのです。神使を通して神に言葉を伝え神の言葉を聞ける人物。数十に分かれた国をひとつにまとめ倭の統一者として君臨すべき人物。それが誰か、もうおわかりでしょう」


 ババは険しい表情をして何も言わない。元大王も同様だ。二人ともわかってはいるが言いたくないのだ。


「あ、あの、もしかしてその人物と言うのは」


 場の沈黙に耐えかねたのか、これまでずっと無言を通していた世話係桃巫女のイヨが口を開いた。


「ヒメミコ様、ですか」

「えー、あたしー!」


 ヒメミコにとってはまったく興味のない話なので、神使に尋ねることすらしていなかったようだ。指で自分を差して目を丸くしている。


「そうです。姫巫女ヒメミコ大和ヤマト国だけの大王ではなく、全ての大王を統べる大王、倭国の女王となるのです。できますか」

「うん、できる! やるー!」


 まるでこれからお遊戯でも始めるかのような軽いノリだ。さすがに元大王も異議を申し立てずにはいられない。


「リョウ殿、ヒメミコはまだ幼い。話の重大さが理解できていないのだ。そもそも各国の大王がこのような童女に従おうとするだろうか」

「幼くないよ。もう六才だもん」


 いや六才なら文句なく幼いだろうなどとツッコんでも仕方がないので、ヒメミコの言葉は無視して二人は話を続ける。


「もちろん大王たちに姫巫女ヒメミコの素性は明かしません。姿を見せず声も聞かせません」

「それで大王たちが納得するだろうか」

姫巫女ヒメミコの最大の武器は姿でも声でもなく正確な予言です。天候の変化、災害の発生、潮の満ち引き、各国の大王にとっては喉から手が出るほど欲しい知識のはず。それを無条件で提供しようと申し出るのです。各国の大王をまとめるのにこれほど強力な武器はないでしょう」


 人は自然の中で生きている。自然は人に豊かな恵みを与えるが同時に大きな災いも与える。大雨、暴風、日照り、冷害、数え上げればキリがない。もしそれらがいつ発生するか前もって知ることができれば、被害は大幅に減らせるはず。ヒメミコにはそれができるのだ。倭の統一者に相応しい資質の持ち主と言える。


「うむ、リョウ殿の言葉を聞いていたらうまくいくような気がしてきた。それで大王たちにはどのように話を付けるつもりだ」

「八一日後、新大王即位のお披露目と称して各国の大王をこの王宮に招きます。その場で話をするつもりです」

「八一日後? 日取りまで決めているのか。随分手回しがいいな」

「ふんふん……」


 ヒメミコがうつむいたまま何かつぶやいている。また神使と話をしているようだ。


「シンちゃんが教えてくれたよ。八一日後には……」

姫巫女ヒメミコ!」


 いきなり喋り出したヒメミコをリョウが制した。笑みが消えて真顔になっている。


「その話をここでするのは遠慮してください」

「はーい」


 素直に従うヒメミコ。ババも元大王も若干引っ掛かるものがあったが何も訊かなかった。


「とにかくそこまで話を進めているのなら従うしかあるまい。ババ、異存はないな」

「大王と宰相の決定にババが異を唱えられるはずがなかろう。好きにやりなされ」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるリョウ。こうして各国の大王を招いての「新大王ヒメミコお披露目の儀」の実行が決定され、その日から着々と準備が進められた。各国に遣わされた使者は続々と帰還し、そのほとんどが参列するという返事を持ち帰った。

 七五日を過ぎた頃から各国の大王がヤマト国に集まり始め、前日までには参列予定の全員が到着した。もちろんクナ国のヒミヒコも来ている。今度こそヒメミコに恥をかかせるつもりなのだ。


「一面に雲が垂れ込めていますね。これなら闇も深くなりそうです」


 当日は今にも雨が降り出しそうな空模様となった。しかし即位の儀と違って今回の式典は謁見の間で行われる。雨を心配しなくていい。すでに倭の各地から集まった数十人の大王とリョウ、元大王、ババが神妙な顔で座についている。


(あやつ、最前列に陣取りおったか)


 元大王は眉間にしわを寄せた。クナ国の大王ヒミヒコが壇上の真ん前にどっかりと腰を下ろしているのだ。しかも他の大王は一人で参列しているのに、ヒコミコは従者としてゴシを横に座らせている。


(どうやら一波乱ありそうだな)


 ――チーン


 館の外から鉦の音が聞こえた。リョウは壇上の横に立つと一同を見回して開始を告げた。力強い声だった。


「ただいまより新大王お披露目の儀を始めます」

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