第1話
「この度はこのような辺鄙な村まで、遠路遥々ありがとうございます」
粗末な室内へと入室した老人は、まずドアの前で深々と頭を下げ、丁重に感謝の言葉を述べた。
「いえ。こちらこそ予定より遅れてしまいまして。申し訳ありません」
老人を待っていた白髪の少女は、慌てて椅子から立ち上がると小さくお辞儀を返した。老人に促され、少女は再び椅子に着く。二人用の卓の上には粗末な果物や菓子が申し訳程度に置かれていた。
「我々の出した速文は無事に届いたとのことでしたが」
「ええ、この通り」
少女は床に置かれた背嚢から手紙を一通取り出し、机の上に広げる。
「状況は把握しています。その後はどうですか?」
少女の問いに、老人は悲痛な表情で返した。
「…そうですか。しかし、あまり悲観的にならないで下さい。討伐隊が出立してからまだ三日。無事な者もきっといるでしょう。勿論、私も最善を尽くすつもりです」
「そのことなのですが…。本当によろしいのでしょうか?こちらから言い出したこととはいえ…やはりあまりに危険なのでは?」
「大丈夫です。私の仕事はあくまで行方不明者の捜索。無理をし過ぎるつもりはありません」
老人を安心させるように笑顔で答え、言葉を続ける。
「それに、行方不明になった討伐隊の方々の安否も気になります」
「一応、追加で救援に応じて頂ける騎士様を募集したのですが…。なにゆえこのような山奥の辺鄙な村ですので、さしもの騎士様たちとはいえ、たどり着くのも一苦労でして…」
老人は再び深々と頭を下げる。
「…元々、この辺りはさほど魔獣が出る地域ではなかったのですが。この数ヶ月で少なくない数の村人が犠牲になり、見かねて騎士の方々へ討伐を依頼したところ、このような有様です…。皆も、周囲の山々に何が潜んでいるのかすらわからぬ現状に怯え、村もご覧の通り…」
少女はこの村長の家に至るまでの道を思い出す。山々に囲まれた小さな村には活気がなく、老いも若きも皆暗い表情をしていた。
「村を出るという手もありましたが、こんな場所でも私たちにとってはただ一つの故郷。そんなことはとても…」
「…心中お察しします」
少女はおこがましいと思いつつもそう口に出した。村長はしばしの無言の後、重苦しく口を開く。
「かの大災厄において、勇者様が魔王を討伐なされてから今年でちょうど千年。ついに魔王の復活が予言された年となりました。近年魔獣たちが世に跋扈しているのは、もしやその予言と何か関係があるのでは思うと…」
肩を落とし力無く項垂れる老人の姿に居た堪れなくなり、少女は席を立ち、傍らに立て掛けた刀に手を伸ばす。
「もう出立されるのですか?」
「はい。生存者の捜索は一刻を争います。…大丈夫ですよ、この国には騎士たちがいます。きっと、どんな困難も乗り越えることができるでしょう」
ドアノブへ手を掛けた少女は最後に室内を振り返り、安心させるように小さく微笑みかける。
「…そうですな。それに、かの『高貴なる白』の魔力を持つ騎士様が来て下さったのです。これで、きっと…」
「もう、やめてください」
少女はおどけたように言う。
「あまり魔力の色について言われるの、好きじゃあないんです」
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