NOBLE WHITE

なつづき

プロローグ

 果て無く続く水平。眼前に立つは一人の男。

 彼が刀の柄に手を掛け鞘から抜き払うと、その男もまるで鏡像のように刀を抜き、正眼に構えた。その構えからは一分の隙も見い出せない。

 雲ひとつ無い青い空。それを映す、荒野を薄く覆った水面。誰も、誰もこの一時を邪魔する者はいない。

 邪魔する者は斃した。

 邪魔する者は斃された。

 故に、これから起こる事を止める者も、止めようとする者も、止められる者も、最早存在しない。


「何故、殺す?」

 荒野に悲しげな声が響いた。

「何故、燃やす? 何故奪い、何故壊す?」

その声はまるで澄んだ鈴の音のように荒野に広がる。


――これは、誰だ?

 心がさざ波立つ。

 誰かの声が喉より発せられる。

 誰かの声が耳に届く。

 喋っているのは彼か、それとも眼前の男か。それが判然としなかった。


「奪わなければ、生きられないからだ」

 平坦な声が返す。

「生きるために殺し、生きるために燃やし、生きるために奪う。それだけだ」

 まるで他人が書いた文章を読むかのような、感情の籠もらない声色だった。


 意識が混線する。記憶の光景に異物が混入している。

 男の姿が歪んだ。目を凝らし、眼前の男を、男の刀を見る。


 その、輝かぬ白い刀身を。

 その、闇の如き黒い刀身を。


「戦え。それで全て終わりだ。俺の望みはそれだけだ」

 戦いを渇望する。身体の血が滾り、僅かな興奮を覚える。それが、それだけが心地よかった。


「そうか。それしか、無いか」

 悲しみに嘆く。胸が氷のように冷え、心が張り裂けるような痛みに襲われる。何故こうなってしまったのか、と。


 次の瞬間、二人の男は同時に地を蹴り、刹那の後に互いの中心点で刀を打ち合わせる。鍔迫り合いをする刀越しに視線が交差した。一拍遅れ、二人を中心に水飛沫が巻き上がる。





「…俺は、負けたのか?」

 胸に突き刺さった白い刀に触れる。そこから命が失われてゆく感覚があった。


「いいや、この戦いに勝者なんていないさ。僕も、君も、負けたんだ」

 投げ捨てられた黒い刀を手に取り、地に突き立てる。

「僕は君に、君たちに、そして僕自身に勝てなかった。誰一人として救うことが出来なかった」


 荒野を白い光が照らす。二人の遥か頭上で輝く、白い魔法陣によって。


「お前は誰よりも強い。俺よりも、俺の輩たちよりも」

 心の底に、今まで感じたことの無い感情が湧き上がる。しかし、その正体がわからない。


 小さく首を振り、その言葉を否定する。

「僕は逃げてしまったんだ。安易な道に。僕の心の弱さによって」

 手を掲げる。頭上の魔法陣の輝きが増し、荒野を白く染める。頬を涙が伝った。

「…すまない。僕にはもう、こうするしか他に無いんだ」


 視界が白で覆われる。意識が溶け、何かと混ざり、落ちてゆく。まるで、深い深い眠りに落ちてゆくかのように――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る