第22話 震える手

「何かあったの?」


 後輩は小さな唇を噛み締めて、じっと地面を見つめていた。強く握られた手が弱々しく震えている。


「……何でもないです」


 飛ばされる枯れ葉のような、乾いた声だった。


 私は壊れないように、そっと抱きしめた。不規則に硬直する震えに、胸が痛くなる。


「前に言ったでしょ。また辛いことがあったら、必ず相談してって」


「本当に、何でもないんです……」


「私の前では、我慢しないでとも話したわよね」


「だって……。せっかく彼と再会出来た日なのに……」


「ううん。今日ね、相手に会わずに帰ろうと思ったんだよ。でも、そんなことしたら、どこかで応援してくれてる、誰かさんが悲しむかなって」


「それは怒ります。丸坊主にさせます……」


「ふふ。だからね、あなたのお陰で彼に会えたんだから、そんなこと気にしないで大丈夫」


「でも……」


「あなたが幸せじゃないのなら、私も幸せになれないよ。私が泣いてたとしたら、あなたも同じことを言ってくれるでしょ」


「店長が幸せじゃないのは嫌です。でも私のことは、気にしないで良いんです……」


「もう、無理しちゃって。立ち話もあれだし、うち来る?」


「行きます!」


「ふふ、急に元気になっちゃって」


「店長のこと好きですから。でも店長も、あの人に取られちゃう……」


(店長も。か……) 


「でも良いんです。私も、店長が幸せじゃないのは嫌ですから。それに、彼は本当に良い人だから安心です」


「ふふ。まるで、会ったことあるような言い方ね」


「……幸せそうな店長見たら分かりますよ」


「よし、じゃあ、うちで飲み直そう!しょんぼりしてるのは、あんたらしくない」


「もー、たまには名前で呼んでくださいよー」


「泣き虫な後輩ちゃんは、あんたで十分でしょ。ほら行くよ」


「店長、あの……」


「どうしたの?」


「手、繋いでもらえませんか?」


「ふふ、いいよ。懐かしいね……」


「……はい」


 彼女の手は酷く冷たく、震える度に力が込められて、無理に震えを止めていた。


 ゆっくりと、何かを探すように二人で歩き出した。


「店長?」


「うん。どうしたの?」


「安心して下さい。ちゃんと可愛い髪型にしますからね」


「もう、今はそれどころじゃないでしょ」


「じゃあ、その髪型でデート出来るんですか?」


「……出来ない」


「ですよね。髪はちゃんと切ります。最高に可愛くします。だから、約束して下さい」


 彼女が少し潤んだ瞳で見つめてくる。


「うん、分かった」


「私の話を聞いても、気にせずに彼と幸せになるって。約束して下さい」


 握られた手が痛いほどに締め付けられて、懇願するようにガタガタと震える手を、祈るように握り返した。

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