第21話 満月

「もう!びっくりさせないでよ!」


「あはは、店長の声が余りに幸せそうだったから、つい意地悪したくなっちゃって」


「幸せだなんて、私はただ……」


 辺りを見渡して、彼を探している自分がいた。


 私の美容院もある商店街は、目が痛いほどにネオンが輝いていた。


 十月の肌寒い風の中で、セーターを着たおじさん同士が肩を組んで、左右に揺れるように歩いている。お酒臭そうな真っ赤な顔に、彼を思い出してしまう。

 

 道路の排水溝には、リースのように落ち葉が囲っていて、掃除が面倒なはずのそれを、両手で掴んで空に投げたい気分だった。


 また彼に会えた。また彼に会えるかもしれない。また飲みましょうねと言ってくれた。また彼に会える……


 あの夏に伝えられなかった、また会いたい気持ち。彼の居ない商店街を見ながら、何度も悔やんでいた。


 緩やかな秋の風が私の頬を撫でて、溶ける緊張の中で、彼に会えた実感に包まれていた。


「ちょっと、店長ー。なに一人でニヤニヤしてるんですかー」


 私の顔を覗く後輩は、なんだか幸せそうな笑顔で、目が覚めたように電話をした理由を思い出した。


「彼だったの!」


「え?彼?」


「金魚すくいをしてた彼だよ!また会えたの!貴方のお陰!ありがとう!」


 ピンク色のロングコートが潰れるほど抱きしめた。顔に当たる白いモコモコのファーが気持ち良くて、何度も顔を擦り付けた。


「え!彼だったんですか?」


「うんうん!そうだったの!」


「良かったじゃないですか!もう、こんなに喜んじゃって。実家の犬を思い出しますよ、ふふ。よしよし」


「えへへ」


 優しく頭を撫でられて、そっと体を預けた。


「ちょっと、店長重いですって。あ、いや、体重的な意味じゃないですからね。それより、やっぱり彼のことが、大好きだったんですね、店長」


「……ふふ」


「笑って誤魔化しちゃって。本当、可愛いんだから。ほら、店長も帰りますよ」


「はーい」


「さっきまで酔い覚めてたじゃないですか、急にデレデレしちゃって。覚えてますよね店長、次に会うときが勝負ですよ」


 慌てて後輩から離れて、確かめるように耳の上を撫でる。ザラザラと指先に刺さる短い毛先。あの金魚すくいに来ていた少年達の坊主頭も、触るとこんな感じなのかな……


 彼の言葉が胸を忙しく駆け巡っていた。顔は可愛いと言ってもらえて、今も嬉しいけど、このままじゃ……


「ねえ!お願い!私を可愛い髪型にして」


「今度は泣きそうじゃないですか。彼に会ってから感情が忙しそうですね、ふふ」


「彼は、その髪型じゃ勿体無いって言ってくれたの。あと、顔は可愛いんだからって……」


「きゃー!店長顔真っ赤じゃないですか、可愛い……」


「だから、お願い!」


「ええ、もちろん。任せて下さい。最初からそのつもりですし」


「ありがとう!本当、頼れる後輩を持てて幸せだよ」


「あ、店長、私もお願いして良いですか?」


「うん、もちろん!何でも言って」


「私も髪切ってもらえませんか?」


 少し寂しそうに告げる彼女の目が潤んだ。


 肩までウェーブした茶色い髪が、一際強く吹く夜風を受けて、首元から溢れるように噴き出した。

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