第18話 頼れる後輩
「金魚すくえたんですか!髪を切る以外、不器用な店長が?」
両手で口を押さえながら、大袈裟にからかってくる後輩に、いつもなら同じ調子で返していた。
でも確かに彼は、何もすくえないはずの私に、色々なものをくれたんだ。
「うん。沢山もらっちゃった」
後輩が目を見開いて、少し後ずさった。
「素敵な人だったんですね……。なんか妬けちゃうなー」
寂しそうな後輩を久しぶりに見て、胸が少し痛む。
「なに言ってるのよ。あんたは彼氏もいるでしょ」
「あ!そんなことより、連絡先、聞けたんですか?」
「それが、明日も金魚すくいやってるって、言ってたから……」
「聞けなかったんですね?」
「……うん」
「私が今から聞いてきます!」
大きな瞳が意志を持って輝いて、見つめる私に安心感をくれた。
でも、私から聞かなきゃいけない気がして、どこか頑固になっている自分がいた。
「だめ。私が聞きたいの。大丈夫よ、明日もやってるって言ってたから」
「もしも明日、彼じゃない人が来たら、どうするんですか?祭りは明日までですよ」
彼が明日来なかったら、なんて考えてもいなかった……
急に不安が押し寄せて、彼に会いたい自分が大きくなっていった。
「だ、大丈夫よ!それより、金魚の餌とか、私調べて買ってくるから、留守番よろしくね!」
「ちょっと、店長!またサボりですか!」
「すぐ戻るから!」
彼は明日も来てくれる。そう思いたくて、後輩から逃げるようにホームセンターに向かった。
いくら暇だからって、店を後輩に任せて出たことは、今まで無かった。
学校の授業や塾をサボっている男子を、小馬鹿にして、真面目な自分に優越感を持っていた。
親の言われた通り生きてきて、初めて自分の意思を通して美容師になれた。
もう私には、あの美容院と大好きな後輩しか居ない。男なんて……
そう思っていたはずなのに。
暑くて嫌いだった夏の日差しの下で、大きな入道雲に彼の笑顔を重ねていた。
ちゃんとした水槽は、ネットで注文しよう。とりあえず大きなプラスチックの金魚鉢と、酸素の出るエアポンプというのを買って帰ってきた。
エアポンプから酸素が出る青い玉を見ると、これをポイで持ち上げたとき、彼の慌てる顔を思い出して、微笑んでる自分がいた。
とりあえず、調べた通りに金魚を水槽に移そうと、金魚の入った袋を持ち上げると。
彼の字の下に、赤いマジックで、遠慮がちに小さく書かれてあった。
私の店長の恋が上手くいきますように。
私の、という部分に二重線が引かれていた。
「お帰りなさい!」
微笑む私を見ていたのか、勢いよく後ろから、嬉しそうな声で抱き付かれた。
「ちょっと!驚かさないでよ、私も正当防衛するよ、全く。ふふ」
「店長、長生きしてくださいね」
高齢者に向けられたような、悟った言い方だった。
「馬鹿にしてるでしょ!」
「してませんよーだ!明日はちゃんと、連絡先聞いてきて下さいね」
「もう、分かってるってば」
「金魚、可愛いですね」
「うん。この袋も、ますます捨てられなくなっちゃったな」
「もう!そういうとこ、店長はずるいですよね!」
「なに、あんた照れてるの?」
「照れてないです!」
「可愛い後輩を持てて、私は幸せだよ。なんてね、ふふ。明日も、もし私が行くの迷ってたら、背中押してあげてね」
「はい!そりゃもう、例え有名人のカット中でも、店長を彼の元へ行かせますよ!」
「ふふ、お願いね」
淡い気持ちのまま、金魚を見ながら眠りについた。
そして、祭り最終日に、彼は来なかった。
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