第13話 出会えて良かった

「……はあ」


 鏡に映る濃い化粧のパンクロッカーが、大きく肩を落としていた。


 こんなんで上手くいく訳ないじゃない、まんまと後輩にはめられた……


 いよいよ男性が待つ、隠れ家をモチーフにした居酒屋まで来てしまった。


 和を基調とした店内には、小さな小川が流れ、水が跳ねるような琴の音色が、静かに響いていた。


 石畳とふすまが、燃え始めるように照らされている。


 等間隔に揺れる笹に、頭がクラクラしてしまった。


 トイレに逃げ込んだ私は、急にお腹が痛くなったフリをして、会わないで帰ろうか悩んでいた。


 フリというか、実際に緊張で、お腹が痛いのだから嘘じゃないんだけれど……


 行きたくないな……


 携帯電話を、もう一度確認した。


 後輩が残してくれた、恋愛必勝メモ。


 そこに書かれている内容は、一文だけだった。


「今日は捨て試合です、当たって砕けて下さい!」


 また溜め息が出そうになる。


 後輩の言われた通りに、友人には適当な理由を付けて、来ないでもらった。


「間を取り持つ人がいると、店長の良さが出ない」


 全てを分かっている、そんな職人顔で言われて腹が立ったけど……


 私もこんな髪型を、友人には見せれなかった……


 もう一度鏡を見た。


 三本のラインが切り込まれた眉毛が、自然とハの字に萎んでいく。


 相手には悪いけど、やっぱり帰ろう……


 携帯電話が震えた。


 後輩からだった。


「素敵な人を連れてくるの、楽しみにしてますからね!」


 チラリと見える八重歯を思い出す。


 もし、私がここで帰ったら、彼女はどんな顔をするんだろう……


 鏡を睨みつけた。


 こんな見た目で、私は何に怯えているんだろう。


 今日は私を捨てよう。


 そうだよ、まだ相手が私のタイプか、分からないじゃない。

  

 会うだけ会ってみよう、応援してくれた後輩のためにも。


 重いトイレのドアを開けた。


「あ、あの。大丈夫ですか?」  


 友人の彼氏は、私に会ったときから、ビビりまくっていた。


 私の彼に手を出さないでね。なんて言われたけど、心配いらないみたい……


「だ、大丈夫です」 


「そうですか、それじゃあ、行きましょうか……」


 連れていかれるまま、個室の前まで来た。


 胸が痛い。


 どうしよう、帰れば良かった……


 私は、そこで待っている男性が、全然タイプじゃないことを祈った。


 開かれる襖の乾いた音。


 口を半開きにしている男性と目が合う。


 周りから音が聞こえなくなった。


 間違いない。 


 あの人にもう一度、会えたんだ。

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