第12話 早まる鼓動

「え!店長!合コンするんですか!」


 後輩が両手を上げて目を輝かせている。


 落ちるほうきが、激しく床を鳴らして、私の心と一緒に大きく跳ねた。


 彼女は専門学校を卒業して、訳あって私が経営する美容院で働いている。


 男性が苦手な私とは違って、常に彼氏がいるような子だった。


 漫画のような大きな二重に、小さな八重歯とえくぼ、夢に現れては男性を誘惑する悪魔のような、危ない魅力があった。


 ゴスロリ衣装が似合いそうな、小さくて可愛い童顔に、綺麗な茶色い髪が踊っている。


 肩までウェーブさせた髪は首を隠すように巻かれていて、薄めの眉毛を隠すくらいの絶妙な前髪は、どこか恥じらいを感じさせるセクシーさがあった。


 我ながら、可愛くカット出来ている。


 小顔に、さらに小顔効果を合わせることによって、男共は平伏すのだ。


 次は、どんなカットを試そうかな……


 いつもなら、そんなことを呑気に考えていた。


「ちょっと!声が大きいって!」 


「閉店後で、私達しか居ないじゃないですか!いや!そんなことより、一体何があったんですか?」


「な、何がって、友達が紹介してくれるってだけよ、それに合コンじゃないから……」


「いやいや、店長が男性と会うから相談したいって、天変地異ですよ!おーい!みんなー!明日は嵐が来るぞー!」


 両手を広げながら楽しそうに茶化す彼女に、少し相談したことを後悔し始めていた。


「もう!うるさいって!」


「それで!それで!相手は、どんな人なんですか!」


「えー、どうしよう。相談するの止めようかな……」


「そ、そんな……。私と店長の仲じゃないですか。初めて恋愛の相談してくれたから嬉しかったのに。私はもう、いらないんだ……」


 彼女が大袈裟に膝から崩れて、椅子に顔を埋めて泣き出した。


「あーもう、分かった!相談させて頂きます!」


 腹が立つくらいのドヤ顔を向けられて、颯爽と彼女は足を組んで椅子に座った。


「よろしい。恋愛に関しては私の方が先輩ですからね!何でも相談してください。ふっふん」


 鼻を鳴らしながら、右の口角を上げる彼女に今は頼るしかなかった。


「えっと、相手は、その……」


「うんうん、相手は?」


「……小学校の先生」


「おー!さすが店長!先生かー。しっかりした男性が好みなんですね!自分がしっかりしてないから……」


「なに?今週、休みいらないって?」


「すみません。調子に乗りました……」


「もう!真面目に相談してるんだからね!」


「分かってますよ!それで、何が心配なんですか?」


「そ、その、男性と何を話したら良いのか分からなくて……」


「なるほど、本当に男性苦手なんですね……」


「う、うるさい……」


「うーん、その人は、何を小学校で、教えているんですか?」


「道徳みたい」


「なるほど、ふっふっふ。分かっちゃいましたよ……」


 不適に笑う彼女に顔が引きつる。


 理由もなく自信満々なときは、ろくなことにならない。


「な、何が分かったの?」


「道徳を教えているから、いかにもマナーや秩序を守る、お淑やかな黒髪の女性がタイプだと、そう思っていませんか?」


「え、そうじゃないの?」


「そんなんだから、店長は美人なのにモテないんですよ」


「うるさい!モテないって言うな!私だって本気出せば彼氏くらい、すぐ出来るわよ!」


「わ、分かりましたから、胸ぐら掴むのは止めて下さい」


「ご、ごめん……」


「いや、今のですよ!」


「え、今の?」


「そうです、真面目な道徳の先生は、不良娘に弱いんですよ!」


「ど、どういうこと?」


「優等生の少女が不良のワイルドさに惚れるなんて話、よくあるじゃないですか?」


「……それって、漫画とかだけじゃないの?」


「店長って、怒ったり、酔っ払ったりすると、完全にヤンキーになるじゃないですか?」


「喧嘩売ってるの?」


「ほら!漏れてますよヤンキーが!どうせ当日も緊張して、会話も無くて、お酒ばっかり飲んじゃいますよ?相手も緊張してたら、店長から話せるんですか?」


「……それは無理」


「でしょ?大人しそうな黒髪の女性が、酔っ払った途端に豹変したら、ギャップで次から会ってもらえませんよ?」


「うう、それは確かに……」


「それで何回か紹介された男性が、幻滅して帰っちゃったって、話してくれたじゃないですか?ビールをジョッキで飲みながらですけど……」


「……はい」


「店長、美人なんだから、そのまま行ったら、相手も緊張して話せないに決まってるんですよ」


「別に美人じゃない……」


「ここは一つ、信頼できる後輩に、任せて頂けませんか!」


 嫌な予感しかしなかったけれど、確かに自分でも酒癖の悪さで幻滅される日々には、うんざりだった。


「分かった、任せるけど、どうするつもり?」


「簡単なことです!ギャップを無くせば良いんですよ!悪酔いした後の乱暴な見た目にします!」


「ちょ、ちょっと、どういうこと?」


「金髪にして、ツーブロックにします!イメージはパンクロッカーです!」


 頭がクラクラしてきた、私が一番敬遠するタイプの髪型だ。


 私は清楚なイメージでありたかったし、スチュワーデスとかエレベーターガールみたいな、落ち着いた女性に憧れていたのに……


 酔った私のイメージが、そんなワイルドなんだと思うと、もう何も言えなくなってしまう自分が情けなかった。


「まぁ、一時的なら、今のミディアムボブにも戻せると思うから、別に良いけどさ。それで本当に上手くいくの?」


「ふっふっふ。甘いですね。見た目で判断するような男に、私の店長を渡したくないんです!」


「あなただけの店長では無いけれど……」


「良いですか?まず、店長が悪酔いして、相手に引かれるのは確定事項なんです。私に彼氏がいるくらい、当たり前で、避けられない運命なんですよ」


「すっごい腹立つけど、否定出来ないのが、また腹立つ」


「でも、悪酔いしても、ビールを中ジョッキで飲んでも、違和感無い見た目を最初からしていたら?」


「幻滅して帰られるってことは無いわね。いや、すごい馬鹿にされてる気がするけれど……」


「そうなんです!もしかしたら、そのまま会話も弾むかもしれない!酔っ払った店長は面白いですし……」


「その普段が面白くない言い方は、止めなさい……」


「そして、ここからが大事ですよ!次の誘い文句も、すでに出来ているんですよ!」


「ど、どういうこと?」


「先日は酔ってしまって、大変失礼しました。お詫びをしたいので、今度どこかに行きませんか?そう自然と連絡できますよね?」


「うん、相手が私のタイプだったらね」


「それでも会ってくれる男性は、酔った店長も愛してくれるってことですよ!」


「なるほど、最初に最悪な私を見せて許容出来るか試せるんだね、嫌でも試す運命なんだけれどさ」


「そして二回目に会うときが勝負です!」


「初回は捨て試合確定なのね、悲しいけれど。勝負って、どうするの?」


「そこで、黒髪に戻すんですよ!」


「ど、どうして?」


「ギャップ効果ですよ!就職シーズンになって、黒髪になるギャル達に、男はイチコロなんです」


「そんなことないと思うけど……」


「いーや、私も実践済みなので間違いないです。そして、会う場所はこの美容院です!」


「え、美容院に呼ぶの?」


「店長は、慣れるまで、どうせ緊張して上手く話せないんですから。お客様として対応したら、きっと話せそうじゃないですか?」


「確かに、それは分かるけれど……」


「店長、ドSな部分あるじゃないですか。もし相手が優しい感じの人なら、もう完璧落とせますよ!自分のテリトリーで強気で接することが出来ますし、いくつか作戦は私も考えますから!」


「うーん、全然上手くいく気がしないんだけど……」


「大丈夫です!今回は恋愛先生の私が、全面的にサポートしますから!」


「……うーん」


 確かに、そろそろ彼氏は欲しいし、いつまでも過去の悲惨な恋愛を、引きずりたくはなかった……


 後輩が目をキラキラさせて、見つめてくれている。


「分かった!恋愛先生!よろしくお願いします!」


「任せて下さい!さあ、そうと決まれば、早速カットしちゃいましょう!」


 口元を緩ませて、楽しそうに髪を切る彼女を見ながら、少し鼓動が早くなっていった。

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