第4話 出会わなければ良かった

 無い。この女だけは。一番嫌いなタイプだ……


 彼女と初めて会った時、素直に思った感想だ。早いとこ適当なことを言って帰ろうと思っていたんだ。



「あ、どーも。なんか、教師と会えるって聞いて来ました」


「あー、どうも。初めまして……」


「ほらお前、もう二十三で彼女居ないとか、教師してるのに勿体ないだろ。俺の彼女の友人なんだけど、美容師で良い子らしいんだよ」


 高校からの男友達が楽しそうに、唐揚げを食べながら言い放った。こいつの彼女が急遽来れなくなって、間を取り持つ者の居ない、地獄の空気が狭い居酒屋の個室に流れていた。こいつも、この女のことをよく知らないのだ。


「らしいって、お前……」


「らしいみたいっす」


 みたいっす。って、この女……


 エレキギターでも叩き付けてそうな印象だった。


 いや、見た目は今時の女子っぽい、優しい肌色のロングカーディガンに、白いゆったりとした丸首のシャツに茶色いロングスカートで、顔も正直可愛かった。


 なんというか。攻撃的な髪型が、いかにも、俺の苦手な、おしゃれギャルというか、バンドでも組んでそうというか……


 ほぼ金髪の派手な茶髪、耳までの長さの前髪に、流れる後ろ髪は無く、軽く刈り上げている気さえしてしまう印象。マッシュルームヘアーとは言わないんだろうが、八二で分けられた前髪から覗く細い金色の眉毛には三本、縦にラインが入ってるように細く剃ってあり、その下のパッチリとした目は、やけに茶色く大きかった。


「あー、盛り上がってきたみたいだし、俺はここらへんで失礼するよ!あ、あとは、お二人でごゆっくり!じゃ、じゃあな!」


「おい、ちょっと待てって!」


 そそくさと友人は店を出てってしまった。最悪だ。


 俺が女性苦手で二十三年間、彼女居ないことを知ってるだろ、しかも全然タイプじゃないというか、むしろ天敵とまで言える。こういう、いかにも恋愛しまくってるけど、下手な男とは付き合いませんよオーラの女は、特に苦手だったのに、一体どうしたらいいんだ……


「あー、帰っちゃいましたね、あの人、ただ食いっすね」


「あ、あー、はは、そ、そうですね……」


「……」


「……」


 十分くらい沈黙が続いてる気さえした、誰か助けてくれ……


「生ビールお二つお持ちしました!」


「あ、どうもっす。はい、これ」


「あ、どうも……」


 モテる男なら、ここで、乾杯でもしながら、面白いトークでもするんだろう。あー、断れば良かった。めっちゃ良い女子がいるらしいから紹介したい。まんまと騙された……


「あの……。お兄さん、何を学校で教えてるんですか?小学校でしたっけ?」


 その聞き方に覚えがあった、さすが現役というか、美容院で客に聞く感じのままだった。今日はどこか出かけるんですか?のトーン。この客と美容師の距離感のままでも別に構わないが……


「えっと、小学校で道徳を教えています……」


「道徳?なんか戦争のビデオ見たりとかっすか?」


「いや、最近、一つの教科として、算数とかと同じように教科書があるんですよ」


「えー、そうなんすか。具体的に何を教えてるんすか?」


「分かりやすいのだと、ネットマナーを身に付けましょうとか、今は小学生でもスマホ持ってますし、簡単にインターネットに繋げちゃえますからね、個人情報とか教えないように、とか教えてます」


「ふーん。あれは教えるんすか?いじめはしたらいけないとか?」


「ええ、そういうことも教えていますね。まだ教科自体が試行段階ですし、はっきりと点数にしたり、正解のない教科ですから、色々な課題があります……」


「私、小学校のころ、いじめられてたんですけど、どう思います?」


「……え?」


 女がビールを中ジョッキで豪快に飲みながら言った。仮にもこれから彼氏にするかもしれない人に、絶対言わない内容だろう。


 この女も当然俺なんかタイプじゃなくて、早く帰りたいんだろうなと思った。でも、何て声をかけて良いのか分からなくて、変なことを言ってしまったんだ。


「ぼ、ぼくも、小学校のころ、いじめられてましたよ……」


「……っぷ。なにそれ!普通、慰めるとこじゃないの。なに張り合ってるの、ウケる」


 両手を叩きながら、おっさんの様に笑われて、無性に腹が立った。もう知らん。


「そんな笑わなくたって良いじゃないか!僕だって、上履き隠されたりして、よく泣きましたよ!」


「ふーん。私は、トイレに入ってる時に、上から水かけられましたけどね、汚い雑巾入ったままの」


「そ、それは、その、ごめん。嫌なこと思い出させてしまって……。申し訳ない」


 俺は猛省した、少し酔ってたからとはいえ、駄目だ、女性にこんな話をさせたら……


「……くく、嘘っすよ!あはは!」


「な!お前なあ!大人をからかうんじゃないぞ!」


「大人っつったって、私と同い年じゃないっすか。なんでスーツなんすか?お兄さんモテないでしょ?」


 なんでこんな奴に散々言われなきゃいけないんだ!もういい、どうせこんな女とは二度と会わないだろうし、言いたいこと言って帰ってやろう。


「あーモテないよ!だから、友達が頼みもしないのに、こんな場をセッティングしたんだろ、それがどうだ、来たのはエレギターを叩きつけるような、パンクロッカーみたいな女じゃないか。俺はな、お淑やかな黒いロングヘアーの大和撫子がタイプなんだよ、お前みたいなのとは正反対!」


「ああ?誰がパンクロッカーだ、こら!これは今流行りのツーブロックショートボブなんだよ、おら、横髪の下は、もみあげから刈り上げてオシャレだろうが、これで軽い感じのイメージになるんだよ!まあどうせ、モテない男には分からないだろうがな!」


「ただの部分坊主じゃねえか!なにがツーブロックショートボブだ!たっかい洋犬みたいな名前しやがって、ただの刈り上げじゃねえか!それに、モテないって何回も言うなこら!」


「坊主じゃねえし!モテない男にモテないって言って何が悪いんだよ!」


「ああ!どうせ俺はモテないよ!悪かったな!どうせお前みたいなチャラい女は、入れ替えで男が常にいるんだろ!」


「三年前に捨てられたのが、初めての彼氏だよ、なにか文句あるの?」


 気づけば俺らは立ち上がって真っ赤な顔で口論し合っていたが、急に彼女が泣き顔になって俺は正気に戻った。


「ご、ごめん……」


「……」


 彼女が座り込んで、テーブルに顔を伏して泣き出してしまった。しまった、俺としたことが、これじゃあ教師失格だ……


「その、あの、本当ごめん、俺、なにも君のこと知らずに、好き勝手言っちゃって……」


「……そ」


「そ?」


「……うそだよ」


「……え?」


「あっはは、ばーか!嘘だよ!なにあんた、普段は俺って言うの?そんな真面目な顔で?モテないのに?」


「はー、うるさ!なんだこいつ!人が心配してやったのに、モテないって言うんじゃねえ!」


「あの、すみません、焼き鳥盛り合わせ、お持ちしました……」


「あ、ども、そこ置いてください」


「女なのに、ビールに焼き鳥の塩とか、しぶ。おっさんじゃん」


「はー?学校の先生が女性差別?しかも道徳の先生が?あーあ、君の小学校行って、今までの暴言話しちゃおうかなー」


「……すみませんでした」


「っぷ、真面目か!まあいいよ、ほら、飲め飲め、モテない先生さん」




 その後は何を話したのか、酔いすぎて覚えていなかった。女性と話すのが苦手すぎて、序盤から知らないうちにかなり飲んでしまっていたのだろう。


 次の日に、友人から連絡先を聞いたらしく、彼女から俺にメールが入った。


『先日は酔ってしまって、大変失礼致しました。お詫びをしたいので、今度どこかに行きませんか?』


 俺はすっかり嫌われて、もう会うことはないと思っていたし、女性にどこか行きませんかなんて、誘われたことも無かったので、なんだかソワソワしながら丁寧に返信をして、返事を中学生みたいにドキドキと待っていた。


 それから二年後に、俺はカッコ悪いプロポーズをして、彼女と永遠に会えなくなる。


 こんなことになるなら……

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