依頼Ⅱ②

 ファストフード店を出た後、そのまま解散することになるかと思っていた音葉だったが、奏に誘われ、そのまま駅前でショッピングを楽しむこととなった。ただし立ち寄ったのはホームセンターだったが。


「心霊ではないにしろ『ツチノコ』も都市伝説フォーク・ロアの一種には違いない。野槌ノヅチって名前で古事記にも出てくる妖怪だからね」

「はあ……?」


 それがどうしてホームセンターで虫取り網を物色することに繋がるのか、音葉にはまるで理解が及ばなかった。

 その首には網に先んじて奏がセレクトした大きめの虫取り籠が下がっている。森ガール風の装いとはいえ、成熟した女性の体つきをした音葉には酷くミスマッチなアイテムである。


「ということはおっちゃんと一緒なら、本物の『ツチノコ』と出くわす可能性も十二分にあり得る。昔、流行った時に懸けられた懸賞金のほとんどは取り下げられてるけど、いくつかは残ってたはずだからね。捕まえればサークル活動費の足しになる」

「はあ、懸賞金ですか……」


 気のない返事をしつつ、手持ち無沙汰となった音葉は試しにとスマートフォンで検索をかけて驚いた。検索トップに出てきたページのゼロの数を指折り数え、掲載額が間違いではないことを確認して震える声で読み上げる。


「い、いちおくえん……!?」


 一億。それはたとえるなら……とにかくお金がいっぱいということ。


「意外だね、おっちゃんがそんな風に興味を示すなんて」


 浮世離れしているとは言わないが、音葉も自分同様に俗物的なものには興味を持っていない同類だと思っていただけに、奏は不思議そうに呟いた。


「それだけあれば奨学金を卒業前に一括で完済できます……」

「ああ、そういう……」


 大学に通っている以上、どれだけ気取っていても少なくない金が掛かる。音葉も学費に悩む一人の学生には違いがなかった。

 おっちゃんも案外世知辛い事情を抱えているんだな、と学費にも生活費にも窮していない奏は言葉にはしなかったが同情した。


「で、でも捕まえてお金に換えたりなんかしたら罰が当たったりとか……」

「いやいや『紫の鏡』に始まってもう二つも撃退してるんだから今更でしょ」

「確かに……!」


 音葉がやる気を出し始めたことは予想外だったが、人の良さだけで巻き込まれるよりは余程良いと奏が手に持った網を差し出すと両手で握りしめ、燃える音葉に苦笑した。

 奏自身はこうしてホームセンターにまで来たものの、本気で『ツチノコ』を捕まえられるとは思っていない。UMAではなく都市伝説フォーク・ロアとして『ツチノコ』を見た場合、絶対に捕まらないことが『ツチノコ』の特性。奏は巻き込まれたならせめて少しでも楽しもうとしているだけだ。


(人が死ぬような都市伝説フォーク・ロアではないとはいえ、危なくないわけじゃないんだけど分かってるのかな)


 奏も網を選び──特に音葉の物と長さ、大きさに違いはない──一縷の不安を抱きつつも、それを表には出さずに二人仲良く網を掲げてホームセンターでの買い物を終えた。






 ◇                     ◇






 翌日、眞由が指定したのは始発の電車とほとんど変わらない早朝の時間帯だった。

 女子大生三人が網とスコップを持って雑木林に集まっているのを見られれば騒ぎになるだろうという彼女なりの気遣いではあったが、集合場所である公園入口で音葉と奏は三十分待ちぼうけする羽目になった。


「遅い!」

「マジでごめんなさい! アラームはセットしたんですよう! でもでも彼氏と電話してたら寝るのが遅くなっちゃったんだし!」


 昨日と比べると少し乱れた髪型で息を切らして現れた眞由にツナギ姿の奏が怒鳴る。

 音葉はフォローしようと考えたが、流石に今回は眞由が悪い。苦笑して平謝りする様子を見守ることにした。


「この通りですっ! 後で何か奢るんで!」

「……もういいからさっさと行くよ」


 一頻り眞由を罵倒し、気が晴れたのか溜息と共に奏は公園へと足を踏み入れ、音葉も頭を下げる眞由の肩を叩いてその後を追う。


「奏さんは一度いいと言ったら引きずらない人ですから、あまり気にしないでください」

「ううっ、音葉先輩……」


 以前、奏が音葉の幼少期は可愛げがなさそうだと評し、事実その通りだと音葉も認めてはいたが、高校時代には多くはないものの友人はいたし、音葉を慕う後輩もいた。眞由の呼び方に高校時代の後輩を思い出し、眞由に対しての苦手意識が少し払拭された音葉だった。


「それで? 『ツチノコ』が出たってのはどの辺りなのさ」

「もう少し先です。ジメジメして薄暗くていかにも! って感じな所!」

「あ、そ。ならさっさと案内して」

「はい! あ、先輩、先輩」

「なにさ」

「その格好似合ってますね! アンバランスな感じがグッドだし!」


 元々そう簡単には物怖じしない性格なのだろう、先ほどまでの反省した様子は鳴りを潜め、奏にぐいぐいと迫る眞由と共に進んだ先にあったのは言葉通り、いかにもな雰囲気の漂う薄暗い雑木林だった。

 日の出は迎えていても背の高い木が密集したその道は僅かに木漏れ日が差すだけ。一人ではあまり通りたくない道だ。


「ふうん。これなら『ツチノコ』以外にも何かしらは出てきそうな感じかも」

「な、何かってなんだし!?」


 対人関係では圧倒的な陽気さを持つ眞由だが、女の子らしくホラーは苦手らしい。ぶるぶると肩を抱いて震える姿を愉快に思ったのか、奏が追い打ちを掛けた。


「そうだねえ。たとえばこういう林の中を歩いてると奥の方から自分のあだ名を呼ぶ声がしてくるんだ。あだ名を呼ぶくらいだから知り合いのはずなのに声に聞き覚えはない。誰かと尋ねれば『かるちゃん』だよー、と返事が返ってくる」


 しがみ付く眞由に嗜虐心が芽生えたのか、音葉は奏の話を遮ることなく耳を傾ける。

 音葉の都市伝説フォーク・ロアを呼び寄せる体質を知っている奏が本当に危険な都市伝説フォーク・ロアを話すことはないという信頼があってこそだが。


「誘われるようにその声がする方に歩いていくと、林の中で着物の女がゆらゆらと揺れながらあだ名を呼ぶんだ。よくよく見てみればその女は首を──」

「ぎゃああああ! もういい! 十分! 聞きたくない!」


 怯える姿を見て溜飲が下がったのか、奏はくつくつと笑い、音葉もまた眞由の頭を撫でながらも微笑みを浮かべていた。

 そのまま進んでいるとやがて眞由が震える声でこの辺りだと足を止めた。

 よく観察すればこの周辺だけ僅かに土が掘り返され、人が踏み入った形跡が見て取れる。


「大丈夫? な、なにもいない?」

「はい。『ツチノコ』も『かるちゃん』も」

「んじゃ、さっさと掘り返して終わりにしてよ」

「うぅ……わかったし」


 腰に下げたポーチから取り出したシャベルを片手に眞由と音葉たちは歩道を外れ、雑木林の中へと踏み入る。

 ぬかるみこそしていないが、朝露の影響で地面を覆う枯れ葉はじっとりと湿っていた。

 木の根元に膝をつき、シャベルを突き立てる眞由を囲むように立つ音葉と奏は耳を澄ませて『ツチノコ』の存在を探るが、聴こえてくるのは土を掘り返す音と野鳥の鳴き声だけ。このまま何事もなく終わればいいと願いながら、タイムカプセルの発見を待つ二人であったが、


「あれ、此処じゃない? こっちかな……」

「此処でもない……こっちだっけ?」

「あ、ってことはこっち……」

「こっちでもない……」


 三十分。眞由が右往左往しながら地面を掘り返した土を埋めた回数が四回を超えたところで奏が低い声を上げた。


「おい……」

「いや! 次! 次こそは!」

「本当にこの場所であってるんだろうな」


 奏は無計画に衝動的に行動を起こす事も多々ある人間だが、他人の無計画に付き合わされるのは大嫌いな人間であった。


「それは間違いないし! ほら、此処から東京タワーが見えるでしょ? それが目印なんだし!」

「東京タワー? ……普通の電波塔だろ」


 指さした方角に据わった目を向けたが、木々の隙間から覗くのはランドマーク足りえない普通の電波塔だけ。大きさも東京タワーには及びもつかない。そもそも地理的にこの街から首都の建造物はどうあがいても見えない。


「こ、子供の時にそう呼んでただけだし! あだ名だし!」

「今と同じで無学な子供だったんだね。どうでもいいけど、次こそ見つけて──」

「しっ。二人とも、静かに」


 売り言葉に買い言葉。徐々に声のトーンも上がってきた二人を神妙な顔つきで音葉が止めた。

 言い過ぎだと奏を窘めたわけではない。すぐに奏は口を閉じ、耳を澄ませた。


 しゅるしゅる。


 確かに耳に捉えた何かが這いずるような音。それもかなりに近く、さらに近づいてきている。

 口を手で押さえた眞由にも聴こえたのだろう。怯えた目で必死に頷いていた。眞由にも聞き覚えのある、まさしく『ツチノコ』と出会った日の前兆だった。


「鹿賀子さんはそのまま下がって歩道に。出来るだけ静かに」


 腰を低くして網を構えた音葉が安全の為に眞由を下がらせたが、まさか一億円の取り分確保の為に? と一瞬でも考えた奏は自省した。

 三原空の時と同様、依頼として受けたからには依頼人の安全を保障し、事態を解決する。音葉は『心霊研究会』のメンバーとして当然の事をしているのだ。


「確かにいますね『ツチノコ一億円』が……」

「ちょっと待っておっちゃん今なんて?」


 奏のツッコミと同時、枯れ葉が波打ち、姿を見せないまま音葉たちの方へと向かってくる。

 枯れ葉の盛り上がり方からして音葉の腕の太さ以上、アナコンダと同等とまでは言わないが、それでもかなりの巨体。

 持ち手がプラスチック製の網で対抗できるのか、奏に一抹の不安が過ぎるが音葉は恐れる事無く狙いを定め、網を振るう瞬間を見定めていた。


「……今です!」

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