深淵の入り口

 

「ティン、ダロス……?」


 『ティンダロスの猟犬』。我らはそう呼ばれている、と漆黒の女性は言った。

 ティンダロスに生息する猟犬、或いはティンダロスに飼われている猟犬。

 その名を聞いても音葉はその程度の分析しか出来なかった。幸か不幸か音葉には今までその名を知る機会はなかった。


「そう。私はその一頭。個体名を持たぬ、ただの一匹の魔物」

「魔物って……一体、何がなんだか……」


 つい先程まで『紫の鏡』の少女に命を狙われ、必死に逃げていた音葉の思考はある程度の冷静さを取り戻していたが、それでも思考は追いつかない。

 ただ目の前に立つ女性が超常的な存在であり、『紫の鏡』の少女よりもさらに強大な力を持った上位者である事だけは理解できた。


「君は運が良い。知識を持っていたが為に時間を捻じ曲げ、運命を捻じ曲げ、私をこの時間へと導いたのだから。本来なら君の死は必定だった」


 地面に散らばった『紫の鏡』の破片に目を落としながら女性が言う。

 釣られて音葉も破片に視線を向けると、彼女たちが見つめる目の前で、鏡の破片は徐々に存在が薄れ、消え去ろうとしていた。


「鏡が……」

「この鏡はあの骨董品のだからね。アレが消えればこいつも消えるだけさ」

「あの、さっきの女の子は一体……それに、あなたは……」

「私もアレに関してはそう詳しくはないんだ。遭うのは初めてだったし、言ったように本来は管轄外だからね。この時代なら……そうだな、ケータイ? ってので調べてみるといい」


 女性ティンダロスに言われるがまま、音葉は内ポケットに入れてあるスマートフォンを取り出し、思いつく限りの少女の特徴を検索サイトに打ち込もうとしたが、『むらさきのか』まで打ち込んだだけで、それは検索候補のトップへ表示された。


「『都市伝説フォークロア』……?」


 そこに載っていた説明の最初の一文には、そう記されていた。

 かつて流行した都市伝説、つまりはフィクションである、と。

 その都市伝説にはいくつかの派生があり、その中の一つがまさしく音葉が遭遇した『紫の鏡』の少女のものだった。

 幼い少女が冒した小さな罪。それを悔やみ続け、少女は二十歳になる前に衰弱して死んでしまう。

 その少女の呪いが、二十歳まで『紫の鏡』という言葉を覚えている者を同じように殺してしまう。

 回避する方法は単純、『白い水晶』という言葉を覚えているだけでいい。


「成程ね。そりゃ影も薄くなるはずだ。ただ言葉を覚えているだけなら、都市伝説が広がるのとほとんど同じ速度で対抗神話も広がるだろうから」

「対抗、神話?」

「この『紫の鏡』なら『白い水晶』。偶発的であれ作為的であれ、『都市伝説フォークロア』にはそれに対するカウンター、所謂『対抗神話カウンターロア』が存在している。人が都市伝説フォークロアに対抗する唯一の手段として」


 表示されたページを覗き込みながら、女性ティンダロスは語り始めた。一体音葉の身に何が起きていたのかを。


「それは伝聞され、都市伝説として成立する過程で基となる噂がより『らしい』形へと変化した為に起こる矛盾であったり、或いは理不尽な結末に対する逃げ道を誰かが作り出し、それが同じように伝聞されて作られたりする。『紫の鏡』は知らなくとも、都市伝説の一つや二つは君も聞いた事があるだろう?」

「……『口裂け女』、とかでしょうか?」

「ああ、そうだね。アレは未だに有名な都市伝説フォークロアだ。ソレにも対抗神話カウンターロアは存在するだろう?」


 さらに記憶を辿れば、確かにそれもいつかどこかで聞いた覚えがあった。


「たしか……『べっこう飴』?」


 記憶の片隅に残っていたうろ覚えの対抗神話カウンターロアをどうにか探り当て、自信なさげに音葉が口にする。

 女性ティンダロスは満足げに頷いた。


「奴らは『べっこう飴』が大好物で、それを投げつけると夢中で舐め始め、その隙に逃げれば助かる。それはそういう対抗神話カウンターロアだ」

「でも、『べっこう飴』を持ち歩く人なんて……」

「意地悪な話だろう? だけれどそういうものだ。都市伝説フォークロアなんてものはどれも理不尽で、その悪意に理由なんてものはない。それに対する対抗神話カウンターロアもまた、理に適ったものばかりではないのさ」


 今しがた君が体験したようにね、と女性ティンダロスは笑う。

 けれど、音葉は今も生きている。

『紫の鏡』という理不尽な都市伝説フォークロアに襲われ、それでも音葉は生きている。

 目の前の『ティンダロスの猟犬』に救われて。


「それじゃあ、あなたもその、対抗神話カウンターロア、なんですか……?」

「いいや」


 女性ティンダロスは首を振って否定した。

 対抗神話カウンターロア都市伝説フォークロアに対する唯一の対抗手段であると言いながら、音葉の目の前で圧倒的な力を持って『紫の鏡』の都市伝説フォークロアを消滅させた『ティンダロスの猟犬』は対抗神話カウンターロアではなかった。

 では目の前の『ティンダロスの猟犬』は一体なんであるのか。音葉の知識に『それ』はなかった。


「我らは似て非なるもの。対抗ではなく対攻するもの。私は人が作り出した神話に棲まう者」

「それは、どういう……」

「無理に知る必要はないさ。……さて、私はそろそろ戻ろう」


 音葉の疑問にそれ以上答える事はせず、女性ティンダロスは会話を切った。


「そんな……!」


 自らを襲った理不尽と、それを救った理不尽。

 その答えを知りたいと願う音葉はそれを止めようとするが、止める事は叶わない。

 背を向けた女性ティンダロスは音葉の目の前で、一瞬にして消え去ってしまう。

 ただ、残響のように声だけを残して。


「人が都市伝説フォークロアに対抗するには対抗神話カウンターロアを知らなくてはならない。けれど対抗神話カウンターロアを知る事は都市伝説フォークロアを知る事。それは深淵を覗く事に他ならない。君が奴らを知れば知るほど、奴らも君を知るだろう」


 そして、夜の田舎道には砂と擦り傷に汚れた音葉だけが残された。




 ◇                     ◇




 命の危機とかつて経験した事のない恐怖から音葉は呆然としたまま自宅のマンションに帰ると、全てが夢であったら良いと願って眠りについた。

 翌日、目が覚めた音葉の目に映った砂と血で汚れた服。そして治りかけの手足の擦り傷が、昨夜の体験が夢でない事を物語っていた。

 未だに夢見心地のまま、音葉はルーチンに従って食事を取り、大学に向かうため、昨夜とは別の道を通って駅から電車に乗り込んだ。


(『ティンダロスの猟犬』……)


 電車に揺られながらも音葉はスマートフォンに女性ティンダロスが言った彼女たちの総称を打ち込んだ。


「『クトゥルフ神話』……?」


 表示された単語を思わず声に出し、慌てて口を押えるとスマートフォンの操作を続ける。


『クトゥルフ神話』。

 百年近く前に一人の青年によって創作された、小説を基にした架空の神話体系。

 まことしやかに語られる都市伝説フォークロアと違い、明確な個人によって作られた、完全な創作。

 その事実は音葉にさらなる混乱を呼び込んだ。

 時間を忘れ、音葉はネットに散らばる『クトゥルフ神話』の、そして『ティンダロスの猟犬』についての情報を集めていく。


(時間の角に棲む、邪悪な魔物……時間遡行タイムトラベルや過去視をした者を補足し、永遠に追い続ける猟犬……)


 女性ティンダロスは音葉を襲った『紫の鏡』は特例だと言った。

『紫の鏡』の都市伝説フォークロアには時間の流れに逆らうような記述はない。

 けれど、音葉と『紫の鏡』の少女の時間に関する認識のズレが、時間のズレを生んだのだと言っていた。それが女性ティンダロスをあの場に呼んだのだと。


都市伝説フォークロアが真実だったように、『クトゥルフ神話』も真実……? いや、でもあの女性は人が作り出した神話だと言っていた……なら一体……)


 どれだけ考えても答えは出ない。

 普段こんなにも長時間スマートフォンを使った事のない音葉はやがて目の疲れと頭痛を感じ、スマートフォンをスリープモードに戻す。

 そしてはっとして電車に乗っていた事を思い出し、慌てて顔を上げれば丁度降りるはずの駅を電車が発車した所だった。

 しまった、と思いながらも時間には余裕がある。次の駅で降りようと決めて視線を下ろし、今度はスマートフォンに触れる事無く膝を見つめた。


「やあお姉さん、また会えたね」

「……!?」


 突然聞こえてきた声に驚き、また顔を上げて声の聞こえた方を見れば、昨日、居酒屋で出会った少年が真向かいの座席に座っていた。


「あなたは……」


『紫の鏡』の都市伝説フォークロアを語った少年。

 音葉が『紫の鏡』の対象にはならない二十歳と知っていたとはいえ、少年が昨夜の事件と無関係だとは思えなかった。

 警戒し、助けを呼べるように視線を彷徨わせるが、不可思議な事に県の中心部へと向かう朝の電車にも関わらず、車両には音葉と少年の姿しかなかった。


「ボクかい? 名乗ってもいいんだけど……現代じゃネットですぐに調べがついちゃうから面白くないな。だからそうだね、ボクの事は大師たいしとでも呼んでよ」


 名前を聞いた訳ではない事は分かっているだろうが、少年――大師は楽しげにそう名乗った。

 こうして再び大師と相対しても、昨夜の『紫の鏡』のような本能的な恐怖も、『ティンダロスの猟犬』のような存在感も大師からは感じない。

 それでもこの異様な状況下で、音葉は警戒を解く事はできなかった。


「お姉さん、昨日はどうだった? いや、それとも今日かな? 成人して何かが変わったかい?」


 大師の口ぶりは音葉と『紫の鏡』の少女の間にあった認識のズレも把握していた事を示していた。


「……どうして、私にあんな話をしたんですか。あなたは、私を殺しに来たんですか……?」

「そんなつもりはないよ。ボクは誰かを殺すなんてした事がないし、これからもするつもりはないさ」

「でも、私は昨日死ぬ所でした」

「うん、そうだね。でもお姉さんは生きている。勿論、もしも昨日お姉さんが死んでも、ボクは殺してなんていない、なんて言うつもりはないよ。もしも昨日お姉さんが死んでしまったら、ボクは間違いなく殺人者だ。よかったね、ボクは殺人を犯さなくてよかった。お姉さんは生きていてよかった」


 悪びれもせず、大師は笑う。その笑みから悪意を感じ取る事は出来ない。

 大師と音葉。二人だけを乗せて走る電車から逃げる事は出来ないと悟った音葉はせめて、と大師に尋ねた。


「……都市伝説フォークロアとは何なんですか? 『ティンダロスの猟犬』、『クトゥルフ神話』とは一体……何なんですか?」

都市伝説フォークロア都市伝説フォークロアさ。お姉さんが知っている通り、体験した通りのものだ。嘘か真か、人の噂が作るものだよ」


 大師は音葉が望むような答えを出してはくれない。それは悪意なのか、それとも笑み通りの愉悦の為かは判断できない。


「『ティンダロスの猟犬』についてはボクもお姉さんが知った以上の事はほとんど知らないよ。遭ったのは随分と昔の事だからね。特に意識したわけでもないけれど、どうやらボクは彼女たちには捕捉されないようなんだ。『イース』と同じようなものかな」

「『イース』……? たしかそれは……」


 先程まで調べていた『クトゥルフ神話』の中に、その名前があったはずだ。

『イースの大いなる種族』。

 異なる時代や場所の生命体を精神を入れ替え、知識を探究し続ける種族。

 そこまで思い出し、確かに『イース』は『ティンダロスの猟犬』に捕捉される条件……ある種の時間遡行タイムトラベルを行っているにも関わらず、その『ティンダロスの猟犬』に関わる記述はなかった。


「あなたも、タイムトラベラー……?」

「さて、それはどうだろうね。『ティンダロスの猟犬』が狙うのはタイムトラベラーだけじゃない。如何なる方法であれ、過去や未来をればそれだけでおいかけっこが始まってしまうから。でも、それもおかしな話だと思わないかい? 今の人間は明日の天気を簡単に言い当てる。このまま温暖化や環境破壊が進めば自分たちが滅びてしまう事を知っている。それも未来予知じゃないのかな?」

「……それは、ただの計算です。科学の進歩で未来を予知してるように見えても、やっている事は大昔から変わらない計算と予測です」

「成程。でも聞いた事はないかい? 進歩しすぎた科学は魔法と変わらない。もしかしたらいつかは科学の恩恵を受けている人類全てが『ティンダロスの猟犬』に狙われる事になるかもしれないね」


 法の道を志す学生のサガなのか、音葉は大師の言葉にさらに否定を重ねた。


「科学の進歩に『すぎる』はありません。もしもいつか物語にあるような魔法と同じ事が出来るようになっても、きっとその時代にはその時代の、新しい魔法が物語として語られるはずです。人はいつになっても物語に、神話にあるような魔法なんて使えないはずです」

「ロマンチックな考え方だね」


 あっさりと大師は音葉の否定を受け入れ、そんな感想を口にした。

 それを聞いて恥ずかしくなったのか、音葉の頬が僅かに赤く染まった。


「恥ずかしがる事はない。素敵な考え方だと思うよ。でもそうだね、女性に恥をかかせてしまったんだ、お詫びをしないといけないね。さて、お姉さん」


 悪びれもなく大師はそう言って、昨夜のような語り口で『それ』を口にした。


「『猿夢』って知っているかい?」


 その瞬間、電車はこの路線にはないはずのトンネルへと突入した。

 そしてすぐに、車内にアナウンスが流れた。


『次は活け造り~活け造り~』


 生気の感じさせない、男の声と聞いた事もない案内アナウンス。

 思わずアナウンスを発するスピーカーを探して視線を上に上げると同時に音葉は昨夜感じたのと同じ、本能的な恐怖を感じた。


「それじゃあねお姉さん」


 再び大師に視線を戻すと、いつの間にか大師の横に人間ではない、小人のような、昔絵本で読んだゴブリンのような生物が四人、ボロきれを纏ってそれぞれ異なる包丁を持って立っていた。


「また会えたら嬉しいな」


 大師の別れの言葉と共に、その小人たちは包丁を振りかぶりながら大師へと群がった。


「ッ……!」


 小人たちに群がられた大師の姿が隠れる。

 姿の隠れた大師がどうなっているのか、それはすぐに分かった。

 鼻をつく強烈な臭気。昨夜、女性ティンダロスが現れる前兆の不浄な匂いとはまた違う、けれど決して人が嗅いでいて良いものではない臭い。強烈な、血の匂い。

 そして大師の結末を現すのは臭いだけに留まらない。


「っ、あ……」


 群がる小人たちの隙間から真っ赤な鮮血が飛び散り、車内の床を、窓を汚す。


「ひっ……!?」


 ベチャリ、と鮮血とは違う、確かな重量感を感じる音と共に、大師の物であろう何処かの内臓が音葉の足元に散らばった。

 あまりにもグロテスクでショッキングな光景に、音葉は気が遠くなっていくのを感じ、そのまま意識を手放した。

 その直前に見たのは、アナウンス通りの大師だったモノの姿。血と肉の塊の、活け造りだった。




 音葉が意識を取り戻したのは、ガタンゴトンと揺れる電車の車内だった。

 電車が走るのはトンネルではない、見覚えのある景色。車内の席は乗客で埋まっていた。


「……!」


 アナウンスが鳴る直前のあの特有のザザッというノイズが聞こえ、音葉の肩が跳ねた。


『まもなく~』


 アナウンスが報せたのはいつも降りる、大学の最寄り駅の一つ先の駅。

 そこでようやく音葉は夢を見ていた事に気づく。汗がじっとりと背中を濡らしていた。


(今のは本当に……ただの夢……?)


 夢とは睡眠時に脳が見せる映像。記憶と知識、そして想像によって作られるもの。

 けれど、最後に見たあの光景は。音葉の脳にはあんなモノを想像させる記憶も知識もなかった。


「『猿夢』……」


 音葉の呟きは到着のアナウンスにかき消され、誰の耳にも届かなかった。




 ◇                     ◇




 下り電車に乗り、一駅戻ると音葉は普段よりも少し遅い時間に大学の講義室に入室した。

 しかし音葉の頭にあるのはこの後の講義の事などではない。

 隅の空席を見つけて座るとすぐにスマートフォンを取り出し、頭痛を無視して再びキーワードを打ち込んだ。

 夢の中で大師の言った言葉、『猿夢』と。


『猿夢』。

 比較的最近になって広まった都市伝説。

『紫の鏡』や『口裂け女』と違い、ある意味で発祥がはっきりと明らかになっている都市伝説フォークロアである。

 その発祥は、近年では電脳都市伝説ネットロアという新たな形態としての名を持つ都市伝説フォークロアの多くと同じ、インターネットの大型掲示板。


 とある男が夢を見た。

 それは夢見る本人が夢だと分かる、明晰夢だった。

 夢の中で遊園地で見るような『猿』の電車に揺られる男はこの光景は子供の時に見た物だ、と夢を分析する。

 そんな時流れる生気のない男のアナウンス。

『次は活け造り』

 男の二つ後ろに座るもう一人の男が、悲鳴と血飛沫を上げながらそのアナウンス通りの姿となった。

『次は抉り出し』

 男の後ろに座る女性が、歯の付いた二つのスプーンでアナウンスの通り、二つの目を抉り出された。

『次は挽き肉』

 男は念じた、これは夢。夢なら覚めろ。ウィーンという機械の音と振動を感じながら、男は必死に念じた。今まで見た明晰夢では、そう念じれば起きる事が出来たからだ。

 その願いは通じ、男は目覚めた。寝汗をびっしょりとかきながら、恐ろしい夢だったと胸を撫で下ろした。

 あれは本当に夢だったのだろうか。あの悲鳴は、あの臭いは、あの振動は、夢であって夢ではなかった。

 もしもまたあの夢を見たら、次はもう自分の番。次もまた、目覚める事が出来るだろうか。

 もしも目覚める事ができなければ、自分もアナウンスの通りに……。


『猿夢』の概要を読み終えた時、音葉は汗が背中を流れるのを感じた。

 その理由は二つ。

 一つは音葉はこの『猿夢』の男のように夢を夢と認識する明晰夢を見た事がなかった事。先程見た夢のように、夢だと気づけないかもしれない。気づいたとしても、目を覚ます事が出来るか分からなかった。

 そしてもう一つは、この都市伝説フォークロアに登場する人間は三人だと言う事。

 先程の夢で夢だと気づけなかった音葉は、果たしてこれを語る男の、助かった男の立場であるのか。

 一人目の男の立場は大師だった。車内に居たのは音葉と大師の二人だけ。……本当に?

 音葉は気づかないだけで、もう一人男が乗っていたのではないか。アレが夢だと気づいている男がもう一人、居たのではないか。


(この『猿夢』と細部は違う……。私が乗っていたのは普通の電車だった。でも、状況が似通い過ぎてる……『紫の鏡』にも『イルカ島』や『血まみれコックさん』っていう派生があった。あの夢が『猿夢』なのは多分、間違いない)


 もしもこの『猿夢』が音葉が出遭う最初の都市伝説フォークロアだったならば、ただの夢だと気にもしなかっただろう。

 けれど音葉は既に知っている。もう一つの都市伝説フォークロアの存在を。夢である、と切り捨てる事は出来なかった。


(私が語り部の男なのか、それとも二人目の乗客なのかは分からない……でも、男と同じ方法が使えるかは分からない……男の対抗神話カウンターロアは、使えない)


 都市伝説フォークロアという未知。

 たった一度の経験しかない音葉には、あまりにも強大で強力な、理不尽フォークロアだった。

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