ロア・ロア・ロア! ~都市伝説が消えるワケ~

詩野

紫の鏡

出逢い

 原因が何か、と問われれば自分に違いない。

 自らが置かれた状況を理解しながらも、久守くもり音葉おとはは自分でも不思議な事にそう冷静に考えていた。

 背後から迫り来る脅威を確かに感じながらも、初めての経験に晒されながらも、意識は回想していく。




 ◇                     ◇




 久守音葉はとある県の大学に通う学生である。

 それなりに有名な大学の法学部、将来はその道を志す、それなりに優秀な生徒だった。

 少し自画自賛になっている気もするが、それなり、と謙虚な姿勢を取っているので良しとして、もう少し振り返りを続けよう。

 久守音葉には昔から、俗に言う霊感というものが備わっていた。夏の特番に出て来る能力者たちのように霊視したりだとか、その土地に足を踏み入れた途端に何かを感じたり、という程ではない。ただ人ならざる者の声を聴くことが幼い頃から出来た。

 もっとも本人は霊なんていうオカルトには否定的である。霊を信じるのも神仏を信じるのも個人の自由だが、少なくとも私は信じない。悼む事はする。祈りもする。けれど、心の底からは信じられない。そういうスタンスで生きてきた。

 墓地から聞こえてくる呻き声も、道端に供えられた花の傍を通ると聞こえる子供の泣き声も、科学的に説明できる何かである、と。私は理系じゃないからその道の人がいつか論文にでもして発表してくれるのを心の片隅で待ち望んでいる、普通の女性だった。

 少し振り返り過ぎた。もう少し最近までで良い。

 久守音葉は明日、二十歳の誕生日を迎える。法律的に成人したのは今日の零時だが、そんな豆知識をひけらかす気もないので素直に明日で二十歳、成人を迎える事にしておく。

 とはいえ一人暮らしで両親とも音沙汰なし、誕生日を吹聴する趣味もなければ機会もなかった。祝いがないのは少し寂しいが、それはまあ年が明ければ成人式を自治体が行ってくれる。だから普通に過ごそう。誰に言い訳するでもなくそう決めて、彼女は今日もつつがなく学業を終えた。

 そう決めたはずなのに、やはり寂しかったのか、それとも合法的になったからか、彼女は大学を終え、電車を二つ乗り継いで六駅、最寄駅からの帰り道でいつも通り掛かっていた大人な飲食店に立ち寄った。つまりは居酒屋であるのだが。ちなみにその向かいにあるバーに立ち寄る勇気はなかった。

 まだ比較的早い時間だったからだろう、店内はまばらに数グループの客が居るだけで閑散としていた。店員に一人でも大丈夫だと確認を取り、案内されたカウンターで生まれた初めて、アルコールを注文した。幼い頃にも神事で一口のお酒を口にした事はある(神事でのお酒は宗教儀式であり、特定の場合に限り法律違反には当たらない事を知ったのは高校生の頃だった、がやはりそんな豆知識を披露する機会がなかった)が、誰に勧められるでもなく自分で飲むのは初めてだった。

 初めてのお酒を口にして分かった事は、これから先自分は好んで飲むことはないだろうな、という事。一度の飲酒、数杯のアルコールで分かった気になるつもりはないが、あまり美味しいとは思わなかったし、酩酊状態も気持ちが良いとは思えなかった。勧められれば断りはしないが、こうして自分で立ち寄るのはこれが最初で最後だろう。酔いが回ってぼんやりとした頭でグラスを傾けながらそう思った。

 どれぐらいそうしていたのか、いつの間にか店内が賑わい始めた事に気づくと音葉は最後に残った僅かなワインを飲み干し、席を立とうとした。

 その時だった、いつの間に座っていたのか、隣の席に居た男性に声を掛けられたのは。


『お酒に慣れてないなら、酔い冷ましをしていった方がいいよ』


 酔いのせいか、記憶が曖昧だが比較的若い、ともすれば幼いような風貌だった気がする。


『お冷を一杯、ボクの与太話を一つ。そしたらきっと、酔いも少しはマシになるさ』


 明らかに怪しい、下心のありそうな彼の言葉に耳を貸したのは何故だったか、酔いのせいか、風貌のせいか、それとも自分の身を案じてくれたからか。理由はもう定かではないが、音葉は彼の言う与太話に耳を傾けた。


『お酒は良いよね。好きな人も嫌いな人も関係なく、飲めば嫌な事を一時でも忘れさせてくれる。まあお姉さんはそういうつもりじゃなさそうだけど』


 どうしてそう思ったのかを尋ねた気がする。


『お姉さんは若くて奇麗だし、それに味わうように飲んでたし、注文する時もおっかなびっくりだったし、何となく成人したてだと思っただけだよ』


 ずばり正解。同時にそんな様子を見られた事が少し恥ずかしく感じた気がした。


『あ、やっぱり? それは良かった。ボクも予想が当たって良かった、お姉さんも二十歳になって良かった。おめでとう、お姉さん。うん、それならこの御話がいいかな』


 彼は楽しそうに笑い、その『言葉』を口にした。


『ねえお姉さん。『紫の鏡』って覚えてるかい?』


 覚えてるも何も、聞いたことがない。そう答えた。


『おや残念。でも良かった。ボクはオチを知られなくて良かった。お姉さんも知らないフリをして付き合わなくて良かった。おめでとう、お姉さん。これでまた一つ、無駄知識が増えるよ』


 彼はそれから語り始めた御話はあまり覚えていない。そもそも風貌すら曖昧なのだ、話の内容なんて右から左に抜けてしまっている。

 ただ一つ、覚えている事がある。


『二十歳の誕生日まで『紫の鏡』って言葉を覚えているとね、死んでしまうんだよ。『紫の鏡』を作ってしまった女の子がね、自分の間違いをなかった事にする為に、大人になっても覚えている人の所を訪れて、殺してしまうんだ。いいかい、お姉さん? 『紫の鏡』だ。もしも未成年の子が居ても、話して怖がらせては駄目だよ?』


 それを聞き終える頃、彼の言う通り酔いは冷めていった。

 法で許されたとしても、自分がとても悪い事をしているような気がして、それを叱られているような気がして、酔いが引いていった。

 立ち上がった音葉を彼は手を振って見送った。

 ああ、そうだ、やはり彼は若いというより幼い、少年だった。




 ◇                     ◇




 つい数時間前の回想を終えると、久守音葉の意識が現実へと帰って来る。

 その最中も無意識に足を動かして、必死に走り続けていた。

 何故か、と彼女に問えばそれを説明している余裕はないと答えるだろう(答えられないだろう)。ただ単純な言葉で言い表せる事実だが、今の音葉にはそれを口にする余裕すらなかった。

 だから説明しよう。彼女は走っている。

 背後から迫り来る、『紫の鏡』を持った少女から逃げる為に。


「はぁっ、はぁっ……げほっ、ごほっ! はぁっ、はぁっ……!」


 汗と涙で髪が額に張り付く。視界を滲ませる。

 それでも走り続けるのは、本能的な恐怖から逃げる為。立ち止まればこれから歩むであろう長い人生も其処で止まるだろうと感じているから。


(なんで……!? 今まで、『声』が聞こえた事はあった……! でも、『姿』を見るなんて、なかったのに!?)


 もしも今まで聞いてきた『声』が科学的な説明のつかない何かだったとしても、その『姿』を見る事は一度としてなかった。

 だが確かに今、音葉は追われている。

 街灯がポツリポツリと点在する田舎道で、曲がり角に設置されたカーブミラーを横切る度、確かにその『姿』が視界に入る。

  『紫の鏡』、紫色に塗られた小さな手鏡を両手で持った、和装の少女が、少しずつ、着実に音葉を追って近づいている。


『あなたも覚えているんだ。私の悪戯を』


 どれだけ走り続けているのか、まだ見覚えのある景色だという事は十分程度しか経っていないはずなのに、酷く長く感じる。

 何度も同じ言葉を繰り返す少女の『声』が、先程よりも近くに聞こえる。


『もう大人になるのに。子供の悪戯をいつまでもいつまでも』


 追いつかれ始めている事を知っていても、振り向く事は出来なかった。

 振り向けば、すぐにでも追いつかれてしまいそうで。初めて直視する得体の知れない何かの恐怖に怯え、足が竦んでしまいそうで。


『ねえどうして? どうしてみんな、私の悪戯を忘れてくれないの? いっぱい反省したよ。いっぱい後悔したよ。なのにどうして?』


 少女の問い掛けに答える事は出来ない。耳を貸し、言葉を返してしまえばより一層の恐怖が襲ってきてしまいそうで。


『大人たちは私をいっぱい叱ったよ。許してなんてくれなかった。何人も何人も、大人は私を叱った。だからもう嫌。これ以上大人が増えるのは嫌』


 叱るつもりなんてない。あなたの事を聞いたのは今日が初めてで、名前も何も知らない。そう弁解したくても、出来ない。


『私の悪戯を知っている大人はいらない。私を怒る大人なんていらない』


 誰かに助けを求めなくてはいけない。けれど、この民家のない田舎道を抜けるのにはさらに十分は掛かる。苦だと思った事のないこの夜道が、今はどうしようもなく遠い。遠すぎた。


『あなたも、いらない』


 その少女の声とは思えないほど低く、暗い声は音葉のすぐ耳元で囁かれた。


「っ――!?」


 確かに感じる冷たい息遣いに音葉の恐怖がピークを迎える。

 限界を超えた恐怖は、疲労した足をもつれさせる。音葉の体は砂利道へと倒れ、服を汚し、擦り傷を無数に作り出した。

 痛みを感じながら、それを無視して立ち上がろうと砂利を握りしめ、力を込めた。


『あなたが大人になる前に』

「っ、あ……」


 前を向こうと顔を上げると、何も映す事のない『紫の鏡』が視界一杯に広がっていた。


『お水を頂戴』


 鏡が視界から消え、病的に白い少女の顔が覗く。

 パキッと氷が割れるような音と共に少女は触れる事無く鏡を割ると、眼前の地面へと落ちた鏡の破片を手に取った。


『紫を塗りつぶす、真っ赤なお水を』


 少女の口が釣り上がり、同時に鏡の破片を持つ手が振り上げられた。


(い、やだ……)


 思えば先ほどまでの回想こそが、走馬燈だったのかもしれない。少女と出会った時から始まる死の直前に見た、走馬燈。

 だからだろう、今際の際の音葉の思考はただ、死にたくないという思いだけだった。


(嫌だ……!)


 恐怖から瞳を固く閉じ、それだけで埋まった思考は何も打開策を打ち出す事はない。

 時間の流れがゆっくりと感じる事もなく、一瞬は一瞬でしかなく、音葉の終わりは刹那に迫っている。


 ……けれど、流れない。

 走馬燈も、そして真っ赤な血も。

 流れる事はなかった。

 ただ一つ、周囲に流れる新たな事象。その前兆は醜悪な匂いとして現れる。

 今まで嗅いだ事のない、言い表すことの出来ない匂いという形で。

 その匂いは恐怖していた音葉にすら届いた。

 恐怖すら関係なく、反射的に鼻を押さえてしまうような不浄な臭いによって、音葉の体は自由を取り戻した。


「っ……?」


 ゆっくりと、閉じていた瞳を開く。

 僅かに視界が開けた瞬間、音葉は瞳を見開いた。


『え、あ……?』


 視界に飛び込んできたのは腕だ。

 振り上げられた少女の腕ではない。その振り上げられた腕、その先に握られた『紫の鏡』の破片、其処から生えたとしか形容の出来ない生じ方をした一本の細い腕が、和装の少女の小さな体を貫いていた。


「な……」


 理解できない現象に、少女も音葉も声にもならない戸惑いが音として口から零れた。


「これで大体二十年くらい? まあ良いタイムかな」


 ただ一つ、意味を成す言葉を発する存在。少女を貫く腕の持ち主が、その全身を鏡の破片から表す。

 その全貌が明らかになるにつれ、周囲に漂っていた醜悪な匂いが霧散していく。

 匂いという前兆は終わり、全貌という事象が姿を現す。

 形容するならば黒。

 少女の黒髪よりもさらに黒い、地面に着きそうな程に長い漆黒の髪。

 少女を貫いている腕とは逆の左腕、その手首から先、そして両足首の先もまた漆黒の毛で覆われていた。


「随分待たせたかもしれないけど、間に合ったから勘弁してくれる?」


 自らが貫いている少女の事を気にする事もなく、漆黒のヒトガタは音葉の方を振り向いた。

 漆黒の毛髪と薄汚れた布切れを纏ったその姿の中で、ただ一つ、その瞳だけが鮮やかな青の煌きを宿している。

 その瞳と目が合った瞬間、音葉は光すら飲み込んでしまいそうな漆黒の中に輝く青い光に、恐怖を忘れて惹きつけられた。


「あな、たは……」


 擦れた声で、辛うじて音葉は言葉を紡いだ。先程まで自らに死を齎すはずだった少女を貫いた、この空間での絶対的な上位者に向かって。


「生憎と人に名乗れる名を持ち合わせていないんだ。けれど人は我らに総称を付けた」


 楽しげに、そして誇らしげにそのヒトガタは笑い、胸を張った。僅かに凹凸のあるその体が、ヒトガタが女性である事を主張していた。


「人は我らをこう呼んだ――」

『憎らしい……妬ましい……狂おしい……!』


 漆黒の女性が名乗る直前、それを遮る声があった。先程も聞いた、低く暗い声。

 胸を貫かれても尚、和装の少女は憎悪の籠った視線を音葉に向けていた。


『私を、この鏡を知る子供が、大人に成ろうとしている……許せない。絶対に、そんな事は許さない……!』

「ん……?」


 怨嗟の声と共に『紫の鏡』の破片を自らを貫く女性に突き立てると、宙づりになっていた少女は後退し、ズルッと腕を体から抜いた。


『あなたも、そしてそれを邪魔するお前も……絶対に許さない!』


 腕が抜かれた其処には穴が開き、しかし血が出る事も、穴の先を見通すこともできない。ただ混沌とした渦のような物が広がっている。


『……! 何だ……何なんだ、お前は!?』

「化けの皮が剥がれて来てるぞ、骨董品」


 女性は腕に刺さった鏡の破片を抜くと、それを適当に投げ捨てる。女性からも血が流れる事はなかった。

 ただ少女と違うのは、鏡の破片は突き刺さっていても、女性を傷つける事が出来ていないという事だ。


『今まで私を邪魔するモノはなかった! 忌まわしい『あの言葉』だけが私の障害だった! なのになんで!』

「だろうね。今までお前の行為を捕捉する事は私には出来なかった。私の管轄外だったし、お前はもう影が薄すぎて他の奴らも中々気づかなったんだろうさ」


 肩を竦める女性から余裕が消えることはない。音葉が震えていた恐怖そのものに対し、女性は一切の恐怖を感じていない。


「だけど今回は特例だ。お前は『時間』を侵した。定められているはずのルールを侵した。侵すのは我らの領分だというのに。だから私に捕捉されたんだよ」

『何を……』

「『紫の鏡』。その言葉を二十の歳を重ねるまで覚えていた者に訪れる避けられない死。それがお前だろ?」

『そうだ……! 私を知る子供が大人に変わる前に、私は……!』


 朦朧とした意識の中で聞いた、少年の御話。


『紫の鏡』。その言葉を二十歳まで覚えていた時、その人に死が訪れる。

 それを避ける方法はただ一つ。だが、それを少年は音葉に教えなかった。だから音葉の死は避けられない絶対であるはずだった。


「だけどこの子は違う。この子は既に自らが歳を重ねている事を知っている。お前は対象を誤ったのさ」

『違う! まだ数刻、後数刻の間だけ、ソレは子供だ! 私と同じ、何も知らない幼子のままだ!』

「はっ、古びて廃れてカビの生えかけた骨董品が何を言ってるんだか。だがまあ、お前の言う事も分かるよ。今まではそれで上手くいっていたんだからな。確かに時の流れる早さはこの世では不変の物、だけど歳を重ねる早さは違う。知っている者にとってはそれは今日であり、知らない者にとってはお前も含めて明日である。この子を含めて一定数の者が『あの言葉』とやらを知らない為にお前が未だに存続しているように、この子を含めて一定数の者たちがそれを知っている」


 余裕を崩さない女性の姿に僅かに冷静さを取り戻した音葉も気付く、少年の御話と彼女の話を聞いて、それに思い至る。


「……民法143条、第2項……年齢は出生の日から起算するものとし、初日不算入の例外を定めている……よって、応当する日の前日に満了する……?」


 今よりも昔、高校時代に偶然知った、とある条文。思い至ればそらんじる事も出来るそれが示す意味。


「そう。知っている者にとってだけ、歳を重ねる時間が知らない者よりもたった一日だけ早いのさ」


 誰にも披露する事のなかった、単なる雑学、豆知識。

 知っている者はそう多くない、それも知っていたからこそ、音葉は少年に叱られているような気がしたのだ。


『ふざ、けるな……! そんなッ、人が決めたルールなんて!』

「自覚を持ってルールを侵すなら、お前はもう終わりだよ。遅かれ早かれ終わる運命だった。元より人に生み出されたお前が、人の定めたルールに歯向かう事は許されない。知らないお前が知るこの子に手を出した。それはつまり、『時間』を捻じ曲げたと同じ。だからこうして私に捕捉された」


 和装の少女と音葉にあった認識のズレ。それに関しては音葉にも理解出来た。

 だが、ではこの女性は?

 時間という概念を捻じ曲げ、音葉を襲った少女を捕捉したと言うこの漆黒の女性は一体、何なのか。


「さて、もういいだろう? 終わりの時間だ、骨董品」

『終わらない……終わるものか! 『あの言葉』を知らない者を、私は決して逃しはしない!』


 理不尽にして絶対な死。それを知らぬ者には決して避けられない運命を齎す少女は凄惨な笑みと共に、割れた鏡を地面へと叩きつけた。

 飛び散った破片が、女性が放り投げた破片が、少女の意思の下に空中へと浮かび上がり、その鋭利な角を音葉と女性へと向ける。


「……!」


 その光景に音葉が息を飲んだ。ただの破片ではない。超常的な力に操られた、超常的な力を秘めた鋭利な刃。どれだけ小さな刃だろうと、アレに触れれば自分の命は終わると、本能が告げていた。


『大人になる前に……私の気持ちが分からなくなる前に! 消えていなくなれ!」


 少女の叫びと共にその死の刃が音葉と女性に飛来する。

 無駄だと知りながら、音葉は両手で顔を庇った。


「っと、自己紹介の続きがまだだったね」


 そんな音葉の耳に変わらない女性の声が届く。


「私には名乗れる名はない。けれど人は我らをこう名付け、こう呼んだ。宇宙の邪悪さ全てを餓えたこの身に集約せし魔物――」


 バキン、と少女が割った音よりも確実に、致命的な音が鳴り響いた。

 両腕を下げると見える、漆黒の女性。

 その青い瞳の片方を閉じて、女性は笑みと誇りと共に告げる。


「――『ティンダロスの猟犬』、と」



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