第47話 夜食

「これがミスリルゴーレムの核ですか。実に美しい」皮鎧の御者がミスリル核を手に取り、じいと眺めている。


 坑道から戻って数時間、入口傍の小屋で食事を取っていた。馬車の御者がすっかり準備をしてくれていたので芳醇な香りのする野菜たっぷりで牛の干し肉入りのスープにありつく事が出来た。テーブルも椅子もない質素な場所だったが中央のスープ鍋を吊るした囲炉裏を皆で囲み、藁の座布団を敷き十分に暖かな空間だ。


 感覚の鋭いヨカゼとミゼラが二か所の櫓で夜の山間を見張りしてくれているため、今は部隊の四人と御者の二人で今日の顛末を話していた。


「さすがですなあコーエン殿!これだけの人数でゴーレムの群れを討伐して見せるとは!」フード付きの鎖帷子の御者はスープを啜りながら称賛する。


 壁際に置かれた皆のバックパックには手に入れたゴーレムの核が覗いて見えている。新たな刑軍部隊の初日としては言われるまでもなく上々の結果だった。


 御者の経歴はどちらも各地を巡った戦士だ。信の置ける者だからと内務大臣直々に説明され受け入れたが、恐らく都市古参の戦士なのだろう。値踏みローブにまでその素性を確かめに行った私は疑心暗鬼が過ぎるだろうか。少なくとも悪印象ではあろうが。


「全てではありません。第二階層まででしたから次は増援と共にもっと深層へ進みたいですね」


「おっさん達はジェリスヒルの兵隊か?」とゼンキ。


「ああ」歳は30くらいか、皮鎧の御者・カッサーノは落ち着いた印象だ。手元に小説なんかも置いている。


「いやあ幸運だよ、こんなに女性の多い部隊を運ぶ御者の任務とはなあ!前線で騎兵やってたのが嘘のようだ。がっはっは!」こちらは40近いか、フード付きの鎖帷子・モイーズは髭面で声が大きい。豪放磊落で戦士らしい戦士といったところ。


「こちらのお二人は雷鳴殿の軍ですよ」アイナが紹介する。


「かのウィル・バジール侯の軍でしたか、それはさぞかし手練れの方々なのでしょうね」とジノ。


「誰だそのバジルって。野菜みてえな」


「バジールでしょ!」ミョウキはツッコミ役が定着してきた。白い仮面の裏の事情はもう皆が知っているがやはり視線は気になるようで、後ろを向いて座ってから仮面を上に傾けはぐはぐ食べている。


「ウィル・バジール侯は『雷鳴』の異名を持つ一等級騎士。20近い都市が同盟を結び、総兵力は100万人を超えるといわれる我らが『銀の鍵同盟』でも最強を謳われる人間の一人。ジェリスヒルの軍事の要です」


「決闘でもしたら地獄の番犬ケルベロスだろうと軽く掻っ捌くだろうな!」


「こちらが100、敵が500で戦ってても殿が来たら勝利を確信する」


「……そりゃ偉いこって」


「なんだ興味ないのか鬼の坊主。そういうバチバチした話が好きな頃だろう」鎖帷子のモイーズが笑顔で覗き込むように聞く。武勇伝を始めたくてうずうずしてるようだ。


「俺には関係ねえからな。あんたらと違って座る席の無い生まれなもんで」


 だがゼンキは突っぱねた。


「もう!この人たちに拗ねたってしょうがないでしょ!ごめんなさい、絶対やり直しますから!」


「謝ってんじゃねえよ。こっちは一日きっちり仕事してやったんだ」


「ぶっ飛ばされたじゃん!ぶぁーか!」


「最期に勝ちゃ勝ちなんだよ!お前なんて腹に貰って馬が唾吐く時みてえな声出してただろ『かはあ』ってよ」


 そして鬼同士で取っ組み合いを始めてしまった。最もミョウキが背後を取って首を絞め、ゼンキがどう抜けるのかともがく形だったが。



「すみません。いつもこの調子みたいで」


「今のはゼンキ君が悪いかなあ」ジノが判決を下す。


「構いませんよ。兵隊や身分持ちが嫌われるっていうのはごく一般的なことです、理解もできる。戦が止まないのは貧しさを生む大きな原因だ。倒し切れない、守り切れないという事実はとても重い」カッサーノが少し罪悪感がある様に目を逸らし答える。


「同情してんなら殺すぜ?おっさん」首を絞められながらオラつく。


「ゼンキ君。食事時くらいやんわりとしなさいよ、やんわりと」


「はっはっは!どれ、じゃあ明日にでも稽古をつけてやろう鬼の坊主。俺たちも雷鳴の直下部隊だ、トウドウほどではないが中々やるぞ?」モイーズはそう言ってスープをぐびぐび飲んだ。


「……あの野郎はライメイのチョッカブタイより強えのか」


「まあな。こいつなぞは直接やり合って見事負けてきた。昔から小説ばっかり読んでて稽古が足らんかったかな!」とからかわれ「そんな事はない」と差した指を下ろさせる。


「直接……?」そろそろ息が詰まってきているのではないだろうか。


「かつて我々の部隊が奴を追い詰めたのだが、ばったばった斬られてな。ヨカゼ・トウドウは殿が自ら戦い、捕らえた」


「そ、そうなんですか!?」アイナは驚いて身を乗り出した。


「……コーエン殿、もしやまだ知らぬのか?奴を従えて何か月も経つだろう」その反応に皮鎧も驚きで返す。


「聞く機会を失ってしまって……無理に話させては信を失うかもしれませんし……」


「ショクムタイマンだな……」


「シンボーエンリョでしょ!」


「どっちも違うのではないか」皮鎧のカッサーノが突っ込む。


「ほうほう……では私からは此処までですな。騎士殿のしおらしさに割り込んでは無粋が過ぎる。がっはっは!」と鎖帷子のモイーズは照準をアイナに変えた。


「えっ。そ、そういうのじゃないです!生き残ろうとギリギリだったんですから今まで!」


「まあまあまあ。がっはっは!」


「違いますってば!」


「アイナ様」


「何です!」


 突然きりと正座したジノには眼鏡を整え、何故か神妙な顔持ちになった。


「お気持ちはわかります。彼けっこう男前ですしあの通りの腕っぷしです、憧れるのも無理はない。しかし貴方はコーエン家の姫ですよ、お相手というのはしっかり調べて民にも祝福されるような相手でなければ。ただでさえごっつい借金持ちで喧嘩っ早そうで根無し草感が120%の男。統治とは無縁の性分でしょう。経歴すらもしっかり確認されていないのではルーガスタ民を代表して私は――」


「ア、アイナ様。ヨカゼさんのこと好きなんですか!?」ようやくゼンキを解放してジノの隣に飛んでくる。


 アイナはいい加減にしろと言わんばかりにレイピアを取って立ち上がった。


「ふんぬうううううううう!」



**



 小屋の外はざわざわと木々が鳴り、ひんやりとした夜風が吹いている。しかし、かつかつと梯子を上る音と芳醇なスープの香りが近づいてくるのは当然感じ取っていた。


「食事だ。トウドウ」皮鎧のカッサーノが櫓の頂上に顔を出した。


 鎖帷子のモイーズが若者たちをわいわいと翻弄してしまったので彼が見張りへの配膳を買って出たようだ。小屋ではまだ皆で痴話げんかをしているのかガヤついている。


「悪いな、そこ置いてくれ。あと逆側のダークエルフにも頼む」


「彼女は大丈夫だもう届けた。まず向こうに行くに決まってるだろ?即振られたがな。……まあ座ってゆっくり食え。私が見張る」


 断ることもないかとヨカゼは二畳ほどの櫓の中で座る。皮鎧の御者はぐるり周囲を何周か見渡してから柵に腰を預けた。


 どちらもペラペラと達者になるタイプでは無いようで黙々と食事を取り山々を見つめていた。だが、スープを半分ほど平らげたところで箸休めかとヨカゼが沈黙を破った。


「二年ぶりだな、アンタ」


「……驚いた、覚えているとは」


「人生で一番しくじった日だからな。頭にこびりついてる」


「私にとってもそうだ。剣が掠りもしなかったし一刀で斬り伏せられた。それなりに精鋭のつもりだったが貴様の前ではその他大勢の一人だった」


「互いに懺悔でもやってみるか?」


「いらないさ。そりゃあ友や家族を殺されて恨んでる奴もいるが、貴様はすべきことをしただけだ」


「……皆アンタみたいだったら楽なんだがな」


「それなりにファンもいるだろ、ある種の理想でもある。主従を越えて共に生き、派手に戦い、最期まで力を尽くした。戦士なら大体はお前みたいに生きてみたいと想像するものだ」


「結局主は死んでこの様だ。結末としちゃ落第もいいところだろ」


「それは今後次第だろう。まだ貴様は死んじゃいないのだから」


「言われた通りに稼ぐしか目的を持ってないボンクラだ。鼻で笑ってやがるだろうさ」


「……勤めを終えたら我が殿の軍に入るか?きっと喜んで受け入れる。私から進言しても構わん」


「それだけはねえよ」


「……だよなあ」

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