第46話 ミスリル・ゴーレム
第二階層を歩き回り、それぞれのバックパックにはごろごろと高純度の鉱石で覆われたゴーレムの核が入っている。アイオライト、ヒスイ、火打石や水晶玉と用途の広いクオーツ石、小型の個体だったが硬質のクロム鉱石の核も数個手に入れた。想定外の収穫だ。
むしろゴーレムの成長と繁殖を管理し意図的に放てば人を入れずして採掘を進められるのでは――?
発想を帰還したら進言してみるかと内心で上伸書を練る。魔物の利用計画は現場の感覚でなければ有効な案だとわからない。採用されれば都市政策への貢献として実績を稼ぐことが出来るかも。
皮算用しながらもこの階層の敵は一段落したようで、地図上の主要な通路や下層に降りる階段が崩落していないのを肉眼で確かめた。アイナは一日の作業としては十分と判断し「今日は引き上げましょう」と一行と共にと踵を返した。
どすん どすん
だが、どこで見落としたのか大物が残っていた。
どすん どすん
2メートルを超える体長、銀色をベースに照らされると淡い虹色に輝く巨躯。特徴的なことに腕が4本生えていて、王冠をかたどったようなギザギザ頭のゴーレム。ここの土くれの頭目かと思わせる勇壮な個体がずしん大股で距離を詰めてくる。一行が進んできた道を辿る様に、仲間のゴーレムの散った様を順繰りに見届けてきかたのように現れた。怪しく光る頭部の二つの十字は仲間の亡骸を見届け血涙を流しているように赤い。
「ミスリル……」アイナは当然すぐに気付いた。あの個体は毎日のように自分が身に付けている軽鎧と同じ輝きを放っているのだから。
先ずはゼンキが跳んだ。
ウォーハンマーの打撃面を裏返し、ツルハシ状になっている反対側で右肩の継ぎ目を狙う。数体を自力で倒してすっかり要領を得ていた。
しかし、がんと受け止めたのはゴーレムの腕。鬼の一撃に素早く反応しガードするように腕を畳み関節を守る。
そして強く踏み込み突進する。ゴーレムの四角く出っ張った肩で逆にタックルを貰い、巨体と挟まれるようにゼンキは土壁に押し付けられ、ぐぐぐと肩で押し潰されるように剛力を浴びた。
「ごはっ」
その挙動は今までの奴らとは格が違った。どこに焦点を合わせているのか手も足も子供の喧嘩のように振り回すだけだった格下とは雲泥の精度、明らかに意図をもって体を稼働させている。
しかも悪いことに四本も腕が生えている個体だ。二本でゼンキの腕を抑え、押し込んでいる肩には繋がっていない残った一本で顔面に鉄拳を食らわせようと構えた。
強力な組技からゼンキが脱したのは、見かねたミゼラの衝撃を起こす矢が巨体の膝裏に直撃してだ。膝裏で魔力が弾けるとミスリルゴーレムはバランスを失いごろりと転ぶ。じたばた足掻いた鬼の青年は希少鉱石の掌から逃れよろよろと壁から離れた。
「ちっくしょ……ごほっごほっ。……調子こくなよ石つぶてがああああ!」
直情な彼は間も置かず策も無く再び襲い掛かる。ハンマーを捨て乱暴に両手で斧を振り下ろした。
体を起こしたばかりの敵だったが今度は斧の大きな刃を片手で掴み止められた。「おらあああああ!」と腕の血管が浮き上がり目は血走り、異形との鍔迫り合いに全身の力を込める。ゴーレムもその意気に応じたか二本腕で斧の刃を掴み踏ん張った。
一歩も引かない両者だったが、徐々にゼンキが後ろに下げられる。踵が地面を掘り返し、ずずずと銅像でも運ぶように踏ん張った姿勢のまま体ごと押し込まれていく。
鬼が力比べで負ける――。
「一度離れなさいゼンキ!」
「うるせえええええ!」
「ゼンキだめえ!無茶しないで!まだ腕残ってるよ!」
ミョウキの言う通り斧を止めてなお自由な腕が左右に残されている。首でも閉めようかとゆらり前へ動いていた。
グオオオオ!
その状況を止めたのはヨカゼだった。
横入りして頭部の怪しく光る赤い十字に思い切り小型のツルハシを直撃させる。ギザギザ頭のゴーレムが「グウウウウ!」とよろめき斧から手が離れると、次はゼンキのロングコートの襟首を引っ掴んでぶんと後ろに投げた。雑に投げられ「ってえ!」と彼も斧を取り落とし二回転ほど地面を転がる。
「交代だ。押し負ける軟弱もんは見学してろ」
「んだとてめえ!」
「天井を崩して埋めちゃうのが一番楽ね」ミゼラが提案する。
「あれの核を手に入れないってのは刑軍失格だ。高純度のミスリルだぞ、体のパーツだって貴重だ。全部持って帰る」
「しゅ、守銭奴ザムライ」ミョウキはドン引きしている。
「好きに言っとけ」
「意欲だけでは稼げはしません。有効な案がないなら退却します。私たちの任務は既に達成条件を満たしていますから」
今度は私が試すように視線を送る。この人がやるというからには案はあるのだろうが、人的損害を出すような案は絶対に却下だ。
「勿論あるさ騎士殿。だが溜める時間がいるから少し時間稼ぎを頼む」
そう言って、なんということか自分はゼンキの斧を拾い上げて距離を取ってしまった。退くついでに私の肩をポンと叩き任せたと合図をしていく。
「え、私!?えええ!?」
「丸投げしたア!?」ミョウキが突っ込む。
「おいおいおい!何だいそりゃあ!」一番後ろで隠れていたジノも故郷の姫を矢面にという案に慌てて進み出た。
一度舌打ちしてゼンキはすぐさま起きた。この野郎、俺をあの女よりも下の戦力として扱いやがったと怒り心頭の顔をしているが、劣勢を晒した手前その感情を口には出さずウォーハンマーを拾って再三の攻撃を仕掛けにいく。
「矢じゃあのギチギチの関節には上手く入らないだろ。こいつに魔力を込めてくれ」ヨカゼは斧を差しだしミゼラに頼む。
「いいの?あの子たち」是非もないと刃に手を掲げ、ダークエルフは魔力を込め始めた。
「何とかなんだろ。四発は持つくらい濃く頼む」
「五発は余裕よ。狙うなら首、胸から生まれる魔力と命令系統のある頭部を分断して」
「首撥ねとは良いアドバイスだな。どんな敵にも有効そうだ」
「いつもこうなの?」
「今までなら逃げてたな。二人だけじゃあリスクがデカい。騎士は死なせられん」
「騎士だから?あの子だからでは?」
「……どうだろうな、貴族は嫌いなんだ。大してあいつに忠誠心がある訳でもない」
「ふうん、じゃあ彼女じゃないのね。あなたは青色の澄んだ魔力をしているから。誠実な者に多いのだけれど。誰かに純粋に尽くして練り上げたような切ない澄んだ色」
「魔力の色で過去が分かるのか?」
「とてもぼんやりと。誰かへの青い感情が溶け込んでいるわ」
「……もうそいつは死んだよ」
二メートルを超えるミスリルの塊は別々の動きをする四本の腕で器用に向き合い、囲むように立ちはだかった四人と交戦している。一撃一撃が骨の芯にまで響く重さ、要塞自体が動いて戦っているような理不尽な硬度のそれは、直撃した場合の深刻なダメージを想像させる。皆、間断なく動きながらも冷や汗が止まらずにいた。
「これっ。痛あああああ!」ジノは剣を数回合わせただけで衝撃で手が痺れるように痛み、戦場の洗礼を受けている。
「また殴られ役じゃないですかあ!」円盾で巨拳を受け流しただけで数歩後退させられたアイナが大声で愚痴る。
「アイナ様っ!」
「俺の一発の方が痛えだろが隊長様よお!」
アイナを守るようにミョウキが続いて飛んでくるラリアットを大盾で受け止め、ゼンキをそれをカバーするようにゴーレムのどてっ腹に向けてハンマーをぶち込んだ。最早一切の躊躇も油断もない全力はぐらりと巨体を一歩動かす。
「やるねえ少年!」
「とうぜ――」
言いかけた刹那、側頭に裏拳を食らいすっ飛ばされた。
「ゼンキ!」とつい駆け寄ろうとして目を逸らした隙、別の腕のラリアットでミョウキも飛ばされる。大盾は間に合わず思い切り腹に食らい「かはあっ」と立ち上がれない。
高攻撃力の敵との戦いはこういうものなのだろう。油断すれば碌な戦術もなく一瞬で状況を変えられてしまう危険性がある。
「えええ!おいおいおいおい!」頭数が減るも戦いを知らぬジノは頭の中に選択肢を持っておらず、付かず離れずの位置で剣を揺らし、威嚇のようなことしか出来ずにいる。
巨体は次の得物を見定め、アイナに詰め寄る。下の二本は守りを固めるように胸元で折りたたまれ、上の二本は肘関節が三六〇度動かせるのかぎゅんぎゅん旋回させている。
初任務から四か月ほどは経ったか。
多少は肝が据わったのだろう。突然の囮役に浮足立ったとしても状況に絶望する事はなくなっていた。鬼の二人は高い回復力を持つ。死ぬような事はないだろう、振り返る必要はない。
腕の軌道に真っすぐ受けては必ず体ごと持っていかれる。「軸」をずらさなければならない。デコボコだらけの地面だが可能な限りすり足で詰め、上体を前後左右に柔らかく曲げて回避する。円盾で掠らせるように当てて軌道をずらしその助けとする。
ヨカゼ・トウドウの体裁きをいくらか真似しているのだろう。ぎこちなくはあるがミスリスゴーレムの四本の攻めをいなし切っていた。そして、機と見たかレイピアを頭に刺し込む。
グオオオオ!
「よし!」
動ける。心臓は高鳴りっぱなしだが戦えている。もう子供のように心細く両手で握りしめることはない、ヴェルネリから教えられた刺突も実践している。誰も雛で居させてはくれないし、私もそのつもりはない――。
「アイナ様!」
しかし未熟は未熟。ジノの叫びではっと視野を広げる。ごり押しで後の先をとられた。相手はミスリル製の剛体、顔を刺しても致命傷にはならず反撃してくる――。
「ひええええええ!」ジノがアイナを狙った右下の腕に剣撃を加えてぎりぎりで出がけを抑えた。悲鳴を上げながら刃の向きも気にせず振り回す。
「ジノさん!」
「退いてくださいアイナ様あああ!うわあああああ!」
「……いえ、もう大丈夫です」
「へえええええ!?」
「これ以上待たせたら取り分を下げるところでした」
いつのまにかミスリルゴーレムの背後でヨカゼが振りかぶっていた。
「それだけは勘弁してくれ」
正確に首の付け根に斧を叩き込むとミゼラの魔力が炸裂した。その衝撃にヨカゼ自身もふわり浮き上がってしまったが、僅かに頭部と胴の間に隙間が出来たのを見逃さずすぐに距離を詰める。ゴリゴリと肩の前後が入れ替わる様に回して背後に正拳を繰り出してきたが「お生憎」とあっさり躱し、寸分違わず隙間に二発目を入れた。
グオオオオオオオ!
危険と判断したか今度は二本使って自分の首を囲い守ろうするも、それに合わせるようにミゼラが同時発射した三本の矢の衝撃で腕が跳ね上げられる。防御姿勢を作るのは失敗してヨカゼの攻撃をまともに食らった。
「す、凄おっ」倒れたままのミョウキは感心せずにいられなかった。
戦い慣れした二人が常にゴーレムの動きを読み切りまともに行動させない。はっきりと後頭部が胴体からめくれ上がったのを見て残弾に余裕有りと見たヨカゼは炸裂する斧を足に入れる。
ゴーレムの片足が強制的に振り上げられ、次いで背中に蹴りを入れると寸胴のカカシが倒れるように、前のめりにどずんと沈んだ。
そしてうつ伏せにになった隙だらけの時間で勝負は決まった。
捲れた後頭部に渾身の力で斧を振り下ろすとそれが止めになり、五発目の衝撃をもってミスリルゴーレムのギザギザ頭は胴体から離れた。
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