第43話 ミスリル鉱山 第二階層
たった六人、軍とは言えない。
相手は頭の回らぬゴーレム、戦争とは言えない。
だが強い。アイナは否が応にも直感していた。
ゼンキとミョウキ、それぞれ懲役金1000万ゴールド。
ジノ・オートン、懲役金3000万ゴールド。
ミゼラ・ブルレ、懲役金2500万ゴールド。
ヨカゼ・トウドウ、懲役金3億ゴールド。
刑軍はいつかは釈放されるのだろう一時的な兵士。私とも生涯の付き合いにはならないのかもしれないが、この部隊は明らかに平均以上だ。
カタナを操る剣士はどれだけ近づいてもゴーレムの適当にぶん回す拳など掠りもしない。その足捌きだけでも追いすがった敵を翻弄して転ばせては背をぶすり刺し、土の頭部を踏みつぶす。
その飛沫がじゃりじゃりと頬にかかるも血の鉄っぽい臭いはしない。血というよりは肥料。落葉を地中で熟成させて掘り起こした家庭肥料のような匂いがした。
鬼はやはり若さ故の粗があり、ゼンキは敵に挟まれた格好になり背中を殴りつけられたがその強靭な肉体は倒れ込むことなく、待ってましたとばかりに笑みを浮かべ前のゴーレムの側頭をウォーハンマーで打ち砕き、後ろのは振り向きざまに斧で肩口をぱっくり割った。ミョウキは私と連携して動いたため背後を取られることはなかったが、持ったばかりの慣れない装備ながら盾で前蹴りを止め脇腹に斧を深く打ち込む。
脇腹はゴーレムには有効打ではないようで、斧を腹で咥え込んだまま覆いかぶさるように襲い掛かってきたが咄嗟に斧を手放したミョウキは素早く背後に回り、逆五角形の大盾で「うりゃあああ!」と後頭部を叩いて難を逃れた。
ジノ・オートンはちょこまかウロツキ基本的には逃げ、死角に入れば剣を振るという程度だったが戦ったことのない中年男としてはまずまずだろう。怪我をしないだけ御の字といったところか。
一際目立ったのはミゼラ・ブルレだ。狭い坑道内をダンスを舞ってるように飛び回り、魔力を込めた矢は着弾点を破裂させる。ヨカゼが相手の動きを見定めて的確に攻めを掻い潜るのとは違い、こちらはそもそも動きの速さに敵が追い付かない。どこに跳ねれば敵の射程外になるのか事前に把握しているように迷いなく動き、今は土壁に張り付いたかと思えば三角飛びのようにして体を発射させゴーレムの胸に両足蹴りをかましている。
入り口付近に現れた10体ほど、そこから坑道の第一階層を歩き追加で20体は倒しただろうか。いずれも数分とかからず土人形たちに圧勝した。そこから小一時間かけて地図と睨めっこしながら探索した。
「通路は地図の通り、崩落も無くすべて利用できる状況ですね」
「収穫はないがな。粘土遊びをいくらしても金にはならん」
「何も持ち帰れなかったら懲役金は全く減らないのかい?」
「日当で一日あたり3000ゴールド減る」
「最低賃金を下回ってるよそれ。訴訟起こそうか」
「証言台は俺が立とう。ブラックシティーだと新聞社に密告もしないとな」
「エルフの里にも伝えるわ」
「法廷闘争に時間を割くより私個人を是非支えてほしいですね。このくらいの人数でしたら生活改善については私財でなんとかなりますし」
「ああいえいえ!そんなつもりで言ったんじゃありませんよアイナ様」
「貰えるもんは貰っとけよ、判決文以外はな」
「耳が痛いね。今まで裁いた人たちに謝って回ろうかな」
ジノは水筒を取り出し一口潤す。天井に吊るされた蝋箱の隣で満足げにパカパカ浮いているプラプラが一行を照らすと、さしたるダメージは無いが皆の濃紺のロングコートはいつのまにか土埃がこびり付きともすれば農作業でもしたような立ち姿となっていた。
悪い癖か、自分の立ち位置をすぐに探す。
三人は確固たる自己があるようで闘うも逃げ隠れるも迷いがない。自分の特性と能力を理解して、時には妥協してあるべきにある大人だ。二人は日常を夢見てひたすらに置かれた状況に挑むような熱を持っている。其れまでの日々の苦しさを映しているようではあるが、その若年だからこその直情は周囲の評価など気にも留めない。
私は大人と子供のどちらに見えているのだろう、どちらのグループに混ざったら自然なのだろうかとつい気に掛ける。いや、大人でなければ困るのだが。私はどうにも色がないのではないか。貴族や騎士の称号はあるがそれ以外の私の個性は一体何なのか。熟達した武も智も無くただただ冠を被っている悔しさがまたぶり返してしまった。
三対二対一、いや五対一になるのは嫌だな。いっそ私もミスリルの軽鎧を脱ぎ捨て濃紺のロングコートを身に纏うかと考えたくなる。
「ムズ話ペラ回してる大人さんらよお!下に降りる階段だぜ!」
その気を知るはずもないゼンキは私を大人のグループに入れて呼んだ。
**
階下に降りると環境が少し変わり、そこかしこに岩肌が露出している。ミスリルを探した炭鉱夫に散々叩かれたのだろう岩のへこみには瘡蓋ができる事はなく、採掘した資源がどこからか補充されることはない。人の営みのために山を喰いつくしては進む穴を辿る。
階段の中央に残された坂、そこにも引かれた線路はどこまで続くのか。土砂満載の貨車を上の階層まで引っ張り上げるには相当な人数が必要なはずだが、むしろホーンバイソンでも連れてきてその万力で稼働させていただろうか。
少しだけ持参を回収したのや、隅で乾眠していたのに水を与えて起こしたの。十体程のプラプラを新たな階層で層で再び放つ。
そしてそこまで上での再現をしなくてもいいのにとゴーレムも現れたのだが、これも一つ深層になったことで難易度を増した試練になったようだ。
「さっきと色が違う。青っぽい」ミョウキが大盾の裏でこれでもかと小さく隠れながらわずかに仮面を出して覗く。
「ロック・ゴーレムね。鉱石をおやつにしてるから硬いわよ」
「ジノのおっさん、あいつらはツルハシでやれ。剣じゃ何本あってもダメにしちまうぞ。矢は待ってくれ、こいつらに要領を見せる」
そう言って矢をつがえたミゼラを制し一人ですたすた青白いロック・ゴーレムに相対すると、大きくぶん回された右腕を容易く避け小型のツルハシでゴーレムの胴体と肩口を繋いでいる関節部分、その岩の割れ目を叩いた。
がん!がん!と衝突音が響く。
二度三度も打ち付けるとガタンと関節が外れ地面に落ちる。
グオオオオ!
呻いたゴーレムにとどめを刺そうと背後に回ったヨカゼは今度は首の継ぎ目を叩き始める。
グウウウウ!
その首が落とされる頃には全員が闇雲に戦わず、継ぎ目をしっかり狙うのが解法だと理解していた。
砂と土で出来たゴーレムは砂山のようにどしゃりと崩れたが、鉱石製の場合はそれぞれのパーツを構成していた岩は形を保ったまま外れ、岩の輪切りをしたようにごろごろ転がる。
大仰な積み木崩しをやってのけた彼は貨車を滑らせる線路の上に乗ってしまった動かなくなった岩をごろんと蹴ってどかす。魔物の相手をしたとはいえさすがに行儀が悪いと感じアイナは一言添えようとしたが、「動物愛護団体だーー!死体を労われー!」と遊び半分で迫ったミョウキに先手を許した。
「場慣れしてるもんだねえ」腕組して感心するジノ。
「でも、これ何の石だろ」胴体となっていた大きな岩に興味を持ったようで白い仮面はすんすんと嗅いでみるが何も感じなかったようだ。
「アイオライトと呼ばれるものよ。スミレ色で光の入れ方によって輝き方が変わる。冒険家が旅の守りとして鞄に入れておくの」ミゼラが答える。どうやらそれなりに価値のある鉱石のようだ。
そして、次の発見は女騎士だった。
「これは……?」
アイナはその崩壊したゴーレムのパーツから一際青白く光る丸石を見つけ拾い上げる。
「ゴーレムの核ね。さっきまでは土だったからわからなかったけど、そうやって吸収した鉱物を高純度に精製して核を守る装甲にするの」
「放っておいたらもりもり土がくっついて復活したりするのかい?」
「私たちくらいの大きさになるには数か月かかる。そのまま持ち帰って処理をするまで十分に時間はあるわ」
「ほえー、綺麗な一品ですなー」騎士の抱えたアイオライトの核をしゃがみ込んで下からまじまじ見つめるミョウキ。
「これは、不幸中の幸いだな」
「あ、ヨカゼさん悪い顔になった」こいつにも気を付けろというように大盾を向ける。
「つまりあいつらの心臓ひり出せば宝石ざっくざくってことか」ゼンキは今回はカタナに乗っかるようだ。
「でもさっきの通り金属や岩石製となると手強いんじゃないかい?君は楽勝だったけど。硬いってだけで攻防どちらも上での比じゃないんだろう?」
戦いに疎い判事をの心配よそに「無理なら退がってな」と金目を嗅ぎ付けた男二人は揚々と前に出る。遅ればせながら新たにロック・ゴーレムが数体近づいてきていた。
「あれはヒスイね。美しい深緑で半透明」一体を指さしミゼラは油を注ぐ。
「ゼンキ。まず両腕を落とす、お前は左腕を叩け」
「儲けは半々。負からねえぞ」
「上等」
高純度のヒスイの核を求めて二人はロック・ゴーレムに挑む。濃紺のロングコートのばたつきはその速足を音で伝えた。
「も、目的はこの地図を埋めることですからね!?深追いは無しですよ!?」
「思いのほか面倒見がいいのねあの剣士」叫びかけるアイナの横でミゼラは呟いた。
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