6章 ミスリル鉱山
第42話 ミスリル鉱山 第一階層
想像した居たような岩石に覆われたはげ山とは違っていた。
木々は高く生い茂り、鳥や小動物のさえずりも聞こえる豊かな山々の中の一つ。その緑の麓にひっそりと坑道への入り口はあった。体内を穿られることなく甲羅に苔の生えた万年生きる亀のように緩やかに日を浴び雨を浴び過ごしていたはずが、今からまた横腹から潜られカリカリと齧られる目に遭わせることに少し申し訳なさも覚える。
生い茂った山壁に一つだけ空いた大穴は真っ暗で奥を見通すことは出来ない。ただ、掘った土の運搬用であろう貨車を乗せる線路がこの大穴を人間の領域としていたことを伺わせている。
ぞろぞろと降りた一行はこれから仕事だと、とりま背筋を伸ばし体を解してから荷物用の馬車を開け装備を整え始めた。
「では我々はあの小屋を拠点にして待っていますので」
すっかり任務用の資材を入口付近に下ろすと、二人の馬車の御者はそう言って付近の小屋に二輌の馬車をそれぞれ連れて向かった。あれは採掘作業をしていたころに事務所として使っていた小屋なのだろう。回収した鉱物の置き場らしき更地と砂山も隣接していた。
「お願いします。時間は読めませんがそう奥までは潜りませんので」
下ろした荷から部隊一人ずつにバックパック、それと見繕われた装備が渡される。すると早速ゼンキが文句をつけた。
「大剣って言ったぞ俺。竜でもぶった切れるようなデカいの」
そうではない得物を二つ渡されていた。一つはウォーハンマー、打撃が出来るハンマーの面に加え反対側は尖ったツルハシの形状になっている。もう一つは斧、片手で扱うには少し大きめだが鬼の膂力なら問題ないだろうとヨカゼは踏んでいた。剣のような刃物を扱う技量が高いとは思わないが、このような武器なら彼の腕力で思い切りぶちかますだけで十分な攻撃となるはずだ。
「俺らがするのは戦争じゃない。サルベージだ。そいつらのほうが壊したり掘ったり便利だからな」
「ミョウキはデカいの持ってるじゃねえか!」
「彼女は騎士の傍付きだ、守りを優先させる。手つかずの坑道じゃ落石もあり得るからな」
ミョウキ、白い仮面をつけた鬼の娘。彼女はゼンキと同じ斧も持たされていたが、もう一方で大振りの逆五角形の盾を携えていた。
「頑張ります!アンタも文句ばっか言わないの、これで稼いで釈放されればキレイさっぱり後ろめたいことなくなるんだから」
こっちは素直で実に接しやすかった。罪が洗われるというのが余程動機になっているのか士気が高い。仮面の裏の表情は見えないが、彼女にとってはこの囚人生活が「シャバに戻ってきた」という言い方に当てはまりそうなくらいだ。
「隊で動くようにと騎士殿からのお達しだから暴走は勘弁しろよ。面子見りゃわかるが敵が出ればまず俺とお前で前に出なきゃならんからなゼンキ。ガキは後ろに居ろなんて言われたいタイプじゃないだろ?」
「……まあ女は守るさ。ミョウキを治してもらう約束だ」
「逆らえば刻爪に心臓を食われるしな」
「うるせえよ。お前もだろが」
「確かに胸のこれだけはいい気分じゃないねえ」ジノは白いシャツの首元をつまみ、獣に引き裂かれた後のような黒い痣を恐る恐る覗く。
「わ、悪い事しなきゃヘーキですよ!……ね?」
「ちょっとヨカゼさん!私は呪いなんて使いません!ミョウキも、もしもの時は自分の身を守ってください、無理があれば荷もその場において皆で走りましょう」
「ただ身分で贔屓してるわけじゃない。癒しの杖を持ってる奴が無事なら大抵は何とかなる」
「ま、ひたすら戦わずに済むことを願うよ」ジノは一般的な片手剣を持たされていたが、どうせ扱ったことは無いから武器などどれでも変わらないという感じで鞘から抜くこともしていない。
「私は文句はないわ。弓は好き」ミゼラは弓の弦をびいんと弾きその具合を確かめている。彼女のバックパックにも矢筒をしっかり付属させてあった。
**
暗い。
坑道に一歩踏み込むと光の差す場所はなく、真昼間でも鉱山の腹の中は黒く染まっていた。ヨカゼとジノがプラプラのランプを掲げるとその腸壁のようないびつな土壁で包まれた通路が奥へ続いている。
「こりゃ大きい坑道だね。貨車の線路を辿るのが主要経路という事かな」
前衛にヨカゼとゼンキ、その次にジノとミョウキ、中衛の二人に挟まれるようにアイナが収まり一番後ろはミゼラが警戒する隊形を作った。
「今回は坑道の現状確認が主となりますから回収物はあまり無いかもしれません。ミスリルの原石でも落ちていれば話は別ですが」
「どっかには有るだろうがな。おっさんと俺は小型のツルハシも持ったし、全員携帯型のシャベルはバックパックに入ってる。多少は持って帰りたいね」
「こんな穴倉で働く炭鉱夫ってのもゾッとすんな」
「その分給金が高いからね。思いっきり働いて思いっきり休む、そういう場所さ」
ゼンキが石を一つ拾い、前方に強く放った。しかし壁にぶつかることは無く、遠くでコロコロと着地した音が響く。奥行きも相当にあるようだった。
「目の前は土砂で塞がっちゃいないようだな。ならまずはこれだ」
「何だいそれは」ジノは前かがみになりヨカゼが開けたバックパックの口を凝視する。
「プラプラの成体をありったけ持ってきた。松明よりこいつらの方が長持ちだ」
動くランプは解放されると次々に飛び出し、ふわふわと一行の周囲を発行しながら漂う。
「明かりにするのね。でも此処だけたくさん照らしても意味無いわ」
「問題ないはずだ」
上蓋の部分がパカパカと開閉すると、プラプラの群れはよーいどんとレースが始まったかのように行動の奥へと飛んで行く。
「何故一斉に奥に?」とアイナ。
「たかだか一年前に放棄されたのなら作業環境は最新のものと変わらない。プラプラも照明として使っていたはず。設置個所に餌となる蝋が十分に備蓄してあるから、臭いを嗅ぎつけて飛んで行ったのさ。それぞれが自分のナワバリとして違う場所を陣取って照らしてくれる」
「ほほう……賢いもんだ」
「頼りになる先輩でしょう?」後ろでアイナが鬼の二人に囁く。
「はい!」
「……お前、鎖付きを信用してんのか」
「お前じゃないでしょ!?アイナ様とか隊長とか呼ばないとダメなんだから」
少し考えたが、毅然とした上官の表情で話す。
「呼ばれ方にあまり拘りはないですが確かにお前はいけません。私が小馬鹿にされる雰囲気を作っては貴方もそのうち損をしますよ。敵と味方の境界線はもっと外側にあります」
「ヤクザもんみてえな面子の話すんだな。騎士のくせに」
「ある種の共通点はありますね。悲しいことに」
「……へえ。シノギの取り合いでもしてんのか?」
「シノギという――」
シッ。
瞬間、ミゼラが静寂を要求した。立ち止まり眼を閉じ、その尖った耳をピクピクさせて感覚を研ぎすます。
「どうしました?」
「全員待ちなさい……何か来る」
「いきなり不審者発見かい!?入ったばかりじゃないか!」
「奇襲されるよりいいさ。全員構えろ」エルフの感覚なら疑う余地もない、とヨカゼは備える。
目の前を照らしながらそれぞれ武器を抜き隊形を整えた。
どすん どすん
鈍いゆったりとした足音がする。
どすん どすん
闇の先から徐々に姿を現したのは人間型の茶色い人形のような存在だった。焼き固めるのを忘れた土の煉瓦、そんな雑に出来たような素材で人体を構成している。泥遊びでもしてたのか手足が動くごとにポロポロ砂が落ちる。
それも一体ではない。後続の数は見渡せないが四肢を持つ土くれが多数のそり寄ってきていた。
彫り込まれた土煉瓦が積み重なる様に作られている顔の部分は格子状に赤い光が輝いており、そこが唯一の感覚器官に見える。しかし視力は低いのか両腕は目の前を探るようにぐらりぐらりと掻き払っていた。
奴らはいまいち一行に対しても明確に気付いた様子はなく、前進を止めてしまって頭部を壁に押しつけ土を舐めているような個体。知能は低いのか躓き転ぶと立ち上がることなく匍匐移動をする個体。群れてはいるが秩序も持っていないようだった。
戦火が及び稼働を断念していた無人の鉱山は、そのような人外の存在が蔓延っていた。
「な、なにあれ……」
「きっも」
「ゴーレムね。音と光に寄せられてきたかしら」
「連中がいるとなると面倒になるぞ騎士殿」
「倒すのが難しい相手なんですか?」
「個体によって千差万別。あれみたいな土だけ食ってる茶色は脆いな。叩けば倒せる」
「理性がある子はまずいないわ。生物というよりはからくり。魔力を乗せた核に行動方式を書き込んで誕生させる魔導人形よ。胞子のように核は世を流れていて、洞窟の手入れを怠るといつの間にか繁殖している」
「執務室に出るカミクイムシみたいな言い方されてもねえ。あれなら指で弾いて片付くんだけど」判事は仕方なく抜いた剣を構えながらも、スッとヨカゼの後ろに隠れるように数歩ずれた。
「おっさんな……」
話す間に照らし出されるゴーレムの群れは着々と増えている。
「オーライ、エルフの姉ちゃん。俺の得意分野だ」微塵も臆すことなく持たされたウォーハンマーと斧をしっかり構え、いつでも飛びかかるような低い姿勢。
「倒すのは前の敵から順に、まずは相手の戦力を見ます。退却の選択肢を常に持って動いてください」入ってすぐで分岐路もにも至っていない。ここで戦いもせず逃げ戻ってはさすがに何の意味もないとアイナも覚悟を決め指示を飛ばす。
「了解騎士殿。あまり散らばるなよ、死角を補い合えば怖い相手じゃない」
ヨカゼが一歩出るとそれを合図とゼンキはぐんと競争のように走り出す。「話聞いてんのかお前!」と叱ろうとしたが、誰よりも早くゴーレムに一発くれたのは一番後ろで弓を構えたダークエルフのミゼラだった。
放たれた矢は先頭を歩んでいたゴーレムの頭部に突き刺さり、怪しく格子状に赤く光る顔から「ゴオオオオオオオ」と唸り声が上がったのだが、次の瞬間その断末魔が落第点だったかのように頭部がぼんと爆ぜた。
衝撃と共に粉々に首を失ったゴーレムはがらがらと体も崩れ落ち、数秒でただの砂山に変わる。
ヨカゼとゼンキは必殺の矢につい振り返り彼女を見るが「魔力を乗せれば一矢で済むもの」と節約を講じた狙撃手は気にすることもなく第二射を放っていた。
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