第41話 馬車での講義

 アップルトンの先遣隊から経路確保の連絡を受けたのは深夜だったため、出発は翌朝になった。


 馬車の御者は都市の正規兵を借り受け、部隊が乗るのと回収品の積むのの2輌編成だ。


 陽が暖かく差しミスリル鉱山への移動は数時間の穏やかな行程だったが、これまでの世間話などはあまりしないヨカゼとの2人旅とは違う6人の小隊。中でも1番若い鬼の男女は案外と揉め事も起こすことなく盗賊の経験だのを話し(もっともゼンキはヨカゼさんに対しては鋭く挑むような目線をしてはいたが)、2人からの話題も尽きたかと思えば幌の中で暇を持て余していた判事ジノ・オートンに何の罪で捕まったのか質問していた。


 初任務の時と違い、一匹狼が集まる雰囲気を壊してくれる若者がいるのはおおいに有難かった。


 ――定石などどうでもいいのだ。勢力の強い部隊はそれぞれの色がある。私も自分の色を作らないと。


「僕が捕まったのは神明裁判を批判したからさ」


「なんだよそのシンメイサイバンってのは」


「神の意志によって有罪か無罪か決める裁判の事さ」


「神サマの意志なんてどうやって確かめんだよ」


「儀式を行い神の判断に委ねるんだ。僕は『水審』という種類の裁判にケチを付けた。水審は被疑者を水に沈めて5分間沈んだままなら無罪、それまでに浮かんで来たら有罪とされる」


「はあ?」


「そういう反応になるだろう?裁判は法と証拠に基づくべきだ、丁半博打のような拷問でわかることなど何もない。そう判事長に諫言したら神に逆らう不届き者扱いされ、ついでに牢の鍵を締め忘れちゃったりもバレてね。僕のうっかりで被疑者は脱走を成功させたが、判事あるまじき男は縛られて此処に運ばれた、というわけさ」


「アンタの地元はそんなに信心深いのか」


「いえ、都市ではそのような裁判は無いはずですが……」


「うちの田舎だって100年はやってませんでしたよあんな裁判は。最近判事長に就任した男が超がつく民族主義で結論ありきの男でしてね、ようは異種族を死刑にしたかったんですよ。被疑者は肌の赤くて背中に翼を持つ亜人。テングと呼ばれる珍しい種族だったんです」


「異端を殺すために埃被った法律引っ張りだしてきて無理筋の判決ってことか」


「そういうこと。病が流行ってるのはこいつが何か持ち込んだんだとか、パン屋の在庫が合わないぞだとか滅茶苦茶さ。何もしてないなら浮かんでこないから問題ないだろうって」


「でも5分も水の中って無理じゃないですか?アタシせいぜい2分です」とミョウキ。


「そう、相当な高確率で死ぬよね。無罪なら神が救ってくださるはずだとか、どの口が言うのか。あれは裁判ではなく一足早い処刑さ」


「帰ったら1番上の兄に手紙を送ります。その手のことを許す人ではありません」


「感謝しますアイナ様。あの調子じゃ私が戻るころには港が溺死体で埋まっちゃいますよ」


 軽々な調子で話してはいるが不当判決に異を唱え、理不尽な処刑から異種族を逃がした。法を司る判事としては人生を棒に振る大胆な行動だ。しかし張り付けた陽気さなのかはわからないが自分で望んだ新天地を楽しむかのようにジノは同僚や外の景色に興味津々ときょろきょろ眺め、喋り、その経緯に対して後悔の雰囲気を見せることは無かった。


 自分は法を侵していない。そんな確信を持っているようにも見える。それはルーガスタの定めた法か、港町の慣習法か、胸の中にある自前のものか。


「……アンタは何で捕まったんだ?エルフの姉ちゃん」


 ゼンキはジノ・オートンには満足したのか、今度はダークエルフのミゼラ・ブルレに同じ質問をぶつけた。


「道を通ろうとしたのよ」こちらもあっけらかんと話すミゼラ。


「ん?通ってはいけない道だったのかい」と眉をひそめるジノ。


「そんな筈は無かったのだけどね。そこの騎士に聞きなさいな。私よりも詳しいわ」


 別に秘密だなんて思ってないわ、とどうでもいい様に目配せしたミゼラ。アイナはそれを受け取り、ではと話す。


「北部国境線の関所を強引に通ろうとして門を吹き飛ばしてしまったらしいです。魔法で。死人こそ出ませんでしたが、そこはすっかり更地になってしまったそうです」


「それはまた大胆だねえ」


「や、やるな姉ちゃん」少し戸惑ったように顔をしかめるゼンキ。


「僅かな通行料で通れる一般的な関所だったんですが……」


「理由なく占拠している賊だと思ったのよ。この間通ったときは何も無かったんだから」


「……ちなみにこの間、というのはどのくらい前の話だい?」とジノ。


「60年位前かしら」


「60年!?」鬼の2人は思わずもたれていた背が飛び起き、ずいと迫りミゼラを眺める。今の言葉だけで見積もったとて全く60歳以上には見えない。せいぜいが20代、アイナよりも何歳か上だろうと思う程度の若々しさだ。


「冗談だろ。婆ちゃんじゃねえか」と思わずこぼしたゼンキは「ずーっとそんなに若いの!?羨ましい!」と白い仮面でさらにミゼラに迫っているミョウキに横から思い切り頬をつねられる。


「長命のエルフならではの面白い話だ。鬼の少年少女よ、悪は一体誰だと思うね。勝手に領地を拡大して勝手に法律を定める人間と、そんな事に同意した覚えはない故に押し通るエルフ。大地の使い方というのは誰に決定権がある?」驚いている2人にジノは畳みかけて謎かけをする。


「え?そんな急に聞かれても……。えー、えっと。領主の人達が話し合ったりとか」


「話し合いが決裂してしまったら?」


「ええ!?そしたらもう1回――」


「めんどくせえ。気に入らなきゃ俺も門をぶっ壊すさ」


「もう!どうしてもなら横スッと抜ければいいじゃない。なんで一々戦おうとすんの!」


「はっはっは。2人とも外交官にはまだ早いようだね。……ヨカゼ君はどうだい?」


 学び舎に通う歳は過ぎてるぞと興味なさげに首を起こすが、まあいいじゃないかと笑顔で主張するジノにどうにも押し切られる。どうやらこの手の明るい中年は苦手らしい。


「ルールを決めるのは殺せる方だ」ぽりぽりと頭を掻きながらトンとカタナを前に立てる。


「ん?」


「意見が通せるのは相手を殺せる方だろ。門を破壊してもそこにいた軍には勝てなかった。だから彼女は捕まって此処にいる」


「兵士らしい強い答えだね。軍こそが統治の源か」


「本気で戦えば全員殺せたかも。あそこに魔法への備えはなかった」


 不敵に笑みを浮かべながらミゼラは両手でそこにスイカのような大きな果実があるように空気を丸く撫でる。するとその両手の間の小さな空間には徐々に湯気のようなものが立ち込め、10秒ほどかけて風を生じぬ竜巻の卵といったような赤っぽい光体が現れ、滞留した。


「流石だな。魔力を出力するのに媒介を必要としないか」


「勿論。もっとも手順が簡易化できるから道具があれば使うけど」


 両手をふっと払う様に振ると赤っぽい光体がふらり漂い始めた。そのうちに幾つにも分裂し速度を増し、昼間ではあるが祝祭の装飾のように輝き馬車の中を巡る。


「綺麗……」とつい零すミョウキ。


「おいおい馬車を吹っ飛ばすのはよしてくれよ。歩いて帰るのは嫌だからね」


「ま、まず身の安全を心配すべきでしょう!ミゼラさん、危ないことしないでください!」


「そんな魔法じゃないわ。ちょっと形を作って遊んだだけよ」


 ミゼラはアイナに叱られ子供が拗ねたように口を尖らせながらぱちんと指を鳴らして光体を消失させる。


 羨ましいほどに緊張を持ち合わせていない。


 彼女は人の社会構造や今自分が置かれている状況さえも重きは置いておらず、全ては運命のまま進むのだから何も気にすることは無いという風だ。深い知識と膨大な魔力を持つといわれるダークエルフ、外見からは信じられないほどの高齢であろう彼女は世の面倒をその身からそぎ落とし、その長い年月を過ごしても幼いころよりの純な感情を保持しているという印象だった。


「ゼンキ、この人たちみたいなのが本物のワルってやつなんじゃ。なんか皆凄っぽいよ……」


「賢っぽいのって大事かもしれねえな」


「そんな視点で見習わないでください!」


 率いる者たちの独特な個性につい狼狽え気味になったが、「全くもう」と席に座りなおしたところで御者が声をかけてきた。


「アイナ殿、着きました。あれがミスリル鉱山です」


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