第40話 新顔の到着

 軍議を終えた昼過ぎ、砦内でコーエン隊の兵舎としていた屋敷の前に馬車が止まる。アイナとヨカゼは2人でそれを迎えた。


「ついこの間見た顔がいるが」


 一様に白いシャツにこげ茶色のボトムス、それに濃紺のロングコートを羽織っている。馬車から降りてきた刑軍の面々。だがその補充兵にヨカゼは呆れ顔をせずにいられなかった。


「結局盗賊の残党として捕縛されたそうです。余計な利害関係がないのは明らかですし、何かの縁と思って受け入れました」


「……鎖付きになった気分はどうだ?」


「ご飯も一人部屋もあるし最高です!」


「なんでこうなんだよ……」


 ゼンキとミョウキ、鬼の種族の2人が並んでいた。ゼンキはうなだれて頭を抱えている、ミョウキは白い面を被ったままだが先日の袖の破れた上着から新品の刑軍衣装に着替えられた事すら嬉しそうな声色だ。


「彼は先日やり合ったとおり強力な戦力になりますし、彼女は私の侍女として置きます。戦える女性が傍にいるのはとても有り難いですから」


「こっちの指示をちゃんと聞いてくれりゃいいが」


「捕縛時に没収されたこれ、私が買い取りましたから。ミョウキの治療を私が請け負う約束ですからゼンキも暴れることはありません」


 装備に何の追加かと思っていたが、小ぶりな新しい鞘から『癒しのテスタメント』である木の杖を取り出して見せた。盗賊の館で発見し、顔に大火傷を負っているミョウキのために譲ってやった杖だ。


「……値は張っただろうが賢い方法だな」


「私お金だけは持ってるので」


「俺の懲役金、アンタちょっと払ってくれてもいいんじゃないか?」


「それは禁じられています。そんなことしたらクロクワが全部持っていきますよ」


「なんだなんだ、君達はアイナ様と知り合いだったのかい。教えてくれりゃいいのに」


「あんたは?」


「ジノ・オートン。田舎で判事をしていた。いやあ助かったよ故郷の姫様の隊に回されるとは」


 中年の男だが、随分と人懐っこいようでニコニコとヨカゼに握手を求めてきた。


「ヨカゼ・トウドウだ。よろしく頼む」その礼節に一瞬困ったような表情をしたが断る理由もなくヨカゼも応じた。


「トウドウ……東方で使われる響きの家名だね。通りで得物も珍しい」


「アンタはルーガスタの出みたいだな」


 齢38の判事は「都市の近郊にある小さな港町だ。生まれてから領地外に出たことなかったんだがね」と頷く。黒い長髪を後ろで結っている。彼は現場では男1人分の力、それ以上でも以下でもないだろうが期待するのは力仕事ではなく知恵だ。


 彼の住んでいた港町は何度も訪れたことがある。主家への反抗心を感じたことはないし、彼の罪状も悪というよりは所謂「良心の囚人」だ。


「よろしくお願いします。ジノさん」


「勿論ですアイナ様。力仕事は得意じゃないが、貴女を助けず戻っては街の連中に殺されますよ。うちの親父なんか即刻縛り首にするはずです」と自身の首を掴んでおどけてみせる。


「堅苦しいタイプじゃなさそうで助かるよ。……で、最後がダークエルフか。組むのは初めてだ」


「ミゼラ・ブルレ。私も人間と共に行動するのは初めて」


 自己紹介はそれで十分ともう黙り込むのを決めた褐色肌で尖り耳、少し癖のある銀髪長身なダークエルフの女性。女らしさを強調し過ぎではと思うような大きな胸の膨らみとくびれにはかなり敗北感があるがそれは二の次だ。一番過去が不透明だが長命のエルフの昔話はキリがないし、彼らの種族は人間の尽きぬ争いを嫌悪して森に引っ込んでいる。世情に疎い以上は私個人に敵意を持っている可能性は低い。


 ダークエルフは多少俗っぽいらしいが彼女に関してはそのような雰囲気も感じない。何しろただ通過するためだけに国境の関所を魔法で吹き飛ばしたのだ。明らかにこちらのルールを知らぬ無茶な行動をして囚人街に連れてこられた。


「では皆さん。一部は改めてになりますが私が指揮官のアイナ・コーエンです。ヨカゼさんは刑軍の大先輩なので何かあれば彼に聞いてください」


そして「教官もどきをさせるなら基本給を増やせ」というヨカゼの愚痴を無視して、4人の新兵を一先ず兵舎とした屋敷に促した。


 屋敷は丁度6つの部屋があり、隊全員がここで過ごせるよう図らった建物だ。ヨカゼとの2人旅にすっかり慣れていたアイナは刑軍と寝食を共にすることも既に抵抗は感じていないようだった。


「これで、冒険者の1グループ程度にはなりましたね」


 新人たちが部屋割りを話し合っている後ろで囁いた。


「元盗賊で力自慢の鬼が2人、魔力溢れるダークエルフ、故郷に縁を持つ判事。少数だが悪くない人選が出来たみたいだな。どいつも癖は強そうだが」


 ――加えて抜群の腕を持つ剣士。それが新しい私の部隊の陣容だ。


「はい、ヨカゼさんの言った通りプレゼントをしたら値踏みローブが少し贔屓してくれました。持ってたのはたまたまですが、私の私物で済んだんだからびっくりですよ」


「毛玉のよく取れるブラシ、猫嫌いのローブ殿は随分探してるらしかったからな」


「惜しかったですけどね。ユニコーンの鬣で出来たブラシですよ」


「あの布っ切れより高級そうだ。それじゃあ霊獣の鬣分は働いてくれるかひとまずは祈るとするか。全員が信用の置ける奴ならいいがな。……勿論俺もことも含めて」


 私を試すように視線をよこす。たまにこの人はこの目をする。俺の上官なら能の無い返事をするなよとでも言外に気圧されるような視線だ。


「ヨカゼさんはいい加減信用してます。私の存在を悪用する気があるのに今まで静観していたなら愚鈍な腑抜けですから。それに、彼らについては保証があります」


「なんだ?」


「値踏みローブの鑑定眼は対象を問わず確かなもの、ジェリスヒルの根幹の1つです。だから彼に候補を探してもらう上で条件をつけました。『慈悲のある者が欲しい』と」


「慈悲のある罪人ね……。野郎の好きそうな頓智だな」


 どうやら及第点だったようで、「連中の希望する武器のリストをくれ。共用の蔵から取ってくる」と私から調書を受け取った彼は少し笑みをこぼしていた。

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