第39話 軍議

 小ぶりの円卓で3人の若き騎士が顔を突き合わせていた。


 オギカワ砦中心部、元の城主の住まいであっただろう大きな館の2階。彼らはそこに設置されていた執務室を本陣としている。軍議は最も位の高い3等級騎士のクロクワが総指揮官として仕切り全体の情報を整理、これから当たるべき任務を提案していた。


「周辺の検索にそんなに人を出すのか。インプの群れにそんな要らんだろ」


「状況が少し変わった。どうやら毛色の違う獣が入り込んでいる」


「どういうことです」


「倉庫にしていた西門付近の蔵から武具や食糧をごっそり盗まれた。昨夜の話だ」


「盗まれた?あそこはクラウスの兵が番をしていたのではないのですか」


「私兵が1人に刑軍が3人殺られた、首を貫かれて一撃だ。愚かな小人のインプがそんな真似出来るはずがない」


「殺されたって……では別種の魔物が潜んでいると?」


「もしくは内部に暗殺者が紛れてるか。インプならもっと雑だ。ぶすぶす手あたり次第めった刺しにしてくるからな。しかしお前の持ち場ってとこがまた愉快だなクロクワ」


 ジャックは皿ごと持ち込んだ好物の芋のチップスをぱりぱりと齧る。


「ああ、お前じゃないが今から犯人に槍を突き刺すのが楽しみだ。これほど舐められたのは久しぶりだからな」


「しかしここは総勢で300程。砦内部と周辺の広域検索、其の上ミスリル鉱山にまで手を伸ばせばさすがに人手不足でしょう」


 アイナは円卓に置かれた周辺地図を見まわし疑問を呈する。


「故にまず安全の確保に偏らせる。ジャックが周辺の哨戒だ、せいぜい走り回れ。こそ泥探しついでにインプもきっちり掃除しておけよ。俺は砦内を探る」


 100名ほどのアップルトン隊が哨戒、200名のクラウス隊が砦を調査。本陣を中心に警戒を広げる教科書通りの布陣といううことね。


「へいへい」


「な、なら鉱山は――」


「当然お前だコーエン、山歩き出来るくらいの兵は補ったのだろう。浅い階層までで構わん、現状を調査してこい」


「未開拓の本命を他人に任せるとは。どういう風の吹き回しだ」


「私は並行してジェリスヒルへの報告書もまとめねばならんから今日明日は此処に居る。万全だったとしてもいきなり全軍投じる訳でもないだろう。ついでに鉱山までの経路確保もお前だぞジャック、軍議が終わったらすぐに発てよ。それに鉱山裏の渓谷も気になる、ずっと手付かずでこの地図にも1か所だけ詳細な地形が書かれていない。ここもきっちり調べて来い」


「……しんどい仕事に悪い顔。そんなに昨日のあれに切れてんのか」


 あまりの広域作業にさすがにチップスが止まった。


「アンデッドとやり合ってうちの精兵が10人死んだ、安いわけがないだろう。コーエンには後で坑道の地図を届けさせる。通行可能なところを確認、ミスリルの露出しているところがあればそれもだ。逐一記しておけ。現地は立ち入り禁止区域、不法侵入者と出くわせば何であれ見敵必殺で構わん」


「……心得ました」


「そいつには随分優しいじゃねえか。また口説く気になったのか」


「正直私もそれは聞いておきたいですね。気味が悪いですよ、『新人いびり』のクロクワ・クラウス」


 ジャック・アップルトンの言う通り助言や地図までくれるとは意外だった。襲撃者の捜索やうろつく下級魔物の討伐などさした実績にはならない。当然それぞれが鉱山を担当することを主張するだろうとアイナは予想していた。


 赤毛の情報屋に初依頼のサービスとばかりに特殊な同僚について教えられていたし、向こうも恭しかったのは初対面の時だけでその後はこの通り呼び捨てで傲岸不遜だったからだ。まあ猫を被ったままとして、その化けの皮をアップルトンがすぐに剥がしてしまうから意味がないのだろうと2人のやりとりを見て直感してはいたが。


 アップルトン家の跡取りは血生臭い処刑人、神も恐れず我先に敵に挑む狂気のカリスマに集まる部下もまた喧嘩っ早い超武闘派集団。


 クラウス家の次男坊は刑軍最大勢力。今抱えているのは200だが私兵も囚人も日々増員しており有数の名家の権威も相まって我が物顔で君臨している男。彼のもとでよい働きをした刑軍は釈放後にそのままクラウス家の戦士として召し抱えられるという事もあり部隊の士気も高い。


 要注意の2人と早速かようやくか組まされたというわけで隊同士の連携などは無いものと覚悟していたのだが、だからこそクロクワの振る舞いには調子が狂った。


「なんだ?言いたいことがあるならさっさと言えコーエン」


「っ!とっくに調べはついてます!パージクエストはあなたの仕業でしょう!よくもぬけぬけと!」


「それで貸し一つとでも言いたいのか?軟弱な事だな。南の大家なのだから兵などいくらでも増やせるだろう」


「姑息な奇襲をしておいて何を!」


「おーこわ」


「あなたは黙っててください!」


「こりゃやって良かったなクロクワ。1人で歩くのが怖い奴なんざお呼びじゃねえよ」


「はあ!?」


「貴族でも囚人でも手練れになるほど家柄や金なんざじゃ頭は下げねえ。てめえ自身に力がない奴はさっさと家に帰った方が視界がキレイだ」


「戦闘狂というのは戦いだけじゃなくその口も同様のようですねジャック・アップルトン」


「おう、まあな」


「もういいやめろ収拾がつかん。……お前ら勘違いしてるようだが私は仲違いを求めてるわけではない、秩序に必要なことをするだけだ。パージでもこの場の采配でもな」


「都合のいい話ですね」


「嫌ならお前がこの立場にとって代わるんだな。俺はそうした。とにかく現場で友軍同士揉めるなど愚行にも程がある。私にとって危険なものであればそれでも取り除くが、現状お前は危険ではない」


「わかりませんよ?後ろから刺すのが闘争だと既に十分学んだのですから」


「俺って危険じゃないのか?お前気い狂ってんな。思うに王都から送られたピクルスを食い過ぎだ、あんな酸っぱいもん喰ってるから爺臭いナワバリ主義のお役所的で危機感の鈍い人間になっちまうんだ。もっと鹿のステーキとか男っぽい――」


「やかましい!碌に兵もいない鼻たれ若輩のコーエンが暗殺や倉庫強盗やらかす度量があるか!それにお前は今朝方まで部屋でぶっ倒れてただろうが鉄トカゲめ!好きにボコられてさぞ気分がいいだろうが、お前のところの兵站の管理も残った地雷魔法の処理も私が昨日全部やったんだぞこの木偶が!」


 ばんと円卓を拳骨で叩きながらクロクワは喚き返した。


「は、鼻たれ……」


「木偶はねえだろ……」


「私が嫌いなのは敵と無能だ。コーエンの警戒は正しいが、ジャックは昨日無能を晒した。この差配はそういうことだ」


 理屈をもって行動案をわからせたと鼻息荒くに座りなおしたが、即座にわなわなと2人は「自分こそ姑のように小うるさいではないですか!」「ボンボンがよお!」と余計な侮辱に反論し、数百の刑軍が集うオギカワ中心部に若者の大声がしばらく響いた。


**


「ガキの喧嘩だな」


「俺とやるなら喧嘩じゃ済まんぞストーム・スワロー」


 執務室の扉の外。多少の空間が確保された待合ロビーのような踊り場になっている。


 そこにお付きの刑軍が3人控えていた。


 扉を挟むように立っているヨカゼとノット。嫌悪たっぷりで目は合わせずも、チクり刺すような応酬が先ほどから此処でも繰り返されていた。


 アップルトンのお付きは弓を背に備えた茶髪の女。2人と奥の3人の口論をしばらくは聞き耳を立て生のゴシップを楽しむようににやにやしていたが、今程「暑苦しい」と興味を失い、今は窓をまたぎ張り出した屋根の上で日向ぼっこしながら昼寝に入ってしまった。


「いつまで根に持ってやがる。図体だけだなでかいのは」


「忘れるような話ではない」


「……主を殺されたのは俺も同じはずだがな」


「貴様も仇を取るがいいさ、あの男に太刀打ちできればの話だがな。落とし前を付けずにいては剣を持つ者の名折れだ」


 しかしクロクワに言い含められているのだろう。ノットはむんずと腕を組み、今ここで修羅場を起こすつもりは無いようだった。


「ノット。俺がどうして恨みを動機に生きてないか、わかるか?」


「奴には到底勝ち目がないからだろう?それに忠義の足りない愚か者で、もはや故郷に居場所もない。今じゃ小娘にいい様に使われ懲役金は高額過ぎて釈放される当てもない、哀れだな渡り鳥」


「お前クロクワの口調うつってるだろ……」


「余計な世話だヒョロ侍が」


「俺の理由は単純だ。主の遺言を聞けたからさ、お前と違ってな」


 それでこの場の言争いは終わりだという様にヨカゼは目を血走らせながら言葉に詰まったノットと距離を取って座り込む。アップルトンのお付きに少し倣って、寝ないまでもアイナが出てくるまで瞼を閉じることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る